第147話 選抜試験の内容

 聖ケテル学園の最高責任者、モルドレッド・フォン・ローエングリンがいる学園長室は学園の最上階にある。

 

「さあ、こちらですよ」

「こ、ここが学園長室……なんだか緊張しますね」


 普段足を踏み入れることがない場所を前にしたガウェインは、思ったままを口にした。

 入学式や学園対抗戦などの特別な行事がない限り、学園長に会う機会は殆ど無いといっていい。

 ましてや直接話ができる生徒となると、五騎士を含めてほんの一握りだろう。

 しかも学園長であるモルドレッドは世界でも有数の異能力者だという。

 ガウェインが緊張するのも至極当然のことだった。

 

「ふふ。ガウェイン君だけでなく、参加希望者は全員呼ばれていますから、そんなに緊張することはありません」

「全員?」

「ええ。さ、入りましょう」


 アデルは目の前の重厚な扉を三回ノックする。

 中から「入りなさい」という声が聞こえると、アデルは「失礼します」と言って扉を開けた。


 リーゼロッテ・フォン・レーベンハイト。リビエラ・ウェリントン。ヴァイス・フェンリスヴォルフ。リーラ・ヴィッテンブルグ。

 他にもフィナールの二年生や三年生が何人か顔を揃えていた。

 一番奥の席で学園長が座っている。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「も、申し訳ございません!」


 アデルに続き、ガウェインも頭を下げて謝罪した。


「特に時間を指定していたわけではないから、謝罪は不要だ。まずは席に着きなさい」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 アデルは空いていたリーゼロッテの隣の席に腰を下ろす。

 ガウェインも同じく空いている席に着いた。

 思っていたよりも参加者が少ないな、とガウェインは心の中で呟いた。

 アデルとリーゼロッテ、リビエラを除くと、自分を含めて十人にも満たない。

 一年生から三年生までの全てのクラスから募集をかけると聞いていたが、フィナール以外は誰もいなかった。

 二人の人気を考えるともっと多くてもいいはず――いや、今回はあくまで二人の護衛を決めるというもの。

 クリフォト教国へ行く目的を考慮すれば戦闘が発生する可能性は非常に高く、生半可な実力や覚悟で務まるはずはない。

 二人の護衛を務めるということは、最低限自分の身は自分で守れる程度の強さが必要なのだ。


「さて、こうして集まってもらったのはほかでもない。アデルくんとリーゼロッテくんの護衛を決める選抜試験についてだ」


 その場にいた全員がモルドレッドの言葉に耳を傾け、意識を集中させる。

 

「通常、新人戦や五騎士を決める際は試合形式をとっているが、今回は違う方法をとることにした。何故だか分かるかね?」


 モルドレッドが周囲に視線を向けるとアデルと目が合う。

 アデルは頷き、おもむろに口を開いた。

 

「試合はあくまで試合でしかありません。護衛となると一瞬の判断が命取りになる場合があります。戦闘に長けていることも必要ですが、臨機応変に対処できることが大事かと思われます」

「その通りだ」


 モルドレッドが頷く。


「試合でも咄嗟の判断を迫られることはあるだろう。だが、それはルールがある試合という縛られた条件下でのこと。実際の戦いにルールなど存在しないし、倒れたからといって相手は待ってくれなどしない」


 試合で強いからといって実戦でも強いとは限らないのだとモルドレッドは言う。

 その言葉に、アデルもリーゼロッテも深く頷いている。

 二人ともオルブライト王国でアイリスが攫われたときのことを覚えているからだ。


「そこで、だ。選抜試験の内容を三つ用意している」

「三つ、ですか?」


 ガウェインの声に、モルドレッドは微笑を浮かべた。


「そうだ。君たちには三つ全ての試験を受けてもらい、それぞれの結果を総合的に判断してアデルくんとリーゼロッテくんの護衛三名を決定する」

「はいはーい、質問があります!」


 そう言って勢いよく手を挙げたのはヴァイスだ。


「なんだね?」

「試験の中に戦闘はありますかー?」

「無論だ。二人は当学園の生徒であると同時に、公国の将来を担う人物でもある。その二人の護衛となるのだから、一定の実力は必要だろう」

「まあ、当然と言えば当然だね。それで、試験はどんな内容なんです?」


 早く知りたくて仕方がないのか、ヴァイスは期待のこもった眼差しをモルドレッドに向ける。


「少し落ち着き給え。それを教えるためにこの場に君たちを呼んだのだ」


 モルドレッドが苦笑しながらヴァイスを諫める。

 

「まず一つめの試験についてだが、制限時間内に対象者の身体に触れることができれば合格というものだ」

「対象者の身体に触れる?」

「対象者は触れられないように逃げるし異能も使用する。当然、追う側となる君たちも異能を使用しても構わない。身体のどの部分だろうと一瞬でも触れることが出来ればいい」

「なーんだ。楽勝だね」

「それはどうかな」


 楽観的なヴァイスに対して、モルドレッドは含みのある台詞を口にした。

 

「だって、相手に触れるだけでしょ? 簡単だよ」


 対象者に触れるだけで合格になるのだ。

 簡単な試験だとヴァイスだけでなく、この場にいる誰もが思っていた。


「ちなみに対象となる人物だが、彼だ」

「皆さん、どうぞお手柔らかにお願い致します」


 モルドレッドの言葉で立ち上がり、折り目正しく腰を曲げて挨拶したのは――アデルだった。

 全員が目を丸くし、隠し切れない驚きの表情を浮かべている。


「先ほど学園長が仰った試験内容を補足させていただくと、制限時間は十分。場所は学園内の敷地全てです。試験中ですが参加者同士で協力して頂いても構いません。それも判断材料の一つだそうですから」


 護衛ともなれば一人の判断も大事だが、アデルとリーゼロッテに帯同することになるのはリビエラを含めて四名になる。

 一人が独断で行動することによって、全員を危険にさらすことになるかもしれないのだ。

 参加者同士がどう協力するのかも試験に含まれていた。


「なるほどね。確かに簡単な試験じゃなさそうだ」

「その割には何だか楽しそうに見えますよ、ヴァイス先輩」

「そりゃそうでしょ」


 様々な異能を発現できるアデルが対象者なのだ。

 あっけなく終わると思っていたヴァイスにとって、朗報以外のなにものでもない。


「三つある試験のうちの一つに過ぎませんが、私の護衛を決める大事な試験です。全力であたらせていただきます。……まあ、皆さんにとっては残り二つの方が大変かと思いますが」


 アデル同様、試験の内容を知っているリーゼロッテは乾いた笑みを浮かべている。

 

「残り二つについて詳細は明らかにできないが、一つは参加者全員である一人の人物と対戦する試験、もう一つは対象者を救出する試験となっている。対戦者や救出する人物については最初の試験が終わった後に公表する」


 モルドレッドの言葉にガウェインは違和感をいだいた。

 ヴァイスやリーラは五騎士に選ばれるほどの実力者だ。

 ガウェイン自身、アデルやヴァイスと稽古をすることで力をつけているし、他の参加者も全員フィナール生で決して弱いわけではない。

 にもかかわらず、参加者全員でたった一人と対戦するという。

 いったいどんな人物なのか気になるところではあったが、それを口にする者は誰もいなかった。


「最初の試験は三日後に執り行う。以上だ」


 席を立ったガウェインは、同じく席を立ったリビエラと目が合う。

 リビエラは何か言いたそうな表情で一瞬口を開きかけるが直ぐに止め、リーゼロッテとともに出て行った。


「よいのですか?」

「師匠……はい! まずは選抜試験に合格することだけを考えます」


 やる気に満ちた表情でガウェインは頷く。

 その表情を見て、アデルは柔らかい笑みを浮かべた。

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