第136話 賊の狙いは……
「あの場所は……まさかっ!」
火の手の上がった場所は各国の王が観覧している貴賓室でした。
ということは、今の攻撃は無差別的なものではなく、彼らを狙ったものということになります。
突然発生した爆発に、会場のあちらこちらで悲鳴が上がっていました。
このような状況下で、私がすべきことは一つしかありません。
「シャル様」
私は握っている剣先を下に向け、シャルロッテに話し掛けます。
シャルロッテも言わんとしていることが分かっているのか、私の顔を見ながらコクりと頷きました。
「うむ! 一時休戦だ。何よりもまずは観客の避難と、各国の王たちの救出、そして攻撃してきた賊を捕らえるとしよう」
「ええ――クラウディオ様」
振り返ってクラウディオに話し掛けます。
慌てる素振りなど微塵も見せず、彼は優雅に一礼しました。
「既にお二人を覆う結界は解除しております。私も微力ながら観客の救助に当たりますので、お二人は貴賓室へ向かってください」
「ありがとうございます」
クラウディオに礼を言ってから、私は貴賓室に目を向けました。
火の勢いは強く、放っておけば会場全体に広がってしまうかもしれません。
まずはこれを何とかしなくては。
ただし、貴賓室には人がいるのですから、範囲と威力は調整しないといけません。
「『――――英雄達の幻燈投影』」
――瞬間。
貴賓室を覆っていた炎は一瞬にして消失し、代わりに氷山が出現しました。
火が消えたのを確認した私は、直ぐに"
これでひとまずは安心です。
「アデルっ!」
クラウディオの異能が解かれ、隔てるものがなくなったことで、リーゼロッテが私のもとへ駆け寄ってきました。
「アデル、私も――」
「リーゼロッテ。貴女はクラウディオ様とともに観客の救助をお願いします」
リーゼロッテの言葉に先んじてそう言うと、ニコリとほほ笑みかけます。
小さく頬を膨らませて不満そうな表情を見せていますが、危険がある以上、一緒に連れて行くわけにはいきません。
クラウディオの傍であれば、何かあっても大丈夫でしょうし、それに――。
「シュヴァルツ先輩たちも救助をお願いできますか?」
「俺たちも貴賓室に行きたいところだが、観客の数が多いからな。誘導する人員は一人でも多い方がいいだろう。ヴァイス、リーラ」
「向こうのほうが面白そうなんだけどな~」
「そんなことを言っている場合か。シュヴァルツ様、承知しました」
「分かってるよ。了解でーす」
彼らも一緒なら安心です。
三人に一礼して、再度リーゼロッテに目を向けます。
「大丈夫ですよ。直ぐに戻ってきます、リーゼロッテのもとへ」
そう言って優しく頭を撫でると、リーゼロッテは俯きながらも「分かったわ」と言ってくれました。
もう一度ゆっくりと頭を撫でてから離れ、シャルロッテと貴賓室に向かって走り出しました。
◇
貴賓室に到着すると、焼けて崩れ落ちている箇所がところどころ見受けられるものの、室内はしっかりしています。
要人のために造られた部屋なだけあって、頑丈にできているようです。
「父様!」
シャルロッテは床に倒れているオルブライト国王に駆け寄りました。
「……いてて、シャルか」
シャルロッテによって上体を起こしたオルブライト国王は、力なさげに頭を振りました。
「……分からねぇ。試合を観戦していたら、いきなりドカンていう爆発音がした。次の瞬間には床とご対面だ。外はどうなってる?」
「観客の方は心配ないぞ。狙われたのは貴賓室だけのようだからな」
シャルロッテの言葉に安堵の表情を見せたのも一瞬。
すぐにオルブライト国王は険しい表情にかわりました。
「ここだけ? てことは……おい! 義兄よ、無事か!」
「あ、ああ。何とかな」
少し離れた場所で身体を起こそうとするレーベンハイト公王でしたが、床に倒れた際にどこか痛めたのか、顔をしかめています。
私はレーベンハイト公王の肩に触れました。
「公王様、失礼します」
「アデル、何を――」
"英雄達の幻燈投影"でソフィアの"
万が一のことを想定して、ソフィアから教わっておいて良かったです。
「どこか痛むところはございませんか?」
「いや、どこも痛くはないが……」
立ち上がって不思議そうに自分の身体を確認するレーベンハイト公王。
「とにかく助かった。アデルよ、礼を言う」
「いえ、当然のことをしたまでです」
私はオルブライト国王にも同じ異能を再現しました。
「ふぅ、助かったぜ」
「アデルよ、すまぬ」
頭を下げるシャルロッテを手で制します。
「お気になさらずに。それよりも今は他の方にも施すべきかと」
「うむ、そうだな」
倒れている他の方たちにも"女神の癒し手"を施します。
皆さん安堵の表情を浮かべて――いえ、一人少ないような気が……。
私は周囲を見渡します。
やはり本来いなくてはならないはずの方が一人、この場にいないようです。
「アイリス様――クリフォト教皇がどちらにおられるか知っていらっしゃる方はおられませんか?」
その場にいた全員が首を傾げました。
オルブライト国王が口を開きます。
「クリフォト教皇は俺たちと一緒に観戦していたはずだ。それがいないってことは……」
「賊に連れ去られた可能性がある、か」
続けて述べたシャルロッテの言葉に、私は思わず心の中で舌打ちをしました。
賊の正体は昨日の黒づくめたちか、もしくはそれに連なる者で間違いないでしょう。
よもや昨日の今日で仕掛けてくるとは。
しかも昨日と違って、今回は人目が多いのにもかかわらずです。
考えるのです、アデル。
わざわざ連れ去ったということは、直ぐにアイリスをどうにかしようというわけではないはずです。
考えてみれば、昨日の黒づくめの男たちもアイリスを電磁車に乗せようとしていましたしね。
急げばまだ間に合うはずです。
ただ、問題はどこに向かっているかですが……。
「俺の国で好き勝手されて黙ってるわけにはいかねえな――ノイン、いるか」
「ここにいるっスよ~」
どこからともなく現れたのはノインでした。
「よし、空と海を封鎖するよう指示を出しとけ。後はこの会場から離れている電磁車を探し出すようにゼクスに伝えるのも忘れずにな」
「了解っス」
ノインはオルブライト国王の言葉に頷き、小さな声で「『――
――ノインとともに現れたゼクスが、賊の乗った車を見つけたと言ってきたのは、それから十分後のことでした。
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