第13話 幕間①

 シュヴァルツがアデルを抱きかかえつつ、驚愕の声を上げている最中。

 審判として近くに居たソフィアはもちろん、壁際で二人の手合わせを眺めていたヴァイスやリーラ、そして、リーゼロッテを含めたフィナールの生徒達全てが、目の前で起きた光景を理解できないでいた。

 その中にあって皆が共通して認識していたこと、それは――。


「リーラ……キミはどう思う?」


 最初に口を開いたのはヴァイスだった。

 ヴァイスの額から汗が一雫流れ落ちる。

 それが只の汗なのか冷や汗なのかは、ヴァイスも分からないでいた。


 思わず傍らに居た、同じ"五騎士"である彼女に問いを投げたのだが、それに対するリーラの返答はこの場にいる誰もが思っていた言葉だ。


「シュヴァルツ様の――『正統なる王者の剣』……のように見える」


 リーラの声はいつもと変わりないようで、だが、微かに震えていた。


「……だよね~」


 二人の会話はそこで途切れ、辺りはまた静寂に包まれた。

 

 一方、シュヴァルツはアデルを抱きかかえているものの、右手には今も自身の異能により発現した"正統なる王者の剣"が握られている。

 それだけならば何も問題はない。

 問題なのは、アデルの右手にも・・・・・・・・"正統なる王者の剣"が握られていたということだ。

 

 人の数だけある異能と言われているとおり、異能の種類は千差万別。

 似たような属性や性能、武器や防具の形を創造することはあるかもしれないが、全く同じモノを創造するなど本来有り得ない。


 それはそうだ。

 いくら似たような思考をしていようと、同じような境遇で生きてこようと、人によって考え方は変わるもの。

 稀に双子が同じ異能を発現したこともあったそうだが、少なくともシュヴァルツとアデルは該当しない。


 では、目の前で起きている出来事は、アデルの手に握られている剣は何だというのだ。

 彼は異能が使えないはずではなかったのか?

 使えなかったのであれば何故、今このタイミングで使うことが出来たのか。

 この場にいる全ての者が思っていたことだった。

 

 程なくして、アデルの右手に握られていた黄金の剣が霧散していく。

 アデルが気を失ったのだ。

 

 完全無欠にも思える異能だが、決してそんなことはない。

 今目の前で起きた、発現者が意識を失えば効力を失うというのもその一つだ。

 発現者の魔力を使用して発現しているのだから、当然といえば当然のことではあるのだが……。


 その様子を一番近くで見ていたシュヴァルツは目を細め、口を釣り上げた。


「フフフ、アハハハハッ」


 シュヴァルツは笑う。

 黒の軍服に似た服装に身を包み、まるで悪魔のようにわらい続ける。


「まさか、こんなにも早く異能を発現するなどとは、流石にこの俺も想像していなかった。何せ俺でさえ異能の発現には一月ひとつき近くかかったからな。しかも発現した異能が俺の『正統なる王者の剣』と全く同じとは……アデル君、やはり君は面白い」


 自分の腕の中で気を失っているアデルを、満面の笑みを浮かべつつ見つめるシュヴァルツ。


「だが、アデル君が本当に俺と同じ異能の持ち主だと決め付けるのは早計だな」


 ――そう。

 確かにアデルはシュヴァルツと全く同じ"正統なる王者の剣"を発現してみせた。

 これは周囲の者達も見ているから間違いない。

 但し、発現の際の言葉が異なっていた。

 小さく囁くような声であった為、聞こえていたのは密着していたシュヴァルツのみであったが、彼はその文言もんごんを一言一句覚えていたのだ。


「確か――『英雄達の幻燈投影』……だったか」


 英雄、幻燈、投影。

 三つの言葉を何度も反芻するシュヴァルツ。


 まさか、いやしかし――。

 疑念は際限なく螺旋していき、ついに答えに辿りついた瞬間、シュヴァルツの双眸に抑えきれない動揺が走った。

 

「そうか……」


 そしてなるほど、と納得する。


「俺の異能を完全に再現・・してみせたということか。――いや、俺の異能だけではないだろう。きっとアデル君は全ての異能を再現し、そして使いこなす」


 アデルがどのような願望おもいを抱いてこの異能を発現したのか、シュヴァルツには全く理解出来なかった。

 それも仕方のないこと。

 シュヴァルツとアデルが似ていると言っても、それはあくまで異能が発現する時期が遅かったことのみである。

 いや、実を言えば境遇も似通っている部分もなくはない・・・・・のだが、だからといって先に述べたように、思考や性格、願望までが同じになることはないのだ。

 

 だが、シュヴァルツはそのことに対して何の執着もしていない。

 そんなことなど最早どうでも良いのだから。

 

 今はただ、アデルの成長を見守りたい。

 次はどんなことをして自分を驚かせ、楽しませてくれるのかと。


「フフフ……」


 妖艶な笑みを浮かべながら、アデルを見つめるシュヴァルツの漆黒の瞳には、玩具オモチャを見つけたかのような狂気を孕んでいたのだが、それに気付いた者はこの場には誰一人として居なかった。

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