第146話 こういうところを見られるのは恥ずかしい
「ん~、ボクとしてはまだまだ物足りないんだけど……今日はこれくらいにしておこうか」
ヴァイスが構えを解くと、周囲に展開されていた"戦死者を選定する乙女"たちが瞬時に消え去る。
まるで最初から何も存在していなかったかのように。
それを見たガウェインも異能を解除した。
全身の筋肉が痙攣を起こしかけ、今にも倒れそうではあるが、致命的な怪我はない。
手合わせを再開した後のヴァイスは、意外にもガウェインの身体に致命傷となるような攻撃を直接当てることは一度もなかった。
ヴァイスは戦うことが大好きな戦闘狂と思われがちだが、だからといって人を痛めつけるのが好きというわけではない。
戦うこと自体が好きであることに間違いはないし、戦いに喜びを感じているのも確かだ。
だからこそ、つまらない戦いをする者、見込みのない者に対しては容赦ない言動を浴びせるし、気にせず攻撃をする。
そんなヴァイスが寸止めですませたということは、ガウェインはそのどちらにも当てはまらない――つまり、ある程度認められたということに他ならない。
「また手合わせしたくなったら相手をしてあげるからいつでも言いなよ」
「……ありがとうございましたっ!」
手をあげるヴァイスの後ろ姿に、ガウェインが頭を下げる。
ヴァイスの気配が演習場から消えた。
ガウェインの身体が、腰を抜かしたように地面に落ちる。
そのまま大の字に倒れこみ、懸命に呼吸をしながら酸素を体内に送り込む。
演習場にはガウェイン一人だけになっていた。
遅くなるから先に寮へ戻っていてほしいと、ガウェインがアデルたちに言ったからだ。
自分が倒される姿をリビエラに見られたくなかったというのもあるだろう。
好きな人の前で無様な姿を晒したくないと思うのは、年頃の男子であれば当然の心理といえる。
五分ほどしてようやく落ち着いたガウェインは、ゆっくりと立ち上がる。
全身汗でびっしょりになっていた。
一時間以上手合わせをしていたのだから仕方ないと思いつつ、このままでは寮に戻る前に風邪を引いてしまうかもしれないとガウェインは考えた。
演習場には男女別に個室タイプのシャワー室をそれぞれ五室ずつ備えている。
男子用に入り、一番手前のシャワー室に入る。
手慣れた手つきで備え付けのシャンプーを手に取り、頭皮を指で優しく擦りながら髪を洗い、次にボディー用ソープで全身を掌でくまなく洗った後、シャワーで洗い流した。
汚れと汗を洗い流してさっぱりした身体をタオルで拭くと、シャワー室を出て用意していた着替えを身に着ける。
シャワー室の前には五つの鏡と、ドレッサーが設置されている。
ガウェインは髪を乾かすべく、ドライヤーを手に取った。
くせ毛のせいで、タオルで拭いただけではいつもの髪型に戻らないのだ。
鏡を見ながら己の髪を乾かし、整えていく。
ガウェインは髪型を整えながら、何かに気づいたように二の腕のあたりを見る。
今の彼はズボンこそ制服だが、上は半袖の肌着のみという格好だ。
ジャケットは備え付けてあるハンガーにかけたままにしている。
今の季節を考えると、このまま外に出れば凍えてしまうが、室内は空調が効いており、熱いシャワーを浴びたばかりのガウェインにとっては、むしろ暑いくらいだった。
髪を乾かし終えたガウェインはドライヤーを元の場所に戻すと、鏡に向かって力こぶを作った。
上腕二頭筋が隆起する。
もう片方の手で触ってみると、それが筋肉だと実感できる硬さがあった。
次に肌着を肋骨の位置まで捲し上げ、腹筋に力を入れる。
お腹が六つに――とまではいかないが、うっすらと四つに割れていた。
ガウェインはランニングだけでなく、筋力トレーニングにも取り組んでいた。
アデルから一通りのやり方は教わっており、少しずつではあるが、毎日継続して実践していたのだ。
異能の中には体力や筋力を増加させるものもあるが、それはあくまで異能の効果でしかない。
鏡に映る努力の効果を目にしたガウェインは満足げに頷いた。
「……ガウェイン君、何をしているんですか?」
「うわぁ!?」
ガウェインはそこでようやく後ろにアデルがいたことに気づく。
「し、師匠……みんなと寮に帰られたはずでは?」
「ええ。ですが、先ほどヴァイス先輩が帰ってこられたので迎えに来たのですよ」
「ありがとうございます……」
恥ずかしいところを見られたこともあり、最後のほうは消え入りそうな声になりつつ、アデルに頭を下げる。
「好きでしていることですから気になさらずに。――もう少し後で来た方がよかったですかね」
「し、師匠!」
「いや、申し訳ありません。でも十分効果は出てきていると思いますよ」
抗議の眼差しを向けるガウェインに、アデルは詫びながらそう告げた。
「本当ですかっ!?」
ガウェインの言葉にアデルが頷く。
「ガウェイン君も実感しているからこそ、私に気づかないほど鏡をジッと見ていたのでしょう?」
「うっ!? そ、それは……」
事実ではあるのだが、素直にそうですとは言えなかった。
「私も最初はそうでしたからね、分かります。今後も適度な運動と適度な食事を続けていけば更に効果が出ますよ」
「あれが適度な運動ですか……」
ガウェインはアデルから教わったトレーニングを思い出し、思わず顔を顰める。
ランニングの時も思っていたことではあるが、トレーニングも適度、とは言い難い。
「リビエラさんもだいぶガウェイン君のことが気になっている様子でしたし、このまま頑張れば可能性は十分あると思います」
「ほ、本当ですかっ!?」
ガウェインは一転して興奮しながらアデルに詰め寄る。
一瞬驚いた表情をしたアデルだったが、直ぐに笑みを浮かべて頷く。
「ええ」
「そうですか……よし、よし!」
ガウェインは己の努力が無駄ではなかったことを喜び、頷きながら拳をギュッと握りしめた。
「よいですか。人は誰かの為に頑張る時、自分でも考えられないほどの力を発揮します。苦しいときもあるでしょうし、諦めようと心が折れかけることもあるかもしれません。そんな時は自分が何の為に、誰の為に行動しているのかを思い出してみるといいですよ。きっと頑張れるはずですから」
「師匠……はいっ!」
ガウェインのしっかりとした返事に、アデルも柔らかく微笑む。
そこで、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうそう、大事なことを忘れていました」
「大事なこと、ですか?」
何かあっただろうかと、ガウェインが首を傾げる。
「モルドレッド学園長から連絡がありました」
「学園長から? ……あ! もしかして?」
ガウェインの言葉にアデルが頷く。
「ええ、護衛の選抜方法が決まったとのことです」
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