第2章 新人戦編
第24話 新人戦とは①
ミーシャが攫われた事件の翌日。
本人が気づかない内の犯行とはいえ、やはり事件のショックはあったようで、顔色が優れないご様子。
少しでもお力になろうと登下校時の送迎、昼食の際にはご一緒するようにしたところ、次第に顔に笑みが戻っていき、数日で以前の元気なミーシャに戻りました。
その元気な姿にホッとします。
女性の落ち込んだり悲しまれている表情を見て、儚げで美しいと思う時もありますが、やはり笑顔が一番素敵ですからね。
リーゼロッテとエミリアにエリカ、そしてガウェインも真剣な眼差しで同行してきたのは少々不思議でしたが、きっと彼女達もミーシャの事が心配だったのでしょう。
入学して一週間程度でそのような行動が取れるとは、実に素晴らしい友情です。
ただ、向けられた視線がミーシャに、というよりは私だった気がするのは気のせいでしょうか?
そうそう、デリックと他の五人ですが、何とか処罰をやり遂げたそうで、後日六人揃って私とミーシャに謝罪に来ました。
彼らの瞳は対峙した時のギラついた目つきではなく、憑き物が落ちたように感じたのを覚えています。
私達の前に来るなり六人が一斉に地面に膝をつき、土下座をしてきたのは流石に驚きました。
驚いたといっても、この世界にも土下座という文化があるということに対しての驚きです。
私はともかく、ミーシャには攫うという暴挙に出たのですから、土下座は当然でしょう。
顔を地面に擦りつけながら「申し訳ありませんでした」と口々に謝罪するデリック達を見たミーシャの手は若干震えているようでした。
私がポンと肩に手を置くとミーシャがこちらを向いてきましたので、軽く微笑みながら「ミーシャさんが思ったままの言葉を言えば宜しいと思いますよ」と教えて差し上げました。
ミーシャは私に笑みを返し、私の制服の裾を小さな手で掴みながら、顔をデリック達に向けると「……今回だけは許してあげます。もう二度としないで下さいね」と柔らかな笑みを浮かべながら伝えたのです。
何と懐が広く、心優しい女性でしょう!
そう感じたのは私だけではないようです。
見上げたデリック達の両目は、かっと見開いたまま瞬きすら忘れてジッとミーシャを見つめていました。
六人とも顔を赤くしていたような気がしますが、きっとミーシャの慈悲深さに心打たれたのでしょう。
デリック達は「女神が現れた……」と呟きながら去っていきました。
◇
デリック達の謝罪から更に三週間が経ち、四月から
一ヶ月も経てば学園生活には完全に慣れ、心に余裕が出来るものです。
慣れない訓練時の手合わせは、毎日相手が替わり大変でしたが、数十年ぶりの学生生活ということや、異能を発現出来た実感からでしょうか、キツいとか苦しいとは感じませんでした。
一日の講義と訓練を終え、いつものメンバーと寮に帰るべく教室から出ようとしたところに、シュヴァルツから声を掛けられたのです。
「やぁ、アデル君。帰るところ済まないがちょっといいかな? あぁ、他の三人も一緒に聞いてもらいたい」
「シュヴァルツ先輩。構いませんが、どういったお話でしょうか?」
はて? 何か引き止められるような失態でも犯したでしょうか?
……いえ、私以外の三人にも聞いてもらいたいという事は、私達四人に共通したお話と考えるべきですか。
自然と硬い表情になっていたのか、シュヴァルツは微苦笑しながら続きを口にします。
「そう身構えなくてもいい。午前中の講義でも話があったと思うが、来週この学園に他校の学生が訪れる」
「はい。ベアトリス先生から伺っております。確か、新人戦を行うということでしたが」
ベアトリスの話では、レーベンハイト公国には異能力系の学校が学園を含めて八つあり、来週この学園に他の四校の一年生が訪れると仰っていました。
秋に行われる学園対抗戦では、各学校の代表者五人しか参加出来ません。
ということは必然、四年間ずっと試合に出られない生徒もいるというわけです。
試合に出たいと思っている生徒も、実力がなければ出ることは叶いません。
そんな生徒達の為に、毎年五月に一年生を対象にした新人戦を行うそうです。
但し、全員が出場出来るわけではなく、四つのクラスで各五人ずつと狭き門となっているようですが。
まぁ、必ずしも試合をしたいと言う生徒ばかりでもないでしょうし、妥協点としてはちょうど良いのかもしれません。
「そうだ。もう少し詳しく説明しておこう。基本的にどの学校も学園と同じ教育体制を採用している。以前にも説明したが、規模や力の入れ具合に違いはあるものの、クラス分けの方法は同じだ」
皆の目を見ながら告げるシュヴァルツに、私達は頷きを返します。
「但し、他の三クラスに比べてフィナールに該当する者は本当に数が少ない。この学園でさえ今年は君達四人しかいないのだからね。他校では該当者が全く居なかった年もあるほどだ」
「何故そこまで少ないのですか?」
疑問に思ったことをそのまま口にすると、シュヴァルツは困ったような笑みを浮かべました。
「そうだな。端的に言えば異能を使える者の数自体が少ない事が挙げられる」
「異能を使える者が少ない?」
「あぁ。"災厄"についての講義を受けたと思うが、全ての人間が異能に目覚めた訳ではない。"クリファ"討伐に貢献出来たのは第一位階以上の異能が発現出来た者達だけで、彼らが爵位持ちになったわけだが、その数は世界で一パーセント程度だ」
「そんなに少ないのですか!?」
まさか異能を使える者がそこまで少ないとは……。
驚きのあまり目を見開いていたのが可笑しかったのか、シュヴァルツは笑みを零しました。
「フフ、驚いたかい? でも考えてみてほしい。仮に公国に住む全ての人間が異能を使えるのであれば、異能を扱った学校が八つだけというのはおかしいと思わないか?」
言われてみれば、確かにその通りです。
誰もが異能を使えるのであれば、もっと学校がなくては足りないはずですからね。
シュヴァルツの問いかけに頷きで返します。
「分かってもらえて何よりだ。ただ、勘違いしないでもらいたいのだが、異能が使えないイコール魔力が無いという訳でもない。この世界に生きる全ての人間は個人差はあるにしろ、魔力を宿している。理由は分かるかな?」
シュヴァルツが試すような目で私を見つめてきました。
講義の復習だと言わんばかりに、少々意地の悪い笑みを浮かべています。
異能が使えない人間も魔力を持っている?
ベアトリスの講義を思い返せば自ずと分かると思うのですが……あ!
「赤い月、ですか?」
「よく覚えていたね。素晴らしい」
シュヴァルツは良く出来ましたと言わんばかりに、柔らかな笑みを浮かべながら手を叩いています。
「そう、赤い月の光を浴びている我々は誰もが魔力を宿している。まぁ、あくまで説だから、絶対にそうだと言えないんだがね。――っと、話が逸れてしまったな。先程述べた理由から異能を使える者は絶対数が少なく、フィナールクラスの魔力量となると更に限られるというわけだ。分かったかな?」
「良く分かりました。ご教授頂きまして、有難うございました」
シュヴァルツに敬礼をして感謝を示します。
「フフ、後輩の疑問に答えるのは先輩として当然のことだ。気にすることはないさ。さて、最初の話に戻ろうか。八つある学校の内、今年フィナールクラスの新入生が入ってきたのは学園を含めて四つ。だが、学園以外はそれぞれ二人しか入ってこなかったらしい」
私達を含めても十人しか居ないということですか。
魔力が多いということは貴重な事だったのですね……。
ん? 各校で二人しか入学していない?
ということは、もしかして――。
「シュヴァルツ先輩、私達一年のフィナールは四人います。新人戦はどうなるのでしょうか?」
すると、シュヴァルツは申し訳なさそうな表情を私達に向けてきました。
「新人戦は総当たり制を採用しているんだが……すまない。君達四人には三試合の中で二人ずつ出てもらう。二人は二試合に参加、残り二人は一試合のみという形になるが、了承してほしい」
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