第12話 学園生活の始まり④

「さて、と。それじゃあ試させてもらうとしようか」 


 紫電一閃、まさにそう表現するしかない速度で黒騎士シュヴァルツは矢と化しました。

 距離が瞬く間に詰まり、迫る鋭剣の切っ先が届く寸前、私は左に回避します。


 追撃が来るッ! 

 そう思ってそのまま五メートル程ダッシュした後に振り返ります。

 しかし、シュヴァルツはその場に立ったままで向かって来る気配は感じられません。


「うん。反応も悪くない。そうだね、一つ異能について教えてあげよう」

「異能について、ですか?」

「あぁ。異能の中でも位階というものがあってね。第一位階が基礎イェソド。俺が今発現しているこの剣も第一位階によるものだ」


 普段通りの柔らかな口調で講義を始めたシュヴァルツでしたが、私は迂闊に近づくことは出来ませんでした。

 隙が欠片も存在しないからです。

 ――目を逸らしてはいけませんね。

 シュヴァルツの言葉が続きます。

 

「第二位階が勝利ネツァク。リーゼロッテさんが使った灼熱の紅炎がこれに当たる。第二位階まで使えるとはね――彼女は優秀だよ」


 微笑を浮かべるシュヴァルツ。

 

「更にその上には第三位階というものもあるんだがね。これについてはアデル君がまず第一位階の異能を発現出来るようになってから教えてあげよう」

「発現出来るようになったら――ですか」

「フフ、不安かい?」

「えぇ。正直申しまして、私が本当に異能を発現する事が出来るのかという疑問はいつも抱いておりますよ」


 そう。

 たった三ヶ月の間でしたが、私なりに異能については調べてきました。

 異能とは――――謂わば固有能力の創造。

 自分の内なる願いを見極めて展開することにほかならないのです。


 紳士であることを己が信条としてきた私にとって、強いて言うのであれば人の為に生きるくらいしかありませんでした。

 皆さんの力の一助となりたい、困っている人を助けたい、そういう想いはありますが、それが異能とどう結びつくのか、私では創造する事が出来なかったのです。

 まぁ実のところを申しますと、異能を発現することで起こる変化を恐れているのかもしれませんが……。


「――――変化を恐れてはいけない」

「え?」


 そんな私の考えを見抜くかのような言葉を投げかけたシュヴァルツに、私の目は丸くなります。 


「いいかい? アデル君の世界を変えることが出来るのは、アデル君だけだ。君が望むなら、世界は幾らでも変わる。何故なら、君の世界は君だけのものだからだ。だからこそ、恐れてはいけない。変化の先にこそ――――英雄への道が続いているのだから」

「何と言いますか……学園長と同じようなことを仰りますね」

「そうかい? だがこれは事実だよ。俺は君が望みさえすれば第一位階程度は直ぐに発現すると見ている」

「その為には、続きですか?」

「そういうことだ」


 良く出来ましたと言わんばかりに優しく微笑むシュヴァルツ。


 なるほど、それでしたら容赦なく攻めて来ないのにも納得がいきます。

 つまり――この場の彼は先生で、第一目的は私を鍛え、育てることなのでしょうね。

 何故そこまで私を気にかけて下さるのか、ピンときませんが、せっかくご丁寧にも誘導して下さるのでしたら、答えは一つしかありません。


 私は構え直してシュヴァルツを見つめると――――。


「ご教授願います、先生」


 そう呟いた後、全力で地を蹴っていました。


「いいだろう。ならば俺も生徒の期待に応えるとしよう」


 瞬く間に二人の間合いが詰まり、シュヴァルツの鋭剣が持ち上がります。

 迫る鋭剣。

 左肩に向かって伸びる鋼の切っ先を、串刺しにされる寸前で避け、それに被さる形で、カウンター気味の一撃をシュヴァルツの整った顔に向かって叩き込みます。


 ですが、私の攻めは当然のように防がれてしまいました。

 剣の柄を回して絡め取るように私の攻撃を封じつつ、シュヴァルツは蠱惑的な笑みを浮かべます。


 瞬間、危険を察知した私は後ろに飛び退きました。

 肩口を通り過ぎていた刃が横一文字に払われたのです。

 咄嗟の反応のおかげで回避に成功しますが、無論それだけでは終わりません。


 シュヴァルツが地を蹴りつけ、こちらに迫ってきたのです。

 更なる刺突を繰り出してきますが、それを躱すと、剣を握っていない左側に向かって前進しました。

 

 シュヴァルツは手合わせを開始してから何故か左手を使ってきていませんし、使う気配もありません。

 ハンデのつもりなのでしょうが、私にとっては有難いことです。

 私はガラ空きになっているシュヴァルツの横腹目掛けて蹴りを入れます。


「フフ、君は本当に反応がいい。異能が使えないとは思えないほどの反応の良さだ」


 しかし、シュヴァルツは私の攻撃を読んでいたようで、脇腹に向かって剣を刺突して来ました。

 ――躱さなくてはッ!

 蹴りを止め、危ういところで回避しましたが、無理な体勢で避けた反動で姿勢が崩れてしまいました。


 そこを当然のように衝いてくる黒騎士。

 遠心力を乗せた蹴りがまともに私の鳩尾を貫いたのです。


「ぐぅ、がッ――!?」


 弾き飛ばされた私は、受身も取れぬまま地面に激突してしまいました。

 何とか意識はありますが、受けた痛みは半端なものではありません。


「これは……キツい、ですね……」


 かろうじて立ち上がりながら、弱音を漏らしてしまいました。

 何をやっても一手、いえ二手先を行かれているような感覚に襲われてしまい、どうすればいいのか分からなくなりそうです。


「そう落ち込むことはないよ。言ったように君の反応は本当に素晴らしい。異常とも言っていい程に。故に、気落ちせずいこうじゃないか。そもそも、この手合わせは勝ち負けを決めるものじゃない。――君の可能性を俺に見せてくれ」

「ふッ……」


 胃が潰れそうな激痛の中、私は訳も分からぬまま不敵な笑みを浮かべ、構え直しました。

 どうやら目の前にいる先生は、かなりのスパルタのようですね……。


 私の前世の父親も厳格な人でしたが、それすら可愛く見えます。

 そんな事が頭をぎるのは、シュヴァルツが黒髪、黒目だから、ですかね。

 父親とは似ても似つかないというのに、不思議なものです。


 ですが――出来ないことをやらせようとする先生はいませんからね。

 シュヴァルツの自身も発現に至ったという良識を信じるなら、ですが……。


「――行かせて頂きます」

「あぁ」


 そして、生徒わたし先生シュヴァルツの授業が再開されました。





「はあああァッ!」

 

 私とシュヴァルツの攻防は既に数分にも及んでいました。

 流れは終始一貫して、シュヴァルツが優勢、被弾らしい被弾もなく、その身には擦り傷一つ負っていません。


 対して私といえば――満身創痍といったところでしょうか。

 致命傷や行動不能になるほどの重傷は負っていませんが、鋭剣で抉られた刺傷と切創が肩や足など数箇所に及んでいました。

 

 既に意識は朦朧としています。

 にもかかわらず、今も止まることなく、愚直なまでにシュヴァルツに向かって攻撃を続けました。

 何故攻撃を続けるのか?

 怖くはないのか?


 ――確かにおかしいですね。

 如何に転生したとはいえ、私は元は日本人。

 前世では平和な日常しかありませんでした。

 痛みとは全く関係のない生き方をしていたはずです。


 ですが――本当に平和な日常しかなかったのでしょうか?

 テレビをつけるといつも何処かで事件が起きていました。

 強盗、強姦、殺人、人種差別やテロに果ては戦争まで。

 私自身に降りかからなかっただけで、世界のどこかでは必ず誰かが痛み、苦しみ、そして悲しんでいたのです。


 ですが、私一人の力では出来る事など知れています。

 所詮、只の人間でしかないのですから。

 

 そんな時には何度も思ったものです。

 自分も英雄になれたらと。


 私も男ですからね、やはり英雄という存在に憧れがありました。

 年齢的にそれ程多くを見てきたわけではありませんが、戦隊モノや漫画やアニメの主人公のようにピンチの時に颯爽と現れる存在というのは心躍るものです。

 彼らが様々な武器や技、魔法を使う姿というのも男心をくすぐります。

 男であれば、一度は自分もなりたいと思ったことがあるのではないでしょうか?

 

 そんな他愛もない事を考えている内に、いつの間にかシュヴァルツに肉薄していました。

 極限にまで疲弊した私は倒れ掛かり、それを見たシュヴァルツが即座に抱きかかえる形になりました。

 その反動で異能で創り出された剣の柄とシュヴァルツの手が私の手に触れています。


 瞬間、身体中を何かが駆け抜ける感じがしました。

 直後に内側から何かが溢れ出るような感覚に襲われます。

 ――――熱い。

 これは一体……。


 途切れそうな意識の中、頭にある言葉が浮かび上がってきました。

 目を瞑った私はその感覚に身を委ね、言葉を紡ぎます。

 その言葉とは――――。

 

「『――――英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー』」

「まさか――これはッ!?」

 

 シュヴァルツが私の耳元で驚愕の声を上げているようです。

 私の右手が何かを握っているようなのですが……既に目を開けることも出来ず、意識も持ちそうに……ない、ですね。


 そのまま、私の意識は闇へと誘われていきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る