第100話 礼儀を知らない少年には教育が必要です

 いきなり屋敷に入り込んで何を言ってくるのかと思えば、決闘?

 ミシェルとは面識があるようですが、私とはないはずです。

 アデルの記憶にもロートスという名前はありません。

 にもかかわらず、どうして決闘を申し込まれているのでしょう。


「ああ……間に合いませんでしたか」


 息を切らせながら遅れて部屋に入ってきたのは、ルートヴィッヒと同じような執事の衣装に身を包んだ、気弱そうな青髪の青年。

 

「坊ちゃん、こんなことはお止めください」

「うるさいぞ、ヴァージル! そんなことだからいつまで経ってもヴァインベルガー家に遅れをとるんだ。僕が勝てば、ノイマン家の方が優秀だという証明になるだろう」


 ノイマン家がヴァインベルガー家に遅れをとる?

 いったいどういうことでしょうか。

 疑問に思っていると、ルートヴィッヒが近寄ってきました。 


「公王をお守りする近衛騎士団団長は公爵家の中から任命されているのですが、ここ百年はヴァインベルガー家が選ばれているのです」

「なるほど。しかし、なんでヴァインベルガー家ばかり選ばれているのですか?」


 公爵家は二つあるのですから、交互に任命すれば軋轢あつれきも生まれず、もっと仲良く出来ると思うのですが。


「それは……より実力が抜きん出ている者を傍に置くという、初代公王のお言葉により、当主同士の決闘によって決めるように定められているからです」

「そういうことですか。ふむ、確かに一理ありますね」


 公王は国の代表ですからね。

 国の規模に関係なく、進むべき舵をきる者がいなくては国は成り立ちません。


 それゆえ、自身の安全に最大限の注意を払い、より強い者に警護を任せたいと思うのは当然のことでしょう。

 お互いを競わせることで切磋琢磨しあうことになりますから、能力の低下も防げます。


 なるほど、犬猿の仲というのはその辺りが大きな理由となっているようですね。

 ロートスが私に勝ったところで直ぐ次の近衛騎士団長に選ばれるわけではありませんが、アピールにはなるでしょう。

 

「それにこいつは不正をしている!」


 ビシッと私の顔を指差すロートスに、誰もが首を傾げています。

 

「申し訳ないのですが、私がなぜ不正をしていると仰るのです?」

「ふんっ。異能は一人につき一つまで。誰でも知っていることだ。なのにお前は大会で複数の異能を発現していたじゃないか!」

「私の『英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー』は、それを可能とする異能なのですが……」


 ミシェルもお茶会に参加している少年たちも皆、私の言葉に頷いていました。


「僕は騙されないぞ。今まで異能が発現できなかった無能者が、急に異能を発現して、しかも複数の異能を操れるはずがないだろう。きっと何か仕掛けがあるはずだ! ノイマン家の誇りに懸けて暴いてやる!」

「待ってよ!」


 振り返ると、ミシェルがロートスを睨みつけていました。

 温厚なミシェルにしては珍しい光景です。


「いいかい、ロートス。兄上は確かに学園に入るまでは異能を発現することができなかった。それは認めるよ。でも、今は違う! 五騎士にも選ばれ、大会でも活躍した自慢の兄上なんだ。近くで見てきたから分かる。ずっと――ずっと頑張ってきた兄上は誰よりも強いんだ」


 ハッキリと言い切るミシェルに気圧されたのか、ロートスは一瞬後退りますが、直ぐにミシェルを睨み返しました。


「ふんっ。そんなものは身内に対する贔屓ひいきだ。一般人ならいざ知らず、公爵家に名を連ねる者が身贔屓に目を曇らせるとはな」

「僕は目を曇らせてなんかいないっ。兄上は本当に――」

「ミシェル」


 これ以上はミシェルがロートスと決闘をすると言い出しかねません。

 二人のやり取りが更にヒートアップする前に、私はミシェルの肩に手をかけると、ミシェルは恥ずかしいのか、口を閉ざして俯きました。

 私はミシェルの前に立ち、ロートスの正面に移動しました。


「ロートスくん」

「な、なんだ?」

「決闘の申し出ですが、お受けしましょう」

「本当かっ!?」

「ええ」


 私が決闘を受けたことが意外だったのか、ミシェルとルートヴィッヒの目は大きく見開いています。

 

 私自身が侮辱されるのは全く気になりません。

 ヴァインベルガー家を敵視するのも理解できますし、それにロートスはまだ若い。

 対話で説得を試みるという手もあったのですが――ミシェルにここまで言わせてしまった以上、話をしただけでお帰りいただくというわけにはいかないのです。


「なら早速!」

「まあ、お待ちください。今すぐここで、というわけにはいきませんよ。ルートヴィッヒ」

「は、はいっ」

「お父様を呼んできてくれませんか。確か、今日はお休みで屋敷にいらっしゃるはずでしたよね」

「っ! かしこまりました」


 ルートヴィッヒは頷くと、足早に広間を出ていきました。

 しばらくすると、ディクセンを連れて戻ってきました。

 

「せっかくのお休み中に申し訳ございません」 

「今日はミシェルのお茶会だと聞いていたが、これは何事だ?」


 ディクセンは、私とロートスの顔を交互に見ています。


「そちらのロートスくんが私に決闘を申し込んできまして。たったいまお受けしたところなのです」

「ほう……? ということは」

「はい。お父様には立会人をお願いしたいのです。後は、"学園対抗戦"で使用した会場が空いているのであれば、お借りしたいのですが大丈夫でしょうか?」


 ディクセンは少しだけ考える素振りを見せましたが、次の瞬間には首を縦に振っていました。


「ふむ、いいだろう」

「ありがとうございます」


 私は了承してくれたディクセンに頭を下げました。

 言ってみれば、子ども同士の些細な喧嘩のようなものですが、異能が絡み、しかもお互いが公爵家の嫡男となるとそういうわけにもいきません。

 私闘で済ませるよりも正式な試合とした方がよいでしょう。

 

「そうだ、どうせですから皆さんも一緒にいかがですか?」


 ミシェルのお茶会に参加している少年たちに向かって問いかけると、全員が目を輝かせていました。


「いいんですかっ!?」

「ええ、実戦を見学するのも経験になりますし、観客は多い方がよいでしょう。ロートスくんも構いませんか?」

「いいだろう。証人は多い方がいいからな」


 きっとロートスの頭の中では、既に私を倒したときのことを考えているのでしょう。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら頷いています。

 よほど己の異能に自信を持っているのか、それとも本当に私の異能が不正によるものだと思っているのか。


 どちらにせよロートスには貴族として、いえ人として必要な礼儀が少々足りていないようです。

 ミシェルの目が曇っていないことの証明もですが、礼儀作法についても指導して差し上げましょう。


「さあ、会場に向かいましょうか」


 こうして、お茶会を中止した私たちは電磁車に乗り込むのでした。

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