第148話 割と容赦しない主人公

 そして、最初の試験の日がやってきました。

 試験の対象者である私と参加者は校庭に集まっています。

 

「少々肌寒いですが、雲一つない快晴ですね。そうは思いませんか?」


 空を見上げながらガウェインに問いかけると、彼は大きな声で「そ、そうですね!」とだけ返してきました。


 ふむ、緊張しているようですね。

 肩にも力が入っていますし、表情まで硬くなっています。

 これでは今までやってきたことの半分も出せないのではないでしょうか。

 試験ですから当然ながら私情を挟むわけにはいきません。

 ですが、近くで彼の頑張りを見てきたのも事実。

 せめて十全に力を発揮させてあげようとするくらいはよいでしょう。


「ガウェイン君、先ほどは雲一つないと言いましたが、空中をよく見てごらんなさい。何か見えませんか?」

「空中、ですか? 何もないように見えますが……いや、何か浮かんでいる? あれは水晶?」


 バスケットボールほどの大きさですが透明な為、目を凝らさないと見えないでしょう。

 しかも一つではなく、学園内の至るところに幾つも浮かんでいます。


「そうです。まあ、実際には異能によって創り出されたものなんですがね」

「異能によって?」

「ええ。今回の試験場所は学園全てになっています。審判をおこうにも相当な人数を割かねばなりません。ですが、この異能はそれを解消してくれるのです」


 水晶がレンズの役目を果たして私たちの動きを捉え、受信機に映像として映し出す。

 まあ、あくまで異能ですから映し出すだけで記録まではできないそうですが。

 "アデル親衛隊"の中にいらっしゃったのでお願いしてみたところ、快く引き受けてくださいました。

 ちなみに受信機は各クラスに全て設置されており、試験中の授業は休みになっています。


「つまり、私たちの行動は全て、学園内にいる皆さんに見られているということです」


 そこでいったん言葉を区切ると、ガウェインに近寄った私は耳元でこう囁きました。


「もちろん、リビエラさんも見ていますよ」

「——!」


 その瞬間、ガウェインの表情が引き締まりました。

 先ほどのように緊張して硬くなったわけではありません。

 やる気になったといえばよいでしょうか。

 ふふ、青春ですね。 


「ということはフィナールの教室から見ている?」

「いえ、実況席からです」

「実況席……なんですか、それは?」


 ガウェインがきょとんとした表情に変わっています。

 分かります。

 私も意味が分かりませんでしたから。

 

『実況は私、"アデル親衛隊"のフェリシア・クレメンス、解説は"五騎士"筆頭であるシュヴァルツ・ラインハルト先輩、同じく"五騎士"のリーゼロッテ・フォン・レーベンハイトさんにお願いしています。お二方、よろしくお願いいたします!』

『よろしく』

『どーも、ってわざわざ解説が必要なことなの?』


 フェリシアの異能によって、三人の声が学園内に響いています。

 臨場感を演出するための一つだそうですが、ふむ。

 この二つの異能を組み合わせれば、来年の舞台の幅がさらに広がる可能性がありますね。

 舞台上で演じるのではなく、もっと広い場所で中継して受信機で映し出す――素晴らしい。

 おっと、いけません。

 今は試験に集中しないと。

 参加者にフェリシアの異能を発現させたブレスレットを手渡します。

 

「ガウェインくん。貴方は、貴方の意志と決意をもって今この場所に立っているはずです。成さねばならないことがあるのでしょう? 貴方の望む世界へ為し遂げてごらんなさい」


 実況席にいるリーゼロッテの後ろで、きっとリビエラも貴方を見ているはずですから。

 そう言ってガウェインにもブレスレットを手渡しました。


「師匠――はいっ!」


 うん、完全に緊張はほぐれたようで何よりです。


「そういえば、ヴァイス先輩はともかく、リーラ先輩が参加されているのは意外でした」

「そうか?」

「ええ。この試験に合格して私たちの護衛役に任命されるということは、シュヴァルツ先輩と離れ離れになるということですから」


 一年近くリーラの行動を見ていますが、シュヴァルツに対する忠誠心は非常に高いものがあります。

 恋慕しているというのは何となくわかるのですが、普段は全くそれを表に出していないのですから、すごいと言わざるを得ません。

 そんな彼女がわざわざ護衛選抜試験に参加しているというのは、実に興味深いものがありました。


「シュヴァルツ様が外の世界を見るのも悪くないから見てきなさいと仰ったのだ。だから私はここにいる」


 当然だといわんばかりに言い切るリーラ。

 ここまでくると逆に清々しいものがあります。

 これもある意味ではガウェインと同じ、なのかもしれません。


「あっはっは、リーラのシュヴァルツ様第一主義なところは相変わらずだねぇ」


 ヴァイスはリーラの隣で大きな声で笑っています。


「……煩い。貴様はどうなんだ」


 ぎろりと睨み付けるリーラの鋭い視線を物ともせず、ヴァイスは犬歯のように尖った歯を見せてニヤリと嗤いました。


「ボクかい? 決まっているだろう。戦えると思ったからさ。ボクの勘が告げているんだよ。まだ見ぬ敵と戦えるってね」

「ふん、嬉しそうだな。戦うのがそんなに好きか?」

「当たり前じゃないか。誰が――いや、人かどうかも分からない相手がどんな方法を取って見せてくれるのか、期待に胸が躍っちゃうよ」


 リーラはシュヴァルツのため、ヴァイスは己が戦うため、というわけですか。

 つまるところ、一つのことに対して一途という意味ではどちらも似た者同士なのでしょう。

 理由がはっきりしている分、安心感すら覚えます。

 何より、二人に護衛として帯同していただけるのであれば心強いですからね。

 ただし、そのためには試験に合格していただかねばなりません。

 ガウェインのように負けられぬ理由のある者もいるわけですし、半端な心構えは礼を失するといいます。

 三つある試験のうちの一つといえど、私の本気を持って皆さんの意志を受け止めることにしましょう。


『さあ、皆さん。ブレスレットは装着しましたね? それでは対象者であるアデルくんからいったん離れてください』


 フェリシアの言葉で、皆さん私から十メートルほど距離を取りました。


『はい、それくらいで大丈夫です。念押ししておきますが、制限時間は十分間。アデルくんの身体に触れることが合格の条件になります。それでは、合図とともに試験開始します』


 全員が私の方を見ながら一斉に身構えています。

 今回の試験は『鬼ごっこ』みたいなものですからね。

 スタートダッシュで一気に距離を詰める気なのでしょう。

 ふむ、参加者同士の距離はそれほど離れていません。

 せいぜい七、八メートルといったところでしょうか。

 でしたら、最初はアレでいくとしましょう。


『それでは始めてください!』


 フェリシアの合図と同時に、私は"母なる聖域ザンクトゥアーリウム"を前方の参加者たちに向けて発現しました。


「なっ!? 進めない!」

「どうなっているのっ」


 見えない壁によって動けなくなった参加者が声を荒げています。

 範囲を狭めて発現させましたが、ちょっと大人げなかったかも――いえ、三人ほど姿が見えませんね。

 いったいどこに――むっ!?

 咄嗟に後ろに飛び退けたのは、本能の成せる技でしょうか。


「あれ? おかしいな、決まったと思ったんだけど」


 先ほどまで私がいた場所にヴァイスの姿がありました。

 さすが"五騎士"。

 一網打尽にと思ったのですが、そう簡単にはいきませんか。

 ということは残り二人も。


 その時、ざわりと、うなじを撫でていく冷たい感覚に襲われました。 

 ヴァイスを見据えつつ、考えるよりも先に横へ跳ね飛びます。

 

「ふん、勘はいいようだな」


 今度は氷の壁が立っており、そのすぐ傍にリーラがいました。

 フィナールの中でもこの二人は別格ですね。

 まあ、最初の攻撃で終わってしまっては試験の意味がないので、よかったと言えるのかもしれません。

 残る一人は――機をうかがっているのでしょう。

 それもまたよし。 


「さて、正面からお二方を相手にするのは骨が折れるところではありますが、今回はあくまで試験。戦闘ではございません」


 そう、どちらかが倒れるまでといった試合ではないのです。

 触れられればこちらの負けなのですから、真正面からやりあう必要などありません。

 むしろ、この場に留まることこそ危険。

 まずは移動し続けなければ――。


「師匠ならそう考えると思っていましたよっ!」

「——!」


 後方から、別の一撃が来ました。

 風を巻く一撃ですが、こちらに触れる寸前で首を捻って躱します。

 

「ふむ、見事な攻撃です」


 相手は、ガウェインでした。

 後方にも注意を払っていたはずですが、大した脚力と言わざるを得ません。

 これも毎日のランニングの成果でしょうか。


 ん、この配置は……もしや。


「試験は協力してもいい、ということにしていましたが」

「ええ、だから――これが最善の手だと判断したんですよ、師匠」


 "守護女神の盾アエギス"構えたガウェインが来ました。

 ガウェインの攻撃を潜って、相手の後ろへと抜けますが、タイミングを見計らっていたようにヴァイスの"雷鳴の轟きヴォルスンガ・ブリッツ"が飛来します。

 "守護女神の盾"を発現しヴァイスの一撃を防ぐと、今度はリーラが距離を詰めていました。


「即席にしては、見事な、連携ですねっ」


 首を狙いすまして薙ぎ払う手刀に追われ、ただ後ろに跳び退ける以外にありません。

 逃げる猶予も、反撃に出る隙も奪われている状態です。


『おーっと、アデルくん大ピンチ! これは触れられるのも時間の問題ではないでしょうか、シュヴァルツ先輩?』

『確かに一見するとアデル君が劣勢に見えるだろう』


 見えるんではなくて実際におされていますし、避けるので精一杯です!


『ただ、よく見たまえ。あの動きは何かを狙っている。まるでどこかに辿りつこうとする為の動きだ』


 よく見ていらっしゃる!

 三人の攻撃を躱し続けること数十回。

 こちらの限界まで、あと僅かというところで目的地に到着しました。

 目的のもの――リーラが創り上げた氷の壁に触れながら、私は異能を発現しました。

 

「『――――英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー』」

「なっ!?」


 リーゼロッテの"灼熱世界ムスペルヘイム"を再現したことで、氷の壁は瞬時に水蒸気へと変わり、周囲に充満します。

 白い霧が三人の視界を塞いだことで、その場から素早く離れました。

 このまま時間が過ぎるまで隠れてもよいのですが、それでは試験足りえません。


「さて、残り時間も少ないことですし、最後の試練といきましょう」


 右手を銃の形にし、"魔力供給エイル"を発現します。

 指先に炎が集約し、巨大な塊と化しました。

 それでは、この場の幕引きとしましょう。

 決着となる一撃を放ちます。

 徐々に霧が薄まるなか、私の攻撃に気づいたガウェインはヴァイスとリーラの前に立ち、叫びました。

 

「二人とも! 俺の後ろにいてくださいっ」


 咄嗟の攻撃に慌てることなくその判断が出来るのは素晴らしい成長です。


「うおおおおっ!!」


 ガウェインは前方に"守護女神の盾"を展開しました。


 次の瞬間――。


 炎と衝撃が、辺り一面を吹き飛ばしました。

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