第149話 憧れのお姫様抱っこ(ただしイケメンに限る)

 爆発の衝撃で校舎の窓ガラスが一斉に割れる――ようなことにはなりませんでした。

 当然、そのあたりは考慮して事前に校舎側へ"母なる聖域"を発現しています。


「ちょっとアデル! 『灼熱世界』を使うなんてやり過ぎなんじゃないの?」


 水晶を通してこちらの様子を見ていたリーゼロッテの声が、ブレスレットから聞こえてきました。


「リーラ先輩との手合わせの際に、リーゼも使っていたと思いますが?」

「うっ、そうだけど……」


 間髪入れずに返した私の言葉に思わず口ごもるリーゼロッテ。

 まあ、地震のような衝撃でしたからね。

 心配するのも無理はありません。

 ですが、私はガウェインの頑張りを見てきていたので分かります。

 この程度の壁は乗り越えてくれると。

 その証拠に――。


「ご安心ください。ガウェイン君たちなら無事ですよ、ほら」

「え――」


 視線の先には、"守護女神の盾"で私の攻撃を防ぎ切ったガウェインが立っていました。

 衝撃の影響でしょうか、膝が少し震えています。


「いやー、やるじゃん」

「別に守られなくとも問題なかったが、礼は言っておこう」

「はは……どうも」


 ヴァイスとリーラに返事をするガウェインですが、先ほどまでの力強さは感じられません。


「お見事です、ガウェイン君。時間内に私に触れるという試験をクリアできる方はいらっしゃいませんでしたが、貴方の雄姿はしかとこの目に焼き付けさせていただきました」

「し、師匠……あっ!」

「おっと」


 気が緩んだのか、膝から崩れ落ちそうになったガウェインを支えます。

 

「す、すみません! 自分で歩けますからっ」


 気丈に振る舞っていますが、手足に力が入っていません。

 これでは一人で歩くのは難しいでしょう。


「気にすることはありません。ここまで頑張らせた私の責任でもありますから」


 そう言って、私はガウェインを抱き上げます。

 その瞬間、ブレスレット――いえ、校舎から「きゃあああっ」という黄色い歓声が怒号のように上がりました。

 はて、何かあったのでしょうか?


「師匠、これは、その、何というか恥ずかしいと言いますか……」

「何がです? それよりもソフィア先生のところまで運びますよ。多少揺れるかもしれませんからね、しっかり掴まっていてください。さて、ヴァイス先輩とリーラ先輩は大丈夫なようですね、って何故そのような笑いを堪えたような顔をなさっているのです?」

「な、何でもないから、ボクたちのことは放っておいて早く連れて行ってあげなよ」


 くくっ、と含み笑いを浮かべながら言われると余計に気になるのですが……。

 リーラも表情こそいつもと変わらないものの、肩が小刻みに震えています。

 私は何だか腑に落ちないものを感じつつ、抱きかかえた状態のガウェインをソフィアのいる場所まで運ぶのでした。





 翌日。


「疲れは残っていませんか?」


 ガウェインと挨拶を交わした後、私はそう訊ねました。

 ソフィアの異能で身体の傷は癒えたでしょうが、かなりハードな試験でしたからね。

 精神的な疲れは残っているかもしれません。


「お気遣いありがとうございます、師匠! この通り何ともありませんよ」


 ニッと笑って力こぶを作るポーズを見せるガウェイン。

 やせ我慢をしているようには見えませんし、本人の言うように大丈夫なようです。


「まったく、無茶するんだからこの馬鹿兄は……」


 相対的にガウェインの隣に座って朝食を摂っているエミリアは不機嫌な表情をしています。

 

「エミリアさん、申し訳ありません。試験と分かってはいたのですがガウェイン君の成長が嬉しくて……」

「アデル君は別に悪くないわ。悪いのは兄さんの方だから」

「お、俺!?」

「当然でしょ」


 腑に落ちないといった表情を浮かべるガウェインに一瞥もせず、エミリアはにべもなく切り捨てました。


「兄さんの、後先考えずに前に出て守ろうとする姿勢は百歩譲って素晴らしいと思うわ。だけど、例えば兄さんの盾の前にリーラ先輩の氷の壁を発現してもらうとかすれば、もう少し安全にアデル君の攻撃を防ぐことができたんじゃない?」

「……あ」


 目を丸くしたガウェインを見ながら、やれやれと言わんばかりに首を振りながら溜め息を吐くエミリア。


「兄さんは詰めが甘いのよ。今回は試験だから良かったけど、アデル君の護衛に選ばれて同行した際に同じようなことがあったら、兄さんの力だけじゃ太刀打ちできないことはきっとあるんだから。気を付けてよね――残されたほうは心配するでしょ」


 厳しいようにも聞こえますが、エミリアなりにガウェインを気遣っているからこそ出た言葉でもあります。

 普段の態度はそっけないですがやはり兄想いの優しい方ですね。

 ガウェインもさぞかし喜んで――って、え?


「に、兄さん、なんで泣いているのっ」

「——気にするな、感動の涙だ」

「これを使ってください」

「ありがとうございます……」


 私から手渡されたハンカチで涙を拭うガウェイン。

 ガウェインが落ち着いたころを見計らって私は口を開きます。


「さて、次の試験は二日後です」

「参加者全員で一人と対戦する、というものですね」

「ええ」


 対戦相手については私も知らされていません。

 一人で参加者全員を相手にするのですから、少なくとも相当な手練れであるということは間違いないでしょう。

 学園内となると一人しか思いつきませんが、それは考えても詮無きこと。

 次も同じように水晶を使って観戦できるようにするでしょうし、今度は観る側としてガウェインを応援しますか。


「ガウェイン君。次はさらに厳しい試験になることが予想されます。それでも貴方は頑張れますか?」

「ふっ、愚問ですね師匠」


 左右非対称の長い髪をかき上げるガウェイン。


「厳しいことなど百も承知しています。このガウェイン・ボードウィル。その先にある彼女との未来を夢見て邁進するのみです!」


 護衛に選ばれたからといって絶対にリビエラと結ばれるわけではないのですが……ああ、エミリアも先ほどとは打って変わって紙屑を見るかのような目つきでガウェインを見ています。

 この場にリビエラがいないのがせめてもの救い――あ。


 ちょうど、リビングの扉を気づかれないように閉めようとしているリビエラと目が合いました。

 食事を摂るために入ろうとしたところで聞こえてしまった、というところでしょうか。

 パタンと扉を閉められてしまいましたが、一瞬見えた頬は紅色に染まっていました。

 

「頑張ってください、応援していますよ」


 ガウェインの真っすぐな想いは少しずつリビエラに届いているようです。


「はい、ありがとうございます!」


 私の言葉にガウェインは元気よく頷くのでした。

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