第6章 冬休み編

第97話 久しぶりの我が家は良いものです

 迎えの電磁車に乗り込み、外の景色を楽しみながら待つことおよそ一時間半。

 懐かしい建物が視界に入ってきました。

 

 懐かしい、ですか。

 住んでいた期間は三ヶ月ほどですが、懐かしいと思ってしまうほど愛着を感じていたことに驚いています。

 これも彼――"アデル"と完全に一つになった影響かもしれません。


 ゆっくりと音も立てずに車が停車しました。

 ドアを開けようとする前にガチャり、と外からドアが開きます。


「お帰りなさいませ、アデル様」


 そう言ってにこやかに笑みを浮かべながら、折り目正しく一礼するのは執事のルートヴィッヒでした。


「ただいま戻りました。おや?」


 差し出された手を取り車を降りると、出発時と同じように使用人達が二手に分かれて並んでいるではありませんか。


「「「「「お帰りなさいませ、アデル様!」」」」」


 声を揃えて一斉に頭を下げてくる使用人達の気遣いに、思わず笑みが溢れます。


「皆さん……出迎え有難うございます。ただいま戻りました。それに――」


 視線を左右に分かれた使用人達から中央に向けると、そこに居たのはアリシアとマリー、そしてミシェルでした。

 ディクセンの姿が見えませんが、恐らくお城に行っているのでしょう。

 公爵という立場であると同時に、公国騎士団団長という職位に就いているのですから。


「お母様、ただいま戻りました。お元気そうで何よりです」

「お帰りなさい、アデル。貴方も元気そうで安心したわ」


 アリシアの言葉からは、出発の時にかけられたような刺々しさは感じられません。

 私が見た限り表情も穏やかですし、"五騎士"に選ばれ、"学園対抗戦"でも優勝したことによって、少しは認めていただけたということでしょうか?

 

「お兄様、お帰りなさいませ」

「お帰りなさい、兄上」


 "学園対抗戦"の時のようにいきなり抱きついてくるようなことはせず、その場でスカートの裾を持ち上げるマリーと、右手を胸に当てるミシェル。


 うんうん、二人とも作法が身についているようで素晴らしいですね。

 成長を喜びつつ、二人の頭を優しく撫でながらにっこりと微笑みました。


「ただいま。二人とも元気にしていましたか?」

「もちろんですわっ」

「はい!」


 元気に返事をする二人はとても愛らしく、頭を撫でていた手を肩に回して、ギュッと抱きしめます。

 マリーもミシェルも一瞬驚いたような顔をしましたが、大人しく受け入れてくれました。


 ああ、やはり兄妹というものは良いですね。

 心に潤いを与えてくれるというか、癒されます。


 満足して二人から離れると、マリーもミシェルも何だか名残惜しそうな視線を向けてきました。

 つぶらな瞳が小動物のようで、また手が伸びそうになりましたが、ぐっと堪えます。

 アリシアやルートヴィッヒ、それに多くの使用人達も出迎えにきているのですから……ん?


 周囲を見渡すと使用人達は、微笑ましいものを見たときのような顔になっていました。

 

「んんっ、皆さん。気が緩んでいますよ」


 ルートヴィッヒの一言で、使用人達はハッとした表情になり、直ぐに直立不動の姿勢になりました。


「アデル様、せっかく戻られたのですからどうぞ屋敷の中へ。お茶の準備をいたします」

「有難うございます、ルートヴィッヒ」


 ルートヴィッヒに促された私は、アリシア達と一緒に屋敷の中に入ろうとしたところで、大事なことを思い出しました。


「マリー」

「何でしょうか、お兄様」

「公演用に作ってもらった人形ですが、有難うございました。おかげで大成功といって良いほど人が集まりました」


 公演自体を楽しんでいただけたからこそ、三日とも満員御礼で終えることができたと思っていますが、人形の売れ行きは大変好調だったと聞いています。

 公演があったので直接販売しているところを見たわけではありませんが、完売した後もどこに行けば買えるのかという問い合わせがあったとか。

 

 私の人形だけは、今でも公都にあるヴァインベルガー家が所有する店に行けば買うことができます。

 が、他の四種類の人形に関しては販売していません。

 あくまでも、あの公演のためだけに作ったものですし、何より彼らは学生ですからね。

 

 ……ん?

 よくよく考えてみると、私もただの学生でしかないはずですよね。

 いや、でも販売を許す代わりに四人の人形を作ってほしいとお願いしたわけですし。

 何より――。


「ありがとうございます! 学園の公演を観たという人の口コミと、学園対抗戦で優勝したことも相まって、お兄様の人形は飛ぶように売れていますわ」


 こんなにも嬉しそうに話すマリーを見ていると、今更やめてほしいとは言えません。

 私の人形が出回ることよりも、マリーの喜ぶ姿のほうが重要でしょう。

 ただ、締めるところはきちんと締めておかねばなりません。


「それは良かった。ただ、約束したとおり、くれぐれも他の四人の人形は作らないようにしてください。分かっていますね」

「も、もちろんですわ!」


 マリーは何度も首を縦に振りました。

 さとい子ですから、これだけ言えばきっと大丈夫でしょう。



 広間のソファに腰掛けていると、ルートヴィッヒが使用人を連れて入ってきました。

 

「マリー様やミシェル様もいらっしゃいますので、本日はフレーバーティーをご用意しました」


 そう言って、私達の前に紅茶が注がれたカップを置いていきます。

 この柑橘系の香りは――。


「アールグレイですね」

「その通りでございます」


 アールグレイは、茶葉にベルガモットというミカン科の柑橘類の香りをつけた紅茶です。

 落ち着きのある爽やかなフレーバーティーで、冷めても香りが失われないのが特徴で、他の紅茶に比べて渋みよりも甘味が強いですから、マリーやミシェルにも飲みやすいでしょう。


 カップを手に取り、鼻でまず香りを楽しんだあと、一口含みます。

 

「うん、美味しい」

「ありがとうございます。それでは、何かございましたらお呼びください」


 ルートヴィッヒと使用人は恭しく頭を下げると、部屋を出て行きました。


 アリシアとマリー、ミシェルを交えてしばし談笑をしました。

 話の内容は主に私のことばかりで、学園であった出来事が中心です。

 ボードウィル伯爵家の子どもであるガウェインやエミリアのことを伝えると、アリシアが「お招きしなさい」と言いました。


 そういえば、アデルがリーゼロッテ以外で屋敷に誰かを招いたことは一度もなかったのでしたね。

 ボードウィル家は公都に近い場所だとガウェインが言っていましたから、招いてみるのもよいかもしれません。

 

 そうそう、招くという言葉で思い出しました。


「マリー」

「何でしょう、お兄様」


 くりっとした碧眼をこちらに向けるマリーに、にっこり微笑みました。


「確か、お友達を屋敷に招くのでしたね。いつですか?」

「三日後ですわ。二十人ほど招いているのですが、お兄様も参加してくださいますか……?」


 二十人!

 入学までまだまだ時間があるというのに、それだけの人数が集まるとは。

 全員が全員、聖ケテル学園に入学できるとは限りませんが、友人はいたほうが良いのは確かです。

 二十人という人数には驚きましたが、胸の位置で両手を組み、上目遣いで見つめる愛らしい妹の、ささやかな願いを断る兄がいるでしょうか?

 いえ、いません。


「もちろん参加しますよ。ああ、ミシェルもお友達を招くのでしたね。そちらにも参加しますから」

「「有難うございます!」」


 声を揃えて礼を言うマリーとミシェルは、とても嬉しそうな顔をしています。

 入学前は私自身のこと――主に座学や鍛錬に追われていたせいで、あまり兄らしいことはできませんでした。

 この程度は当然です。


 聞けば、ミシェルのお茶会は五日後で、招くのは十人くらいとのこと。

 私の中では十人でも多いのですが、公爵家ということを考えればこの人数のお茶会は当たり前だそうです。


 だとするなら、私もガウェインやエミリア以外にも招いたほうがよいのでしょうか?

 ミーシャとエリカ、オスカーやリビエラ、それにミネルヴァは招けば来てくれそうですが。

 アデル親衛隊――は止めておきましょう。

 屋敷が広いといっても、流石に入りきりません。


 私のお茶会は後々考えるとして、もう一つ大事なことを忘れているような――そうでした!


「マリー、ミシェル。七日後ですが、二人とも何か用事は入っていますか?」


 そう訊ねると、二人とも今のところ何もないという返事が返ってきました。

 

「では、二人ともその日は空けておいてくださいね」

「あの、お兄様。その日は何かありますの?」

「ええ。お城に行きます」

「「「お城?」」」


 私の言葉に、マリーやミシェルだけでなく、アリシアまでもが声を揃えて首を傾げました。


「リーゼロッテ様の妹である、エステル様の誕生パーティーが開かれるのですよ。ご招待にあずかったのですが、マリーやミシェルもどうぞということでしたから、一緒に行きませんか?」


 それを聞いた三人は、しばらくポカンと口を開けていましたが、アリシアがいち早く立ち直り、マリーとミシェルに向かって「是非、一緒に行ってらっしゃい」と言ったのです。


 こくこくと頷くマリーとミシェル。


 やけに緊張しているようですが、城に行ったことはないのでしょうか?

 ……よく考えたら、まだ入学もしていない二人が城に行く機会はないですね。

 二人ならエステルと歳も近いですし、良い友人になれると思っているのですが。

 リーゼロッテもそう思ったからこそ、二人も一緒になどと言ったのでしょう。

 

 と、マリーが真剣な表情をしながら口を開きました。


「……誕生パーティーということは、プレゼントを用意しないといけませんわね」

「そうでした。エステル様の誕生日に贈る品をどうしようか悩んでいるのです。年齢もマリーと一つしか違わないそうですし、一緒に考えてくれませんか?」


 この世界の十二歳の女の子が何に興味があるのか、私よりもマリーの方が詳しいはずです。


「お兄様と一緒に買い物……お任せください!」


 マリーは目を輝かせながら、大きな声で頷いてくれたのでした。

 

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