第23話 学園生活の始まり⑫
ようやくリーゼロッテ達のお叱りが収まった頃、森のある方角からシュヴァルツ達が戻ってきました。
後ろには、ヴァイスの電気人形によって担がれたデリックと、他五人の男子生徒達の姿も見えます。
それを見た私はホッとしました。
まさかデリック以外に五人も居るとは思っていませんでしたから。
校則の事もありましたし、リーゼロッテにお願いしておいて良かったです。
私はこちらまで戻ってきたシュヴァルツ達の前に出て、一礼しました。
「シュヴァルツ先輩方、お手数をお掛けして申し訳ございませんでした。特にヴァイス先輩には異能を使って彼らを運んで頂いて、有難うございます」
「ホントだよ~。こんなに居るとは思わなかったしさ」
「申し訳ございません。私もまさかデリック君に加担している生徒がこれほど居るとは思わなかったもので」
ヴァイスに向けてもう一度、深々とお辞儀をします。
もちろん、最敬礼にあたる四十五度の角度に傾けたのは言うまでもありません。
大事なのは目線のポイントを、自分の足のつま先から五十センチから一メートルの間にすると、相手から美しく見えるのです。
「もう、冗談だよ、冗談! そんな風に謝られたんじゃボクが悪者みたいじゃないか」
「では、許して頂けるということでしょうか?」
「最初から怒ってなんかいないよ。もう……調子が狂うなぁ」
ヴァイスが少し困った顔をしながら、もういいという風に手を振りました。
どうやら最敬礼が功を奏したようですね。
「フフ、それほど時間も労力も掛かった訳ではないんだ。アデル君が気にすることはないさ。こういった荒事こそ"五騎士"の仕事と言えるのだからね」
そう告げるシュヴァルツの言葉からは、温かさを感じます。
「そう言って頂けると助かります」
「なに、元々は後ろにいる彼らが悪いんだ。君が謝る必要はないさ。それに、彼ら以外にも少々厄介な事が起きてね」
「厄介な事、ですか?」
もしや、デリックが言っていた"アイツ"とやらが近くにいた?
私は後に続くシュヴァルツの言葉に暫く耳を傾けます。
◇
「正体不明の二人の男女が現れたと?」
「あぁ。男の方の口ぶりからすると、どうやらアデル君の事を探りに来ていたようだね」
「私を? 何故私のような者を探りに?」
私の言葉に、シュヴァルツは思わず苦笑しました。
「"私のような者"か。アデル君は随分と自分への評価が低いんだな。それを美徳と捉える事も出来なくはないが、持たざる者からすれば嫌味に取られてしまうぞ?」
「持たざる者、ですか?」
はて? 持たざる者とは一体何のことでしょう。
私自身、この世界については不慣れな事も多いですし、異能だって周りの皆さんに比べれば使えるようになったばかりで、まだまだだと思うのですが。
「いいかい? 前にも言ったと思うが、君の魔力量は飛び抜けている。世界で唯一の"最高位"に位置する魔力量だからね。普通は"低位"から"中位"、俺達フィナールのように"高位"の魔力量を持つ者は世界でも少数派だ。クラス分けの人数でそれはアデル君も分かっていると思う」
問いかけるようなシュヴァルツの口ぶりに対して、私は一つ頷きを返します。
「そしてフィナールの我々でさえ、君の魔力量には遠く及ばないんだ。その君が"私のような者"などと言えば、他の生徒達はどう思うかな?」
諭すように告げるシュヴァルツの言葉に、先程言った自分の言葉が失言であったと自覚します。
今まで異能を使えていなかったので何とも思いませんでしたが、私は世界最高の魔力量をこの身に内包しています。
学園の方針が英雄を育て上げることを掲げている以上、魔力量が多いというのはそれだけで一つの大きな利点と言えます。
魔力量に関しては、自分の価値というものを見直さなくてはなりませんね。
「申し訳ございません。失言でした」
シュヴァルツに対して先程同様に最敬礼で謝罪します。
「フフ、俺自身は気にしないよ。だが、多くの者は妬んでしまうだろうということは覚えておいてほしい」
「承知しました。このアデル、しかと胸に刻むことに致します」
「そこまで気合を入れる必要はないが……。それもアデル君らしいと言えばらしいか。さて、侵入者二人についてだが、どこの国の手の者であったかは学園と俺達"五騎士"で調べるので安心してくれ」
「承知しました。しかし、公王様に報告はしなくて宜しいのでしょうか? もし、他国の者がこの学園に無断で侵入してきたのであれば、外交上かなり問題のある行為に思えますが?」
私の投げた問いに、シュヴァルツは一瞬ですが目を
しかし、次の瞬間にはまたいつもの隙の無い笑みに戻っています。
おや? 何か変な事を聞いたでしょうか。
「そちらに関しては調査が終わり次第、学園長から公都にいらっしゃる公王様に報告されるだろう。侵入された事だけを報告して、不安を煽ってもいけないからね。すまないが、この件に関しては他言無用でお願いしたい。リーゼロッテさんもいいかな?」
この場にいる生徒全てに言い聞かせるように話すシュヴァルツ。
ガウェインにエミリア、ミーシャとエリカは大きく頷き、最後に問われたリーゼロッテも目を僅かに細めながら短く頷きを返します。
「えぇ、分かりました」
全員の頷きを確認したシュヴァルツも一つ頷くと、話の内容を変えてきました。
「さて、侵入者の件はいいとして。後ろにいる彼らについてだが」
シュヴァルツの言葉にミーシャの肩がビクっと揺れましたが、無理もありません。
私を誘き出す為に攫われるという危険に晒されたのです。
例え、件の男に操られていたとしてもデリック達にはそれ相応の罰が必要でしょう。
少なくともミーシャをイヤラシイ目で見ていた事に関しては、ただ操られていただけとは言えないように感じましたし。
「この学園は全寮制だ。停学なんて処罰を下したところで意味はない。そこで、だ。彼らには特別講義と特別訓練を受けてもらう」
「特別講義と特別訓練?」
聞き慣れない言葉に、私は首を傾げてオウム返しに聞き返しました。
「うわぁ……アレを受けるのか。ご愁傷様」
ヴァイスは何のことか分かっているようで、デリック達に向けて手を合わせています。
「ヴァイス先輩は何のことか分かってらっしゃるのですか?」
「まぁね……ボク達フィナールですら途中で逃げ出したくなる程のスペシャルな講義と訓練さ」
「何やら真に迫ってらっしゃいますが、ヴァイス先輩も受けたことがおありで?」
「……ノーコメント」
ヴァイスは顔を背けてぶっきらぼうに言いましたが……あれはヴァイス自身も受けたことがありそうですね。
フィナールの生徒、それもヴァイスが逃げ出したくなるほどとはかなりハードなのでしょう。
ヴァイスを見ながらシュヴァルツが微苦笑します。
「ヴァイスも一年の頃はかなり手がかかる生徒でね。まぁ、特別講義と特別訓練を受けてからは随分大人しくなったんだ」
「シュヴァルツ様!」
「フフ、昔のことだろう? いいじゃないか」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら詰め寄るヴァイスに、シュヴァルツは笑み浮かべて窘める。
「彼らが受ける処罰はかなり厳しいものだ。何せ食事と風呂、睡眠以外はずっと講義と訓練漬けの日々が十日間続くからな。全て終える頃には、心身ともに鍛え直されるだろう」
「それは、かなりハードですね……」
「この処罰以外だと退学しかなくてね。本来であればそれでも構わないんだが、操られていたという可能性を考慮して、最期の
そう言って冷ややかな視線をデリック達に向けるシュヴァルツ。
その視線には慈悲といったものは一切感じ取れません。
――本当に最期の機会のようですね。
ちゃんと立ち直るか否か、それはデリック達の頑張り次第でしょう。
彼らを応援する気は毛頭ありませんが、全て終わった後にミーシャさんに謝罪をするのであれば、許してあげても良いかもしれません。
あくまで私が許すだけであって、ミーシャさんが許すかどうかは分かりませんがね。
「アデル君……」
「何ですか、ミーシャさん」
一人考えに耽っていた私に、ミーシャが話しかけてきました。
「今回は、その、本当に有難うございました! アデル君が来てくれなかったら私何をされていたか……」
「いえ、元はと言えば私のせいでミーシャさんが攫われるような事になったのです。私の方こそミーシャさんを危険な目に遭わせてしまい、申し訳ございません」
謝罪する私を見たミーシャの顔は耳まで真っ赤になっていました。
「そんな! アデル君は直ぐに助けに来てくれたじゃないですかっ。謝ることなんてないです!」
「そう、ですか? そう言って頂けると有難いですが、やはり申し訳ないですね。そうです、以前にも言いましたが、何か困ったことがあれば直ぐお声をかけて下さい。私で良ければいつでも馳せ参じ、貴女の力になりましょう」
「はぅ!? ……は、はぃ」
ミーシャの手を取り、手の甲に軽く接吻をしながら誓いを立てます。
すると――。
おや? 俯いてしまわれましたが、これはどうしたのでしょうか。
「アデル! 貴方は全く……。さっきあれほど注意したばかりでしょう!」
「アデル君! 気があるわけでもない女の子にその言葉は言っちゃダメ」
「アデル君どいてっ。ミーシャ! しっかりしなさい。って、熱っ! 誰かソフィア先生を呼んできて!」
――その後、リーゼロッテ達から更に三十分以上お叱りを受けるのでした。
【入学編】 (完)
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