第156話
さて、私とリーゼロッテの護衛が決まったわけですが直ぐにクリフォト教国へ出発する、というわけにはいきません。
レーベンハイト公国とクリフォト教国は国交を結んでおり、飛空艇でお互いの国を行き来できるように定期船が出ているそうなのですが、私たちの目的は観光ではありません。
仮に観光目的であったとしても今度は私たちの身分が足かせとなりますし、不特定多数の人びとが乗る飛空艇内で万が一襲撃があろうものならその方たちにも危険がおよんでしまうということになります。
何故ならそこは空の上でどこにも逃げ場などないのですから。
そういうわけで定期船に乗る以外の方法を考える必要がありました。
次案として公王専用の飛空艇を借りて乗って行くという案を公王自らが提案してくださいましたが、丁重にお断りをしました。
お借りしている最中に、公王の身に危険が迫るような事態が発生しないとも限らないですからね。
それではどうやってクリフォト教国に向かうのかというと──。
「フハハハ! 余の飛空艇に乗って行けばよいではないかっ!」
この発言により、私たちは護衛を含めてシャルロッテの飛空艇に同乗することが決定しました。
そういえば、確か迎えに行こうと仰っていましたしね。
何より彼女の異能を目の当たりにした身としては、心強さしかありません。
というわけで、移動手段の問題は解決しました。
後は教国への入国手続きだけなのですが、これがまた時間がかかります。
定期船を利用すれば手続きは不要なのですが、今回はシャルロッテの飛空艇を使用しますし、表向きは教皇であるアイリスと面会するという名目です。
しかもその相手がオルブライト王国の王女とレーベンハイト公国の王女、そしてその婚約者であり、世界最高の魔力量を持つ私ということで、時間を要しているというわけです。
「仕方あるまい。未遂に終わったとはいえ、余の国でアイリスがさらわれたのだからな。警戒もしよう」
「何か企んでいるのでは、と怪しむ方がいたとしてもおかしくはありませんね」
「うむ。かの国も一枚岩ではなさそうだしな」
「"クリファ"を崇める者たちのことですね」
「それだけではないぞ。どうやら他にも問題を抱えておるようだ」
「そうなのですか?」
"クリファ"を崇める者たち以外の問題とはいったい……。
続きが気になった私は丁寧にティーポットを持ち上げ、空になったシャルロッテのカップに紅茶を注ぎました。
「うむ! さすがアデル。お茶の淹れ方一つとっても見事な手際よ」
「恐れ入ります。それで他の問題というのはどういうことでしょう?」
シャルロッテは紅茶の注がれたカップを手に取り、指先で柄を押さえます。
湯気の立つカップを口元に運ぶと、小さく喉を鳴らす音がしました。
その一つひとつの仕草が全て優雅で、洗練されたものでした。
「よくあることだ」
「よくあること……ですか?」
「俗にいう派閥争いというやつだ」
王族や貴族の間ではよく耳にする言葉ですが……。
シャルロッテの言葉に今度は新たな疑問が浮かびます。
「教国にも派閥というものがあるのですか?」
「言ったであろう。一枚岩ではない――と。アイリスが教皇では甘い汁をすすれない者たちがおるというわけよ。その者たちが自分たちにとって都合のよい教皇を立てて権力を握ろうとしておるわけだ。アイリスは教皇に相応しくないと言ってな」
「理解に苦しみますね」
眉を顰めて不快感を露わにします。
「フハハッ! 其方ならそう言うであろうと思ったわ」
そう言って、シャルロッテは紅茶を一口飲みました。
「だがな、権力者というやつはえてして己の欲望に忠実だ。そして厄介なことに上限というものが存在せん。一つ手にして満足するかと思いきや更に次を欲するのだ。もっともっと、とな」
「……それはシャル様も、ですか?」
「もちろんだとも。ただし、余の場合は余自身の力で手に入れなければ意味がないと考えておるがな」
何ともシャル様らしい。
「ともあれ、"クリファ"を崇める者たちとアイリス教皇を陥れようとする者たち、この二つの勢力に目を光らせる必要がありそうですね」
「フハハハ! そう気を張らずともよい。余が一緒なのだからな!」
シャルロッテは高らかに笑いながら言いました。
シャルロッテがいれば心強いのは確かです。
ただ、シャルロッテはなまじ有能なだけに、暴走した時にどうなるのか予測がつかないという不安もあります。
他の方では彼女を止めることはできないでしょうし。
……私が頑張るしかなさそうです。
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