第8話 入学初日⑤

「さて、ミーシャさん。プリメロ寮までお送りします。リーゼロッテ様もご同行頂いて宜しいですか?」

「構わないわよ」

「有難うございます」

「えっ! あの、そこまでしてもらうのは悪いですよ……」


 ミーシャが驚いたような申し訳ないような、そんな複雑な気持ちが入り混じった表情をして私達の方を見ています。

 何をそんなに気にする必要があるというのでしょうか?


「学園内ですし問題はないとは思いますが、先程怖い思いをされたばかりでしょう? 大した距離ではないのですから、どうか遠慮なさらないでください」

「あ、有難うございます。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 はにかみながら礼を言うミーシャに頷きを返すと、私達はプリメロ寮へと歩き出しました。


 どの学生寮も花園を通るまでは同じなのですが、抜けた先に四つの分岐路があり、それぞれの寮へと続いているようです。

 四つの分岐路の真ん中には掲示板が立っており、左の分岐から順にプリメロ寮、クインタ寮、ウルティモ寮、フィナール寮と書かれていました。

 

 案内の通り進むと、大きな建物が見えてきます。

 五階建てのマンションのような造りの棟が二つあり、その間に平屋の建物がありました。

 食事は各寮で行うとのことでしたので、恐らくは平屋の建物が食堂なのでしょうね。


「ミーシャさん。クラスが違うのでそうそうお会いすることはないかと思いますが、何かあれば気軽にお声をかけて下さい。私で力になれることがあれば、いつでも貴女の力になりましょう」

「……ミーシャ。多分アデルは素で言っているだけだから、変に勘違いしないようにね。全て真に受けると貴女の精神上、良くないと思うわ」

「はッ――!? そ、そうですよね! アハハ……」

「? お二人とも何を仰っているのですか?」

「アデルは気にしなくてもいいことよ」

「そうですか……?」


 ミーシャは顔を赤くして苦笑いを浮かべ、リーゼロッテは呆れた様子で私を見ています。

 ふむ、まぁ嫌悪感を持たれているわけではないようですから良しとしましょう。


 ミーシャに別れの言葉を告げて、私とリーゼロッテはおもむろに踵を返して元来た道を戻ります。

 見上げれば、いつの間にやら空を焦がす茜の色。

 眩しい輝きに私は思わず目を細めます。


 思いの外、時間が経過していたようですね。


 それほど時間がかからず、フィナール寮にたどり着きます。


 フィナール寮はプリメロ寮と造りが全く違っていました。

 一言で言えば、西洋館というのが妥当でしょうか。

 私が見たことのある建物では、風見鶏の館が一番近いかもしれません。

 二階建ての重厚な煉瓦造りの外観で、但しこの寮の屋根上に風見鶏はありませんが。


 建物の配置自体は同じで、西洋館が二つあり、その間に平屋の建物――この平屋も西洋館のような煉瓦造りの建物でした。


「それではリーゼロッテ様。また夜に」

「えぇ。また後で」


 私はリーゼロッテに一時の別れの言葉を告げて、男子寮へと入りました。





「――フィナールの諸君。集まってもらってすまない。君達の目の前にいるのは、本日より諸君らの後輩として入学してきた可愛い後輩たちだ。例年通り、我が学園についての説明を行う。顔合わせも兼ねているから、一年生以外は幾度も聞いた退屈な話だと思うが、楽にして暫く耳を傾けてほしい」


 シュヴァルツは口元に笑みを浮かべながら、共同のリビングルームに集まったフィナール二十人の前でそう告げると、テーブル近くの椅子に座り、薄い磁器に注がれた湯気の立つ香り高い紅茶をゆっくりと喉に流しました。


「うん、旨い。リーラの淹れてくれる紅茶は、いつ飲んでも素晴らしいな」

「有難うございます」


 シュヴァルツの後ろに控えていたヴァイスと女生徒の内、女生徒の方が半直角の礼をしてからそう言いました。


 明るい紫のウェーブがかった髪に、真紅の瞳。

 見目麗しい外見からは、気品と風格を漂わせており威厳すら放っているように感じられます。

 表情と抑揚はやや欠けるものの、シュヴァルツに褒められた際に僅かですが口元に笑みを浮かべていたようにも見えました。

 

「あぁ、皆の分もあるから飲みながら聞いてほしい。こんな時じゃないとリーラの紅茶は飲めないぞ。リーラ、すまないが新入生の子達にも俺と同じものを頼めるか」

「畏まりました」


 リーラは私やリーゼロッテを含めた新入生四人の前へ、同じく薄い磁器に注がれた紅茶を静かに置いていきます。

 その見事なまでの所作は、女性でありながら執事のようでした。

 磁器を手に取り、一口いただくと――気品高い豊かな香りとともに上品な味わいが口いっぱいに広がるのが分かります。

 確かに、これほどの味は前世でも味わったことはありません。

 他の三人も衝撃を受けているようで皆、白磁のカップに釘付けになっています。


「フフ。どうだい、リーラの淹れた紅茶は旨いだろう? ――さて、それでは簡単にだけど学園について説明を始めよう」


 シュヴァルツは紅茶を一杯飲み干したところで、話の本題に入りました。


「入学式で聞いたと思うが、この学園では魔力量に応じて四つのクラス分けがされている。プリメロは"低位"の魔力量、クインタは"中位"の魔力量。ウルティモは"高位"の魔力量と言った具合でクラス分けをされているんだ」

「話の腰を折って申し訳ございません。一つ、質問しても宜しいでしょうか」

「ん? 何だいアデル君」

「ウルティモが"高位"の魔力量ということは、ここにいるフィナールの皆さんは、"最高位"の魔力量ということでしょうか?」

「フフ、それはまた面白い事を言うね」


 私の言葉にシュヴァルツは上品な驚きを示しただけでしたが、傍らのリーラは一瞬眉を顰めたのが分かりました。

 周囲を見ると、他の方々も「何言っているんだ、こいつは」と言ったような目を私に向けておられます。

 おかしいですね……低位、中位、高位なのですから、普通に考えれば最高位のはずではないのでしょうか?


「何かおかしな事を言ったでしょうか?」

「いや、普通に考えれば確かにその通りなんだがね。――なるほど、君はやはり面白いな」


 微かに面白がっているような響きを声に乗せて、シュヴァルツはその整った顎に手をやりながら私を見つめています。

 

「そこが難しいところでね。"高位"の中でも上位、中位、下位と細かくランク分けしているんだ。フィナールは上位だけを集めたクラスなんだ」

「そうだったのですか。勉強不足で申し訳ございません」


 頭を下げると、シュヴァルツは苦笑しつつ左手を軽く上げて制します。


「大昔に起きた"災厄"の時には何人もいたようなんだけどね。現在"最高位"の魔力量を持つ者は世界で一人しかいないんだ」

「一人、ですか? ……ということは、もしかすると?」

「フフ――そう、アデル君。君だけだよ。君は"災厄"以来、数百年ぶりに現れた"最高位"の魔力量を持つ者。世界中の誰もが望む、"英雄"になれる素質を持っているただ一人の存在ということだよ」


 シュヴァルツの仰々しい紹介に、室内がワッと沸きました。


 様々な感情の津波が私に向けられているように感じますね。

 興味、驚き、憧れ、羨望、あるいは――――敵意、でしょうか。

 "最高位"に"英雄"という言葉は、それだけの重みを持つようです。


「そうですか。――しかし、シュヴァルツ先輩」

「何だい?」

「せっかく"最高位"の魔力を持っていようと異能が発現出来ないのであれば、宝の持ち腐れにすぎません。何の意味もないのでは?」

「正論だな。自分のことだけに良く分かっているじゃないか」


 良く出来ましたと言わんばかりに、シュヴァルツは柔かに笑みを浮かべて頷きました。

 

「でしたら――」

「逸らずに。勿論、今のアデル君では英雄など夢のまた夢だろう」


 勢い込む私を微苦笑しながら手で制し、シュヴァルツは緩く頭を振りました。

 後ろに控えていたリーラが、シュヴァルツの空いたカップに紅茶を注ぎます。

 満足げに一つ頷いた美丈夫は、淹れたての紅茶を一口啜ってから話を再開しました。


「アデル君。確かに君はこれまでに一度も異能を発現出来ていない。それは事実だ。しかし、そう悲観することもないんだよ」

「と、仰いますと?」

「学園でクラス分けはされるんだが、学年ごとに分かれることはない。個々人の適正に合わせて教育プログラムが組まれ、最も必要と思われる講義や実戦形式での訓練を行っていく」

「ふむふむ」

「訓練の方は基本的に合同で行うことが多くてね。必然的にさまざまな異能と触れ合うことになる。それが刺激となって、今まで異能が発現しなかった者が急に発現することがあるんだ――この俺みたいにね」


 ――何と。

 目の前のシュヴァルツも元は異能が発現出来なかった事に、私は軽く驚きを覚えます。

 総てを見通し、何もかも思いのままに動かしているかのような雰囲気を纏っていた相手が、学園に入るまで異能を使えなかったなど誰が思うでしょうか。


「――目に力が込もっているね。俺好みの良い目だ。フフ、この学園の理念は素晴らしい。まさに英雄を育てる為にあるといってもいい。――俺はね、アデル君には異能を発現して"五騎士"に入ってもらいたいと思っているんだ」

「私が"五騎士"に、ですか?」


 私が問い直すと、シュヴァルツは目を細めて大きく頷きました。


「あぁ。今年の春に前年度の四年生が卒業した関係で、現在"五騎士"は三人しか居ない。俺とヴァイスと、そして後ろにいるリーラ・ヴィッテンブルグの三人だけだ。後の二つは空位になっている」


 後ろに控えていたリーラが、私達新入生に向けて軽く目礼します。

 隙の無い立ち姿をされているとは思いましたが、まさか"五騎士"の一人だったとは。


「……そのどちらかを私に目指せと? 一年生で、しかも"無能"の私には荷が重すぎるのではないでしょうか?」

「なに、俺やヴァイス、リーラだって一年の時から"五騎士"になれたんだ。アデル君も異能さえ発現出来ればきっとなれる」

「確かに、異能が発現出来れば可能かもしれませんが……」


 御三方が一年生の頃からずっと"五騎士"を務めてらっしゃる事の方が気になるのですが……口に出せる雰囲気ではないようなので止めておきましょう。


「"五騎士"を決めるための代表選考会ターフェル・ルンデは、毎年秋の初めに行われる。そこで新たな"五騎士"を選出しているんだ」

「秋――ですか」


 この身体に転生してから三ヶ月、無知で手探り状態でしたが私なりに頑張った結果ですからね。

 そう易々と異能が使えるようになるとは思えないのですが……。

 そんな私を見て、シュヴァルツは真剣な表情をして言葉を発しました。


「――大丈夫。君は必ず異能を発現出来る様になる。そして"五騎士"になるだろう。いや、なってもらう」


 まるで、それが決定事項であるかのような言い振りでした。

 正面から私を見据え、命ずるように、シュヴァルツは帝王の如き傲岸さで言い放ったのです。


 その後、細かな規則についての説明をして、私達一年生が自己紹介を行い、集まりはお開きになったのですが、シュヴァルツが最後に言った一言が、私の頭の中にいつまでも残っていました。

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