第101話 教育とは難しいものです

 会場に到着した私達は、ディクセンの後ろについて中へ入りました。

 ここであれば多少無茶をしても問題ないでしょう。

 通路を通り抜けると、青空の広がる懐かしい光景が飛び込んできました。


「アデルとロートス以外の者は観客席に行くのだ」


 ディクセンの言葉にミシェルと少年たちは頷くと、観客席に向かいました。

 私とロートスは向かいあい、その間にディクセンが立っているのですが、一向に始める気配がありません。


「お父様、始めないのですか?」

「少し待て。直ぐに分かる」


 疑問を覚えつつ、ディクセンの言葉に従い、空を見上げるようにしながら待つこと数分……やってきた人物に私は眉を顰めました。

 なぜ、この場に……?


「お待たせしました」

「なに、急に頼んだのはこちらの方だ。大会でもないのにすまんな」

「いえいえ、高位の貴族同士ですから立会い人は必要でしょうが、それとは別に審判も必要でしょう」


 そう言って柔かな笑みを浮かべたのはクラウディオでした。

 確かに"学園対抗戦"で審判を務めた彼であれば、公平なジャッジをしてくださるに違いありません。

 

 立会人のディクセンは、ロートスから見ればやはりヴァインベルガー家の人間でしかないのですから。

 ロートスも明らかにホッとしたような表情を見せています。


「お久しぶりです、クラウディオ様。わざわざ申し訳ございません」

「どうかお気になさらずに。次の未来を担う皆様のお役に立てるのです。それに、お二人の決闘に興味がありましたしね」


 片眼鏡ごしにウィンクする姿が様になっているのは、クラウディオだからなのでしょう。

 

「さて、では僭越ながら私、クラウディオが審判を務めさせて頂きます。お二人とも宜しいですね」

「はい」

「ああ」

「ありがとうございます。今回の決闘ですが、基本的に"学園対抗戦"と同じです。当然ですが、致死性の攻撃や治癒不能な怪我を負わせる攻撃も禁止とさせていただきます。危険だと判断した時点で強制的に中止しますので、そのつもりでお願い致します」


 私としては元々そのようなことをするつもりはありませんし、かすり傷一つ負う気もありません。


 ロートスは私が複数の異能を操れるはずがないと言っていましたからね。

 ならば、私がすることはただ一つ。

 彼の目の前で完膚なきまで異能を見せつける、ということです。


「では、お二人とも構えてください」


 私は距離を取り、ロートスを見ながらいつでも異能を発現出来るようにしました。

 クラウディオが私とロートスの顔を交互に見てきたので、頷きを返しました。


 壁際まで下がったクラウディオの合図を待ちます。

 誰も言葉を発することなく、場がシンと静まり返った瞬間。


「始めてください!」


 クラウディオの合図と同時に、ロートスは私から距離を取りました。


「ふむ、興味深いですね」


 普通であれば直ぐ異能を発現するか、距離を詰めるはず。

 それをしないのは何か理由があるのでしょう。


「余裕でいられるのも今のうちだっ『――荒れ狂う嵐ルフト・シュトゥルム』!」


 ロートスが異能を発現させた途端、会場内を激しい風が荒れ狂いました。

 咄嗟にミシェルの無事を確認しますが、いつの間にかクラウディオの異能が発現していたようで、観客席まで届いていません。

 流石はクラウディオといったところでしょう。


 感心している間も風の勢いはどんどん強くなっていきます。

 頭上から吹きおろす風に身体を押さえつけられたかと思えば、後ろから、横から、そして前からと強風に煽られて身体を吹き飛ばされそうになります。


「どうだ、身動きがとれないだろう! やはりノイマン家が――僕の方が上なんだっ」


 ロートスは異能を発現し続けながら、鼻で笑うような表情を見せました。

 私が身動きが取れないと思って、勝利を確信しているのでしょう。


 確かにこの異能はなかなか厄介です。

 相手の自由を奪うだけでなく、使い方によっては攻撃にも利用できるでしょう。

 ただし、今のロートスは気づいていないようですが。


「兄上っ!」


 観客席からミシェルが大きな声を出しています。


 ……可愛い弟を心配させるわけにはいきませんね。


「『――英雄達の幻燈投影』!」


 私がまず発現したのはガウェインの"守護女神の盾アエギス"です。

 全方向から吹き荒れる風だろうと、一箇所でも防げば攻撃に転じることが出来ます。


 "守護女神の盾"をロートスのいる前方に向けて風を防ぎつつ、"英雄達の幻燈投影"で新たな異能を発現させました。

 左手にはレイの"雷を切り裂く剣ブリッツ・シュヴェールト"が握られています。


 二つの異能を発現してみせたことで、ロートスは目を大きく見開きました。


「馬鹿な……いや、違う! そんなはずはない!」


 人は自分の理解を超えた現象を目の当たりにすると逃避すると言いますが、今のロートスがまさにその通りですね。

 ですが、現実逃避にはまだ早いですよ。


「行きますよ」


 驚きによって生じた隙の一点をついて、一気にロートスに詰め寄ると、彼は驚愕からか更に顔を歪めました。


「う、うわあああ!? く、来るなああああ!」


 間合いに入った瞬間、右拳をロートスの顔面目掛けて放ちます。

 もちろん寸止めをするつもりで。

 決闘といえど相手は子どもですから、当てるわけにはいきません。


 しかし、それは空を切りました。

 どうやら自身で空気の塊をぶつけて、後ろに飛んだようです。

 驚いていた割には思い切ったことをしますね。

 その判断力は大したものですが、詰めが甘いと言わざるをえません。


「『――英雄達の幻燈投影』!」

  

 私はロートスが飛んだ方向にリーラの"永劫凍結の世界ニヴルヘイム"を発現させました。


「ぐああああ!?」


 勢いをおさえることが出来なかったロートスは、そのまま氷の壁に激突し、受身も取れないまま地面に倒れこんでしまいました。


「く、そ……」


 立ち上がりながら呻きを漏らすロートスの眼前に、"雷を切り裂く剣"を突きつけました。


「これで詰みですが――まだ続けますか?」


 私との力量差は分かってもらえたでしょうか?

 この期に及んでまだ続けるような愚か者であれば、残念ですがもう少し教育しなくてはなりませんが。

 

「……僕の、負けだ……」


 ロートスは大人しく負けを認めました。

 歯を食いしばり、ものすごく悔しそうな顔をしています。


「くっ、こんなはずじゃ、こんなはずじゃないんだ……」


 その姿にシュヴァルツに挑む自分の姿が重なりました。

 何をやっても一手先を行かれるような感覚。

 どうすればいい、どうすれば――。


「そう悲観しなくてもよいですよ。先ほどの動きはなかなか悪くなかったです。ロートスくんにはいくらでも成長の余地はあります」


 思わず励ましの言葉を口にしていました。

 

「ほ、本当かっ!?」

「ええ。私が保証します。貴方はもっと強くなります」

「そうか……」

 

 私の言葉で喜ぶ姿からは刺々しさはなく、年相応といった感じです。

 何よりまだロートスは若いですからね。

 学園に入る前だというのに、これだけ異能を扱えているのです。

 驕らず己を律して鍛錬に励めば、きっと今以上に強くなるでしょう。


 空気を圧縮して撃てば攻撃にも使えますし、逆に対象の空気を取り除く――真空状態にすれば、酸欠で戦闘不能に追い込めるかもしれません。

 彼の異能は無限の可能性を秘めているのです。


 最終的にはミシェルと同じ学園に入って、二人で切磋琢磨してくれると嬉しいのですが。

 そうすれば、今は無理でもいつか公爵家同士のいがみ合いもなくなるのではないでしょうか。


「さあ、立てますか」


 異能を解除して手を差し伸べると、ロートスは私の手を取る――寸前でハッとしたような顔になりました。


「僕はノイマン家の人間だ。ヴァインベルガー家の情けは受けないっ」


 そう言って自分ひとりで立ち上がったロートスは、クラウディオとディクセンに一礼すると、会場の出口に向かって歩き出しました。


 そう簡単には心を開いてはくれませんか。


「ミシェル!」


 不意に立ち止まったロートスが、観客席のミシェルに向かって口を開きました。


「……さっきは、その、なんだ。身贔屓と言って悪かった。お前の兄の力は本物のようだ」


 頭を下げるロートスに、会場にいた誰もが目を丸くしています。

 

「えっ……? ううん、いいんだよ。それじゃあ――」

「だが、勘違いするんじゃないぞっ! 今回は負けたが、次は必ず勝つ! 必ずだ!」


 ミシェルと私を交互に指差しながら大声で宣言したロートスは、観客席から降りてきたヴァージルに向き直りました。

 

「帰るぞ、ヴァージル!」

「坊ちゃん、お待ち下さい! ああ、もう……皆様、本日は申し訳ございませんでした。このお詫びはまた後日」


 ヴァージルはそう言って深々と頭を下げると、足早に去るロートスを追いかけていきました。

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