第22話 幕間③
アデルがミーシャを抱きかかえながら森を抜けるその後ろ姿を、ジッと見つめる者がいた。
その男はアデルとデリック達のやり取りの一部始終を見ていたのだが、アデルもデリック達も最後まで気付く事はなかったのだ。
アデルが完全に立ち去った後、男は未だ気を失っているデリック達の前に姿を現す。
「ハァ。期待は全くしてなかったとはいえ、これはないで……。ホント糞の役にも立たんかったな」
男は大きく溜め息を吐き、デリック達を見下ろすと、デリックの頭を足で小突きながら愚痴を零す。
小突かれたデリックだが、ピクリとも反応を示さない。
その姿を見て、男はもう一度溜め息を吐く。
「アカンなぁ。アンタら全くいいとこ無しやで? いや……あの子の異能を見れたんやし、一応は役に立ったんか。せやけど、あの異能は確か……」
確かあの異能は、足元で倒れているデリックの兄、レイ・アルヴァーンの"雷を切り裂く剣"では無かったか。
では、何故レイの異能をあの子が使っていたのか。
男は目を瞑り思索に耽るが、良い答えは浮かんでこなかった。
右手で頭をガシガシと掻きながら、男は苛立たしげに短く舌打ちをする。
「あの一瞬じゃ判断出来んわ。せめて、もうちょい粘ってくれたら良かったんやけど、ウルティモじゃ束になってもフィナールには及ばんちゅうことか」
無論、魔力の
異能の相性によっては、魔力量の少ない者が多い者に勝つことも十分あり得るからだ。
そのこと自体は男も良く分かっている。
分かっているのだが、それでもやはりフィナールと他のクラスとでは絶対的な差があるのだと感じずにはいられない。
それほどまでに、先程の一戦は圧倒的であったのだ。
異能は全く使えないものの、世界最高の魔力を持つ人間が、レーベンハイト公国でも、特に異能の成長に力を入れた学園に入学したという話を耳にして、偵察に来たのはいいのだが、よもやあれ程とは思ってもいなかった。
「あれが世界最高の魔力の持ち主、アデル・フォン・ヴァインベルガーかいな。異能を使えんままやったら何も警戒する必要は無かったんやけどなぁ。ホンマにこの前まで異能が使えんかったとは思えんで……"五騎士"並に厄介やなぁ」
そこで男はまた思考する。
せっかく学園の強固な監視システムを掻い潜って侵入してきたというのに、今戻るには情報が少ないのではないか。
どうせならもう少し、ここで眠っている彼らを使ってアデルをつついてみるのも悪くない。
何で拘束の一つもせずに置いて行ったのか、腑に落ちないところもあるが、使えるものは使うに限る。
「もうちょいアンタらには動いてもらうで。このままじゃ戻るに戻れんしな」
「それは困るな」
「誰やッ!」
男は一瞬でその場から声がした方向とは反対側へ跳び、声の主を睨みつける。
男が先程まで居た場所には、長身で黒髪の美丈夫が立っていた。
その背後には、二人の見目麗しい紫髪の女性と白髪の男性が、さながら王に付き従う騎士のように控えている。
美丈夫は楽しげに笑みを浮かべたまま、男を見つめていた。
「フフ、学園に侵入してきたことは素直に称賛しよう。これまでも何度か無断で侵入しようとしてきた者はいたが、実際に侵入を許したのは俺が入学してからは君が初めてだ」
厳かに、しかし滑らかで張りのある男の声が森に木霊する。
「シュヴァルツ・ラインハルト……それにヴァイス・フェンリスヴォルフに、リーラ・ヴィッテンブルグ。"黒騎士"、"白騎士"、"紫騎士"がお揃いとは恐れ入るで」
――メンドくさい事になったで、と男は内心舌打ちをした。
まさか、学園の最高戦力とも言うべき"五騎士"、その全てが姿を現すとは思ってもいなかったのだ。
ウチの"隠形"は完璧だったはずや。
現にアデルやデリック達は、気付いてすらおらんかったやないか。
それなのに何故。
「何故、と考えているようだな。表情自体は君の異能によるものか全く分からないが、焦っているのは手に取るように分かる」
「……せやな。後学のために教えてもらえると嬉しいんやけど」
「答えは簡単だ。アデル君だよ」
「? あのお坊ちゃんが?」
「あぁ。こちらに向かう直前に、リーゼロッテさんにこの手紙を私に見せるように頼んでいたんだ。強く握りしめていたみたいで、かなり読みづらくはあったがね。流石にこのような非常事態であれば、事後報告をしてくれれば処罰などしないのだが……フフ、こうなることを見越してのことかもしれないな」
思い出したかのように、楽しげに笑うシュヴァルツ。
「チッ……」
ということは、まさか最初からウチがいた事も気付いていたっちゅうんか?
そんな馬鹿な……と、男は困惑する。
実際のところ、アデルは男がいた事に気付いてなどいない。
以前シュヴァルツから聞いた、学園内で私的な決闘が禁じられているという話を覚えており、リーゼロッテを通じて報告したに過ぎないのだ。
シュヴァルツ達が"五騎士"として、手紙の内容を見れば必ず動くだろうと分かっていたからこそ、アデルはデリック達に拘束もせずにその場を立ち去った。
結果として、今このような状況になったのは男にとって不運としか言い様がない。
問題はこの場からどうやって無事抜け出すか。
男は頭の中をフル回転させて考える。
男の異能を十二分に発揮させるには条件があった。
今のままでは、目の前の三人に使ったところで、時間稼ぎになるかどうかも分からない。
だが、このままでは逃げ切る事が出来ないのは明白だ。
ならば、イチかバチか試してみるかと行動しようとしたその時。
男の全身の肌が粟立った。
久しく忘れていた恐怖という感情が、内から湧き上がってくるのを自覚する。
「妙な事は考えない方がいいよ~。妙な動きをされたらビックリしてボク、何をするか分かんないからね?」
「……動けば問答無用で排除する」
ヴァイスとリーラが、男に向かって最終宣告とも取れる言葉を口にした。
彼らは本気だ。
もし下手に動こうものなら、彼らは躊躇することなく男を攻撃する。
「…………」
「結構。さて、君はどこの手の者かな。王国、共和国、それとも帝国かな? ひょっとすると教国の可能性もあるか」
男の顔から汗が流れ落ちた。
この状況、自分にとってもっとも都合よく収めるにはどうするべきか。
――考えるまでもないことだった。
素性がバレてしまうくらいであれば、死を選ぶ。
男の中で既に結論は出ていた。
が、結果的に男が死ぬことは無かった。
何故ならば――。
瞬間、何かを察知したシュヴァルツ達は後方へ跳び退ける。
シュヴァルツ達が先程までいた場所は、地面が抉られたようになっていた。
男の隣には一人の女の姿が。
女は仮面を被っており、その顔を窺い知ることは出来ない。
「連絡が遅いから来てみれば……何やってんスか」
「いや、ホンマ面目ない。来てくれて助かったわ」
「まぁいいっスけどね」
女の不機嫌を隠そうともしない呆れた声に対して、男は素直に礼を述べた。
危ない状況であったのは女も承知していたので、それ以上突っ込むような事はしない。
「これは君の能力かな? こうも綺麗に地面を抉るとは、興味深い」
「ノーコメントっスよ、色男のお兄さん」
シュヴァルツの問いを一蹴する女の声に、ヴァイスとリーラは目を細める。
それに対して、シュヴァルツは右手を上げて制した。
「だが、一人やってきたところで状況は変わらないぞ? 大人しく投降したほうが身の為だと思うが」
「そうっスね。確かに二人で相手にするには分が悪すぎるっス」
そう、女が加勢したところで、シュヴァルツ達には敵わない。
であるならば、どうして女は男を助けに現れたのか。
その答えは直ぐに分かった。
女の手が男の肩に触れる。
「ここはさっさと退散させてもらうっスよ。『――
女が言葉を発し終えると同時に、女と男の周囲は光に包まれる。
逃がすまいとヴァイスとリーラが慌てて異能を発現させようとするが、次の瞬間には女と男の姿は消えていた。
「消えたっ!?」
「チィッ!」
ヴァイスとリーラが顔を歪める。
だが、シュヴァルツは二人が消えた場所を興味深く眺めていた。
「……逃げられたか。"空間転移"の異能とは珍しいな」
「何暢気な事を言ってるんですか、シュヴァルツ様〜。逃げられちゃったんですよ」
「ヴァイス、口が過ぎるぞ……申し訳ございません、シュヴァルツ様。逃がしてしまいました」
ヴァイスの言葉を
その瞳には後悔の念が浮かんでいた。
「フフ、そんなに落ち込む事はないぞ、リーラ」
優しくリーラの頭を撫でるシュヴァルツ。
「……落ち込んでなどおりません」
シュヴァルツの言葉を否定しながら、俯くリーラの顔が赤いのは気のせいではないだろう。
シュヴァルツは微苦笑を浮かべながら、ヴァイスへと顔を向ける。
「ヴァイスも、そう気にする事はないぞ。あの系統の異能を使える者は限られる。調べればいずれ分かるだろう」
「それならいいですけど……」
渋々頷くヴァイスだが、その表情は不貞腐れていた。
頭で理解はしていても納得出来てはいないようだ。
「そんな顔をするな。次は逃さんし、その時にはヴァイスの好きにするといい」
「ホントですかっ! 絶対ですよ、シュヴァルツ様」
「あぁ」
シュヴァルツは喜ぶヴァイスの顔を見て柔かに微笑むと、未だ地面に倒れたままのデリック達に目を向ける。
「さて、彼らを運ぶとするか。ヴァイス」
「はいは〜い。分かってますよっと」
ヴァイスは即座に"戦死者を選定する乙女"を発現すると、十二人の電気人形が姿を現す。
電気人形は二人掛かりで一人ずつを持ち上げると、六人を森の外へと連れて行く。
「少し、面白くなってきたな」
シュヴァルツは誰に聞かせるでもない、呟く様な声で言葉を洩らすと、二人を引き連れて薄暗い森を抜けるべく歩み始めるのだった。
◇
学園から離れること数キロメートルの場所。
辺りは暗くなっており、周囲に人影はない。
そこに突然現れたのは二人の男女。
「はぁ~。今回はホンマ死ぬかと思ったで。間近で見るとアイツらはヤバイな、アッハッハ」
「アッハッハ、じゃないっスよ。私の方がよっぽど死ぬかと思ったっス」
「いや、そこはホンマすまんとしか言えんわ。よぉ来てくれたで。ありがとな」
「そんなに感謝されると逆に怖いっスね~。何か悪い物でも食べたっスか?」
「オマエなぁ……素直に感謝しとるんやから、有難く受け取らんかい」
女の嫌味な発言に対して、男は溜め息をしつつ呆れ眼の視線を向けながら言葉を吐き出す。
「礼を言われた事なんて殆どないってくらい珍しいっスからね。疑われるのは仕方ないっスよ」
「さよか……」
どう言っても無駄だと思った男は、そこで諦めることにした。
「で、死ぬような思いをしてまで侵入した甲斐はあったんスか?」
「ん? おぉ、一応な」
「ほほぅ! どの程度っス? ウチらの脅威になりそうっスか?」
男の目に迷いが浮かぶ。
が、それも一瞬のことだった。
「まだ何とも言えんが、あのままやったら確実に"五騎士"クラス……いや、もしかしたらそれ以上になるかもしれへんわ」
「うへぇ、マジっスか。それは嫌っスね」
男の言葉を聞いた女の顔は青褪め、苦虫を噛み潰したような表情をする。
先程対峙した三人と同等、もしくはそれ以上と聞かされれば無理もないことだった。
「まぁ、詳しい事は戻ってからや。ちゃんと姫さんに報告せなアカンしな」
「そうっスね」
「ほな、悪いけどもっかい頼むで」
「はぁ~、人使いの荒い先輩っスね、ホント」
女は大きく溜め息を吐いてから、男の肩に手を置くと先程の異能を発現させる。
周囲は光に包まれ、そして――次の瞬間には誰も居なくなっていた。
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