第145話 脈はありそう……?

 翌日。

 演習場で行っていた手合わせに一区切りついたところで、アデルは壁際で待っていたリーゼロッテからタオルを手渡された。

 汗を拭きつつ、アデルはガウェインから聞いたことをリーゼロッテに話して聞かせる。


「へぇ、そんなことがあったのね」


 ガウェインが以前よりも強くなっているのは、リーゼロッテも知っている。

 アデルとガウェインが手合わせをした際に、その場にリーゼロッテもいたのだから。

 

「振り向いてもらうために頑張るなんて健気じゃない。私も応援するわ」

「ありがとうございます」


 アデルは柔らかな笑みを浮かべた。


「で、本人としてはどう? 可能性はありそうかしら?」


 隣で無言を貫くリビエラに向かって、リーゼロッテが話を振る。

 好奇心に満ちた眼差しを向ける主に、リビエラは軽くため息を漏らしつつ、口を開く。


「……ないと言えば嘘になります」

「じゃあ、可能性はあるのね」

「あるかないかで言えば……あります」


 元々、自分よりも強くなれば、と言ったのはリビエラ自身だ。

 それを信じてこの短期間で第二位階を発現するまでになったガウェインに対して、興味を持つのは自然なことであった。

 ただし、現時点ではまだリビエラの方が強いし、この感情が恋愛にまで発展するかといえば判断に乏しい。

 そういった意味で「あります」と答えたのだ。


「可能性があるのであれば、彼はどんなに辛くとも頑張って強くなろうと努力するでしょう。ガウェイン君の気持ちは本物だと私の目には映りましたから。全力で彼を鍛えるお手伝いをしましょう」


 そう言ってアデルが演習場の中央に目を向ける。

 視線の先には、ヴァイスと手合わせをしているガウェインの姿があった。


 第二位階を発現できるようになったガウェインであったが、それでもヴァイスと互角に戦うことはできないらしい。

 ガウェインの攻撃をすり抜け、野生の猛獣のごとき動きで瞬時に間合いを詰めるヴァイス。

 ガウェインの右横に並んだヴァイスが、ゆっくりと左腕を上げて彼の肩に触れる。

 

「『――――雷鳴の轟きヴォルスンガ・ブリッツ!』」


 ヴァイスの第一位階の直撃を受け、ガウェインがもんどり打って倒れた。

 すかさずガウェインの胸目掛けて足を振り下ろす。

 まともに食らえば骨が折れてしまいかねない一撃だが、間一髪左手の盾で防ぐ。


「アハハハ! いいね、少しはやるようになったじゃないかっ」


 ヴァイスは嗤いながら、攻撃の手をどんどん速めていく。


「俺は強くならなきゃいけないんですっ」


 後手に回ったガウェインは、ヴァイスに向けて第二位階を発現しようとした。

 しかしヴァイスの方がガウェインよりも速い。


「『――戦死者を選定する乙女ヴァルキューレ!!』」


 十二体の電気人形が一斉に飛び掛かり、ガウェインを押し潰す。

 ヴァイスは瞬時に背後に回り込み、馬乗りになる格好で逆関節を取って固めた。


「ま、まあ、ヴァイス先輩相手にあれだけ持ったんだから、大した成長よね」


 リーゼロッテがうんうんと頷きながらチラリと横目でアデルを見る。


「動きにまだムダが見受けられます。一つ一つ改善していけばもっと強くなれるはずです」


 アデルは「その為には、あの練習を取り入れる必要もありますね……」と、呟いている。


「まだやるかい?」


 ヴァイスが押さえ込みを解いて、ガウェインに訊ねる。


「ぜひ、お願いします!」


 ガウェインは間髪入れずに答えると直ぐに立ち上がり、足に力を込めて構えを取った。

 ヴァイスは嬉々としてガウェインに飛び掛かろうとしたが、すんでのところで留まる。

 いつの間にかガウェインの隣にアデルが立っていたからだ。


「止めるつもりじゃないよね?」

「いえいえ、そのようなつもりはございません。ヴァイス先輩との手合わせはガウェイン君にとって得難い経験になります。ただ、これは『実践』ではなく、あくまで『手合わせ』です」

「つまり?」

「体を痛めたままでは練習になりません。ガウェイン君、失礼します」


 アデルは右手でガウェインの肩にそっと触れる。

 途端にガウェインは自分の体から痛みが引いていくのを感じた。

 治癒の異能だ。

 ソフィアの"女神の癒し手パナケア"を再現したことにより、ガウェインの体は手合わせを始める前と同じ、万全な状態となった。


「師匠、ありがとうございます!」


 ガウェインがアデルに向かって一礼する。


「好きでやっていることですから気にする必要はありませんよ。ガウェイン君、ヴァイス先輩との手合わせは貴重な体験です。胸を借りてどんどん学びなさい」

「はい! ヴァイス先輩、続きをお願いしますっ」


 ガウェインは蹴り足に力を込めて、ヴァイスへと向かっていく。

 当然ヴァイスとの戦力差は歴然だ。

 アデルに回復してもらったところで、その差が急に縮まることなどない。

 何度も何度も倒されるガウェインだが、直ぐに立ち上がる。

 その姿からは、決して諦めないという決意が見て取れた。


「どうです? お兄さんの真剣な姿を見て、妹のエミリアさんとしては何か思うところはありますか?」


 再び壁際まで戻ったアデルは、リビエラの隣にいながら今までずっと黙っていたエミリアに話しかける。


「……正直なところ驚いているわ」

「驚いている?」


 エミリアが頷く。


「兄さんはどちらかと言うとお調子者なのよね。真剣に物事に取り組む姿なんて今まで一度も見たことがないの」


 ずっと一緒だったエミリアが言っているのだから、間違いないのだろう。

 既に地面に倒れこむのは十回を超えていたが、それでもなお諦めることなく立ち上がる姿に、エミリアは何度も目を瞬いている。

 

「恥ずかしい話だけど……私はお付き合いとかしたことがないから、人を好きになる気持ちがよく分からない。けど、兄さんがあんなに真面目に頑張っているんだもの、リビエラさんのことを本気なんだろうなって思う」


 エミリアの言葉を聞いて、アデルとリーゼロッテがチラリと隣に目を向けた。

 今まで無表情を貫いていたリビエラの頬が、ほんの僅かだが赤く染まっている。

 彼女の視線の先には、ヴァイスに果敢に立ち向かうガウェインの姿があった。


 これは意外と脈があるかもしれない。

 アデルとリーゼロッテは二人して無言で頷きあった。

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