第11話 学園生活の始まり③
リーラがパチンと指を鳴らすと異能は解除され、一瞬にして氷の世界は消え去りました。
「ぐっ!? うぅぅぅ!」
リーゼロッテは両手で身体を抱きしめるようにして、その場に倒れ込みます。
全身がブルブルと震えているところを見ると、リーラの"永劫凍結の世界"によって急激に体温が下がり、低体温症の症状が出ているようですね。
直ぐにソフィアが近寄り、リーゼロッテの身体に触れると、ソフィアの手が眩い光に包まれました。
「『――――
するとリーゼロッテの震えは収まり、青褪めていた顔にみるみる赤みがさしていくのがわかりました。
リーゼロッテは目を大きく見開いてソフィアを見つめています。
「これでもう大丈夫なのです!」
「これが……ソフィア先生の異能ですか?」
「そうなのです。私の異能は身体の欠損以外であれば怪我だろうと病気だろうと、何でも癒すことが出来るのです。えっへん、なのです」
腰に手を当て威張るようなポーズをしたソフィアですが、見た目が見た目だけに残念ですが威厳は一切感じられません。
リーラはリーゼロッテの方を横目でチラリと見て、そのままシュヴァルツの元へとやって来ると、優雅に一礼しました。
それを見たシュヴァルツは柔和な笑みを浮かべています。
「いつも通りの見事な手並みだったよ、リーラ」
「勿体ないお言葉です」
「うん。リーゼロッテさんは実際に手合わせした君からみてどうだったかな?」
「そうですね――ハッキリと言わせていただくならば、児戯に等しいですね」
「ふふ、手厳しいな、リーラは」
バッサリと切り捨てるリーラの発言に、シュヴァルツは苦笑しています。
私には十分リーゼロッテが異能を使いこなしているように見えたのですが、児戯ですか……。
リーラは言葉を続けます。
「ですが、私に挑んできた勇気だけは小指の爪先ほどですが、認めてあげてもよいでしょう」
「ホントきついよね~、リーラは。そんなんじゃ嫁の貰い手なんていないよ~?」
「……煩い。私の身はシュヴァルツ様に捧げている故、そのような必要はない。――まだ戯言をぬかすようなら氷漬けにするぞ?」
「へぇ? ――中々面白い冗談だね。誰が誰を氷漬けにするって?」
二人の身体から異様ともいえる魔力が溢れ出してきました。
まさか、始める気ですかっ!?
リーラとヴァイスが睨み合い、今にも動き出そうとした瞬間。
「――――二人とも、止めるんだ」
二人に向かって圧倒的密度を持つシュヴァルツが、鉄槌のような声を搾り出しました。
即座に二人はその場にひれ伏します。
「申し訳ございません、シュヴァルツ様」
「ごめんなさい。止めるから
リーラとヴァイスという、二人の実力者が放つ魔力を軽々と抑えつけるシュヴァルツの圧力に、私は潰されかけて動くことが出来ません。
リーゼロッテの力が児戯に等しい――確かにその通りでしょう。
この三人を前にすれば、そう言われても仕方がありません。
――これが"五騎士"、ですか。
目の前の三人から目を離せないでいる私に気付いたシュヴァルツが、フッと笑みを零しました。
すると、場を包んでいた圧力が霧散していき、身体が軽くなったような感じがします。
「っと、すまないね。これからアデル君との手合わせだというのに。――リーラもヴァイスも気をつけるように」
「ハッ!」
「は~い」
リーラとヴァイスはひれ伏したまま、シュヴァルツに頷きました。
「うん、分かればいいんだ」
満足げに頷く美形が綻んで、結花したかのような妖しさを見せています。
ふと、中央に目をやるといつの間にかリーゼロッテは壁際まで移動していました。
「さて、アデル君」
「――はい」
「俺達も手合わせをしようか」
「胸をお借りします」
「ハハ、そんなに畏まらなくてもいいんだよ。まだ初日なんだ――気楽にやろうじゃないか」
優しく私の肩に手をやるシュヴァルツ。
気楽に、と言われましても……先ほどの光景を目の当たりにした後では無理というものです。
自然と中央へ向かう足取りは重くなっていました。
ふぅ、いけませんね。
こうも弱気になってしまうとは。
こういう時こそ、最上家家訓を思い出すとしましょう。
確か……家訓の一つ、勝てる勝てないではなく、勇気を持って困難に立ち向かってこそ紳士のあるべき姿、でしたね。
一度やると決めたからには逃げるわけにはまいりません。
開始線に立った私は目を瞑り、頬を両手で力いっぱい叩きます。
気合を入れ直したところで、目を開くと向かい側に立っているシュヴァルツが目を丸くしていました。
「アデル君――痛そうだけど大丈夫かい?」
「どうかお気になさらずに。ただ――気合を入れていただけですので」
「フフ、そうかい? それなら別にいいんだがね。さて、ソフィア先生。開始の合図をお願いします」
「分かったのです。二人とも準備はいいですか?」
ソフィアの確認に、私もシュヴァルツも頷きを返します。
「それでは――――始めなのです!」
私の経験する初めての命懸け。
――手合わせという名を借りた死闘の幕開けを告げる合図でした。
「――――ッ!」
先輩であるシュヴァルツに向かって走り出し、一切の容赦もなく拳を振り上げて打ちかかります。
異能が使えない私にとって、重要なのは速攻による先手必勝しかありません。
デリックの時は私のことを無能と侮っているようでしたので様子を見ましたが、シュヴァルツは様子見などして戦える相手ではありませんからね。
「おおおおォッ!」
雄叫びをあげながら全力で打ち込んだ攻撃は、狙い違わず標的を捉えていました。
そう、確実に私の攻めはシュヴァルツに命中したはずなのです。
「うん、いいね。俺と戦うということに不安は持っていないようだ」
にもかかわらず、目の前のシュヴァルツは何事もないような口調で話しています。
私の攻撃が効いている様子など微塵も見えません。
その整った顔に微笑を浮かべたまま、全く後退していなかったのです。
当たり前に立っているだけで、拳の衝撃を受け止めていました。
――お、重い。
これではまるで大木ですね……。
何という堅牢さでしょうか。
「アデル君の気概は見せてもらった。ならば俺もそれに応えよう」
「なッ……!?」
シュヴァルツはゆったりとした動作で何も無いはずの空中に向かって右手を伸ばしました
ただそれだけの事なのに、私は身体ごとじりじりと後ろへ押され出しています。
何とか堪えようと足を踏ん張るのですが、徐々に後退していき止めることが出来ません。
「『――
そしてそのまま、シュヴァルツの言葉と同時に私は吹き飛ばされました。
あれが、シュヴァルツの異能……?
シュヴァルツの右手には黄金に光輝く剣が握られていました。
剣身には二匹の蛇の姿があります。
人の数だけある異能。
ヴァイスが異能によって人形を創り出していましたが、まさか武器まで創造出来るとは――。
あまりの非現実に驚愕してしまいますね。
あれがシュヴァルツの望んだモノということなのでしょうか?
「くゥッ……」
ですが、いつまでも驚いてもいられません。
吹き飛ばされた私は滑るように着地を決め、追撃に即座に対応すべく防御の構えをしました。
「さて、と。それじゃあ試させてもらうとしようか」
シュヴァルツは普段通りの柔らかな口調で告げると、ゆらゆらと上下させていた鋭剣の切っ先を私の眉間に向けて一直線に向かってきたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます