第14話 学園生活の始まり⑤
「――――ん」
目を開けるとそこは自室でした。
部屋に備え付けられてある時計に目をやると、どうやら朝のようです。
ベッドから起き上がったのですが、今朝はいつもより寝起きが悪い気がしますね。
頭が少しだけぼんやりします。
頭を振ると、心なしかシャキっとしたような気がしました。
右手で目を擦りつつ、昨日の光景を思い浮かべます。
あれが間違いないのだとすれば――。
薄れゆく意識の中で経験した感覚に身を委ねると、今まで一切感じる事が無かった、身体の内側から熱い何かが渦巻いているような、溢れ出てくる感覚に再度襲われます。
これが所謂"魔力"、なのでしょうね。
私は右手に意識を集中させ、シュヴァルツの異能の第一位階"正統なる王者の剣"を思い浮かべながら、私自身の異能を発現させます。
「『――――英雄達の幻燈投影』」
室内が眩い光に包まれ、やがて右手に収束していきます。
――私の右手にはシュヴァルツの"正統なる王者の剣"が握られていました。
剣を振るのは……止めておいた方が良さそうですね。
再度右手に意識を集中させると、"正統なる王者の剣"は右手から消え失せました。
その後、何度か"英雄達の幻燈投影"を発現させたのですが、成功率は百パーセントであるものの、シュヴァルツの"正統なる王者の剣"しか発現出来ません。
――ふむ。
今まで全く発現する事が出来なかった異能を発現出来たというのは、私としても大変喜ばしいことなのですが、発現条件は一体何だったのでしょう?
ハッキリと覚えていなかったので、何とも言えません。
……ふぅ。
いくら頭を悩ませても分からないものは仕方ありませんね。
何、学園での生活は始まったばかりです。
いずれ分かるでしょう。
意識を切り替えると、自分の服装が昨日の手合わせと同じままであった事に気付きます。
まずは熱いシャワーでも浴びますか――。
◇
「やあ! 昨日は凄かったねっ」
フィナール専用教室に入った瞬間、声を掛けられました。
振り向くとそこには腰に手を当てた、蒼い瞳に青紫色の髪が映える美男子。
左の前髪の方が長く整えられていますね。
こういう髪型を確か――アシンメトリー、と言うのでしたか。
常に七三にしていた私には、良く分からないファッションですね。
「えーと……何処かでお会いしたでしょうか?」
「ちょッ!? 一昨日自己紹介したばかりじゃないかっ」
「えぇ。覚えていますよ。ガウェイン・ボードウィル君でしたよね?」
そう。
私と同じ一年生のフィナールとして入学してきた、ガウェイン・ボードウィル。
今年の新入生の中でフィナールは私とリーゼロッテを含めて四人しかいませんからね。
忘れるはずがありません。
私のちょっとだけお茶目な対応に口をパクパクさせているガウェインの隣りには、もう一人の一年生フィナールの姿がありました。
「お早うございます、エミリアさん」
「お早う、アデル君。――ったく、兄さんもシャキっとしなさいよ」
そう言って思い切りガウェインの背中を叩くエミリア。
「痛ッ! 何をするんだ我が愛しの妹よっ!?」
「いつまでもボサッとしている兄さんが悪いのよ」
「なっ……!」
エミリアの容赦のない物言いに、ガウェインは目を見開き、プルプルと震えてしまいました。
――エミリア・ボードウィル。
ガウェインとは双子の兄妹で、同じく蒼い瞳に肩まで伸びたくせっ毛の強い青紫色の髪が映える美少女です。
「エミリアさん。元はと言えば私がからかったのがいけないのです。ガウェインにあまりキツく当たらないであげてください」
「兄さんを甘やかす必要は全くないと思うけど――兄さん、アデル君に免じて許してあげるわ」
「俺は何も悪いことしてないよねっ!?」
「そこに存在しているだけで悪い」
「兄を全否定!?」
んー、言い方はキツいような気がしますが、お互いの表情を見るにこれがいつものやり取りなのでしょうね。
険悪、といった感じは全くありません。
「あら? 貴方達早いのね?」
「お早うございます、リーゼロッテ様」
リーゼロッテが教室に入ってきたので皆で挨拶をします。
「その……リーゼロッテ様」
「何かしら?」
「昨日のことは――」
「ふふ、同じフィナールなのだから少しは張り合えるかと思っていたのだけれどね。力の差というものを見せつけられたわ」
……思っていたよりもショックは受けていないようですね。
リーゼロッテの目はしっかりと前を見据えています。
「今の時点で勝てないことは分かったわ。でもね、三ヶ月後は、半年後は、そして一年後はそうじゃないかもしれない。昨日の私よりも今日の私、今日の私よりも明日の私のほうが強くなっているのだから。強くなることを諦めさえしなければ、きっといつか――」
「素晴らしい考えだ、リーゼロッテさん」
「ふえっ!? シュヴァルツ先輩……リーラ先輩も」
リーゼロッテの後ろにはいつの間にか、シュヴァルツとリーラ、そしてヴァイスの姿がありました。
全く気配を感じなかったのですが……流石としか言い様がありませんね。
脇に控えていたリーラが一歩前に出て、リーゼロッテと対面します。
「いつでも挑戦は受けてやる。但し、手加減はしてやらんぞ?」
「――望むところです!」
隣で行われている微笑ましい光景に思わず笑みが溢れます。
一つのことに向かって直向きに頑張る姿というものは、美しいですねぇ。
っと、朝の挨拶を忘れてはいけません。
「お早うございます、シュヴァルツ先輩。昨日はお手数をお掛けしたようで、申し訳ございません」
「あぁ、お早う。何、気にする事はないさ。それよりも身体の調子はどうかな? どこか異常を感じていたりはしないかい?」
「異常……ですか? 起きた際に少しだけ頭がぼんやりとしましたが、今は特に何ともありません」
「そうか。いや、それならいいんだ。君の異能は我々と違って異質だからね。身体に変化がないか心配していたんだ」
「――私の異能が異質、ですか? シュヴァルツ先輩は私の異能について見当がおありで?」
「一応、ね。だが、九分九厘間違いないと思っているよ」
微苦笑しつつ、告げるシュヴァルツ。
本当であれば私としても是非知っておきたい情報です。
シュヴァルツは言葉を続けました。
「アデル君の異能だが、もちろん俺の『正統なる王者の剣』ではない。全く同じ異能を発現することなど本来有り得ないからね。しかし、アデル君は俺の異能を寸分違わず再現してみせた」
「再現……ですか?」
「あぁ。結論から言うと、君の異能は他人の異能を読み取り、原初と全く同じ異能を再現する事が出来る能力、だと思っている。異能がいくつも保管可能なのか、それとも一度に一つまでしか保持する事が出来ないのか、検証してみることはたくさんありそうだ」
目を細めながら告げるシュヴァルツの言葉は陶酔しているようにも見え、その場にいた全ての者たちは固まってしまいました。
そんな神の如き異能が私に宿っているというのであれば、神様のプレゼントとやらがこの異能なのでしょうか?
ですが、神様のプレゼント……ではないような気がします。
あくまで直感なのですが。
「まぁ、それは午後の時間にでも検証するとして。アデル君、『正統なる王者の剣』を発現してみせてくれるかな?」
「ここで……ですか?」
「あぁ。さぁ皆、アデル君から離れるんだ」
皆が私から離れ、周囲に人が居ないのを確認してから、私は異能を発現すると右手に"正統なる王者の剣"が姿を現しました。
「――素晴らしい」
「シュヴァルツ先輩。これが何か?」
「っと、そうだね。今アデル君には異能を発現してもらったが、何か魔力を奪われるような感覚はあったかな?」
「魔力を奪われるような、ですか? いえ、特には」
「……やっぱりか」
苦笑しつつ私を見つめるシュヴァルツの顔は、驚きからか、それとも興奮しているのか、僅かに紅潮していました。
シュヴァルツだけでなく、その場にいた全ての生徒たちも皆、目を見開いて同じ表情をしています。
訳も分からず首を傾げる私に、シュヴァルツは諭すように話しかけます。
「いいかい? 異能を使用する際には体内にある魔力を消費する。これはいいね?」
「はい」
「そうだね……第一位階を発現する際に魔力を一消費するとしよう。そして、ここからが重要なんだが、我々フィナールでも魔力の最大値はせいぜい十くらいなんだよ」
「そうなのですか?」
まだ理解の及ばない私に、シュヴァルツは柔らかな笑みを浮かべます。
「フフ。今まで異能を発現出来ていなかったんだ。無理もない。いいかい? 最大値が十の魔力に対して一消費したら、身体に違和感が生じるのは理解できるかな?」
「えぇ、それはまぁ……」
「だが、君は全く違和感がないと言う。これは異常な事なんだよ。――そうだな。この学園にも魔力計が一台あったな。後で魔力値を調べてみないか?」
柔かに告げるシュヴァルツですが、どこか面白がっているように感じるのは気のせいでしょうか?
現在の私自身の魔力値を知っておくのは悪いことではありませんからね。
私が頷きを返すとシュヴァルツは満面の笑みを浮かべました。
その後で計測した私の魔力値は……百。
結果を見たシュヴァルツは歪んだ笑みを一瞬覗かせ、何かを呟いたようですが、聞き取ることが出来ませんでした。
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