第81話 学園対抗戦編⑯

 シュヴァルツ達のもとへ戻ると、まずはじめに口を開いたのはリーゼロッテでした。


「やるじゃない。まあ、私は最初から心配なんてしていなかったけど」

「あれあれ~、オスカーくんの第二位階が発現してアデルくんに向かって行った時に、両手で顔を覆っていたのは誰かなぁ?」

「ヴァイス先輩! そ、それはその、突然のことに驚いたというか……って、何笑ってるのよ、アデル!」


 ヴァイスとリーゼロッテのやり取りがあまりにも可笑しくて、自然と笑みが溢れていたようです。


「これは申し訳ございません。お二人のやり取りがあまりに面白かったもので。ですが、心配していただき有難うございます」


 そう言ってリーゼロッテに深々と一礼すると、彼女はぷいっと顔を逸らして「別に、心配なんてしてないわよ」と、小さく呟きました。

 頬のあたりが赤く染まっているような気もしますが、それを指摘するとまた話がややこしくなりそうな気がしますから、気づかなかったことにしましょう。

 ヴァイスはリーゼロッテを見ながら、意地の悪そうな笑みを浮かべていましたが。


「ヴァイス、意地の悪い真似はやめておけ。今は試合中でもあるしな」

「は~い、分かりましたよ、シュヴァルツ様」


 手を真っ直ぐ上げて応えるヴァイスに頷くと、シュヴァルツは私に向き直り、柔らかな笑みを浮かべました。


「アデル君、まずはおめでとう。そしてよくやってくれた」

「お褒めに預かり光栄です。ですが、私は私の役目を果たしたに過ぎません。それに――」

「それに? なんだい?」


 不思議そうに私を見ながら、シュヴァルツはそう言いました。


「私の異能はシュヴァルツ先輩をはじめ、聖ケテル学園の皆さんのお力添えがあってのものです。私一人で勝ち得た勝利ではありません。私の中に根付いている、聖ケテル学園での経験があったからこそです」


 そう、私の第一位階は万能なように見えて、あくまでも相手あってのもの。

 他者との繋がりがなくては私の異能は成り立ちません。

 私には足りないものが山ほどあります。

 それを自覚しているからこそ、こうして力を貸してくださっている仲間がいるからこそ、今の私があるのですから。


「シュヴァルツ先輩、ヴァイス先輩、リーラ先輩、そして――リーゼロッテ様。感謝致します」


 腰を折って頭を下げ、素直な気持ちを口にしました。

 無論、この場にいないレイやガウェイン、エミリアに対しても同じ気持ちを抱いています。

 感謝の心に偽りなどありません。

 であるならば、これは当然の行いでしょう。

 目上を敬うのは当然のことですが、お世話になっている人には感謝の気持ちを言葉で伝えるのが大事ですからね。

 

「「「……」」」


 そんな私を、シュヴァルツたちはポカンとしながら見つめていたようでしたが。

 

「アデル君はなんとも生真面目だな。まったく俺たちと同じ学生とは思えないほどに珍しい……ふふ、ははははは」

「あっはっは! ホントだよ。まあ、そこがアデルくんの良いところなんだろうけどね」

「フフ、そうだな」


 シュヴァルツに続いて、ヴァイスとリーラが邪気の無い爽やかな笑い声をあげています。

 これは……褒められているのでしょうか?

 リーゼロッテの方へと視線を移すと、私と目が合った彼女は軽くため息を吐きました。


「いちいちそんなことで礼なんて言わなくていいわ。私は私の意志でアデルに力を貸しているんだから。きっと、シュヴァルツ先輩たちやガウェイン、エミリアだって同じだと思うわ」


 リーゼロッテの言葉に、シュヴァルツ達は揃って頷いています。

 本当に有難いことです。

 嬉しくてまたお礼を言いそうになってしまいましたが、同じことの繰り返しなので、グッとこらえました。


「さて、このまま次もアデルくんに任せてもいいんだが――」

「シュヴァルツ先輩」


 シュヴァルツの声をさえぎって、リーゼロッテが一歩前に進み出ました。


「何かな?」

「次は私に任せていただけませんか?」


 リーゼロッテの瞳からは、絶対に自分が出るのだという、力強い意志のようなものが感じられます。

 

「ふむ、そうだな……ああ、なるほど。そういうことか」


 一瞬考える素振りを見せたシュヴァルツでしたが、視線を聖ルゴス学院側に向けると、納得したように頷きました。

 いったいどういうことなのか、そう思って私も同じ方向を見ると、聖ルゴス学院側から中央に向かって歩いてくる少女の姿が。

 なるほど、確かに彼女が出てくるのでしたら、リーゼロッテの主張も納得できるというものです。


「いいだろう。次戦はリーゼロッテさんに任せよう」

「有難うございます!」


 勢いよくペコリと頭を下げるリーゼロッテでしたが、視線はずっと一点を見つめたままでした。

 

「じゃあ、行ってきます」


 リーゼロッテは優美な動作で中央に向かって歩き出しました。

 向かう先には審判であるクラウディオと、対戦相手の少女が佇んでいます。

 少女は近づいてくる人影を認め、両目を細めていました。


「王女様、久しぶり~」


 片手を上げてヒラヒラと振る少女――リビエラの何とも言えぬ間延びした声に、リーゼロッテは顔をしかめることなく平然としています。


「ええ、久しぶりね。貴女との対戦を楽しみにしていたのよ」

「私は~そうでもないかな~」


 ピクっと、リーゼロッテの眉がつり上がりました。


 怒っていますね、あれは。

 リビエラにしてみれば将来の護衛対象なのですから、戦いたくないと思うのは至極当然のことです。

 しかし、リーゼロッテはそのことを知らないのですから、挑発されたと感じるでしょう。

 実際、リーゼロッテの瞳は完全にリビエラのみを捉え、睨みつけるような視線を向けています。


「怖い目で見ないでよ~」

「くっ、相変わらずね。だけど、今日は新人戦のようにはいかないわよ」

「どうかな~」


 確かにリーゼロッテは強くなりました。

 今であればきっとリビエラが本気を出したとしても、それなりによい勝負となるでしょう。

 リビエラが本気を出せれば・・・・・・・・・・・・、ですが。


 リビエラはリーゼロッテを見つつも、ある場所を見ていました。

 貴賓室です。

 貴賓室にいるのは公王と、私の父ディクセン。

 遠いのでハッキリとは見えませんが、ディクセンが頷いたように見えました。

 それを確認したリビエラも小さく頷くと、視線をリーゼロッテに戻しています。


 恐らく、ディクセンが何らかの指示を出したということでしょう。

 クラウディオが気づかないはずはないのですが、特段気にした様子はありませんでした。

 いつものようにゆっくりと右手を上げます。

 リーゼロッテとリビエラが軽く腰を落としながら、お互いの一挙手一投足を逃すまいと身構えていました。

 

「それでは第二試合、始めてください!」

「『――灼熱世界ムスペルヘイム!』」

「『――西風を司りし神ファウォーニウス』」


 試合開始の合図と同時に二人が異能を発現させます。

 ここまでであれば、新人戦の再現でしかありません。

 リビエラが"西風を司りし神"の異能を使い、瞬時にリーゼロッテの後ろに回り込み――。


「えっ!?」


 リビエラの瞳が大きく見開かれていました。

 それもそのはず。

 何故なら、リビエラはリーゼロッテの"灼熱世界"に囲まれていたのですから。


「貴女のことだから、きっと新人戦の時みたいに後ろに回り込んでくると思っていたのよ」


 振り向きながらそう言うリーゼロッテは、口元に薄らと笑みを浮かべています。

 まさに"してやったり"といったところでしょうか。


 リーゼロッテは"灼熱世界"をリビエラがいた場所ではなく、自身の周囲に展開していたのです。

 周囲といっても、近すぎては意味がありません。

 ちょうどリーゼロッテとリビエラを囲えるくらいの場所に発生させ、一気に範囲を狭めたのです。

 

 リーゼロッテも"灼熱世界"に閉じ込められることになりましたが、自身に影響がないと知っているからこそ打てる手。

 しかし、リビエラも驚きから立ち直ったのか、直ぐに上空に逃げようと試みます。

 ですが――上空は真っ赤な炎で覆われ、リビエラの行く手を遮っていました。


「空が飛べるのは知っているんだから、その対策は当然しているわよっ」


 リーゼロッテは一瞬にしてリビエラとの距離を駆け抜け、右手を捻りながら突き上げました。

 指先にはいつの間に発現させたのか、炎の塊が集約されています。


「『――灼熱の紅炎ブレンネン・ヒッツェ!』」


 迫り来る燃え盛る炎弾に、リビエラはさすがの反応速度で気付き、目を見開いて驚愕きょうがくの表情を浮かべました。

 咄嗟とっさに左手を前に出し風の障壁を展開し、ガードしようとします。

 風の障壁に激突した炎弾は、真っ赤な閃光とともに激しい爆音を上げました。


 しかし、その手はリーゼロッテも新人戦で体験済み。

 いち早くリビエラの後ろに回った彼女は、ガラ空きの横腹に拳を突き入れました。


「はあッ!」

「ぐァ……ッ!」


 リビエラも、まさか異能ではなく物理的な攻撃がくるとは思わなかったのでしょう。

 リビエラが声にならぬうめきを漏らし、たたらを踏んでいます。

 リーゼロッテは、よろめいて後退あとずさるリビエラに半歩飛び迫り、蹴りで押し飛ばしました。


「ぐぅ、う……!」


 苦悶の声とともにもんどり打って倒れたリビエラは、地を転がります。

 立つのも待たず、追撃をするべく距離を詰めるリーゼロッテ。

 そのまま足を振り上げ、トドメといわんばかりにリビエラに向かって打ち下ろされました。


 決まった――そう思った瞬間、リビエラは俊敏な動きを発揮して地面から立ち上がると、リーゼロッテの一撃を両手で受け止めました。


「なっ!?」


 先ほどとは打って変わって、今度はリーゼロッテが驚愕の表情を浮かべています。


「イタタ……捕まえたよ~」


 リビエラの口調は同じでしたが、表情は違っていました。

 そう、リーゼロッテが"顔なし"に捕まった時と同じ、真剣な表情です。

 ただ、口元は僅かながら微笑んでいるようにも見えました。

 

 リビエラはリーゼロッテの足から両手を離すと、彼女に右手を向けます。

 右手から発生した風の障壁によって、リーゼロッテはあっけなく"灼熱世界"の外へと弾き出されました。


「くっ……まだよ!」


 弾き飛ばされたリーゼロッテでしたが、直ぐに立ち上がり、真っ直ぐな視線を"灼熱世界"へと向けています。

 その直後――。


 一陣の風とともに炎が弾け、"灼熱世界"が完全に消え去りました。

 "灼熱世界"があった場所にはリビエラが立っていますが、肩を大きく揺らしています。

 

「『――灼熱――』」

「降参~」


 リーゼロッテが異能を発現しようとしたところに、リビエラから「降参」の一言。

 両手を上げている格好は、まさしく言葉通りなのでしょう。

 目を丸くしているリーゼロッテの向こう側に立つクラウディオに向けて、もう一度大きな声で「降参だよ~」と言うリビエラ。


「第二試合は聖ケテル学園、リーゼロッテ様の勝利です」

「え? ちょ、ちょっと……どういうことよおおお!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る