第124話 王と皇帝のひそひそ話

 カエサルが立ち去った後、最初に口を開いたのはリーゼロッテでした。


「……アデル、貴方はカエサルの異能が見えた?」

「いえ、ただ腕を振ったようにしか見えませんでした。リーゼロッテはどうですか?」


 私がそう問いかけると、リーゼロッテは首を左右に振り、リビエラの方へと目を向けます。


「私もよ。リビエラはどう?」

「申し訳ございません。私も同じです」


 リビエラは申し訳なさそうにしていますが、仕方ありません。

 私もリーゼロッテも同じなのですから。


 カエサルが異能を発現させて戦ったのは確かです。

 そうでなければ、触れずに相手を倒すなどできるはずがありません。

 対戦相手のガラハドは、決して弱いというわけではありませんでした。

 ただ単にカエサルが強すぎたのです。


「どんな異能か分からないというのは厄介ね。対処のしようがないんだもの」

「攻撃する際には二回とも左手を振っていましたから、左手が鍵になっている可能性が考えられます」

「そういえば確かにそうね。じゃあ、左手に警戒しておけば手の打ちようもあるかもしれないわね」


 リーゼロッテの表情が笑顔に変わりました。


「ただ、左手が攻撃のタイミングだとしても、どこから攻撃がやってくるか見えなければ防ぐのは難しいでしょう」

「うう、やっぱりそうよね……」


 一瞬で表情が曇りがっくりと項垂れるリーゼロッテの頭にぽん、と手を置きました。


「そう悲観することはありません。防ぐ方法が全くないというわけでもありませんから」

「ほ、本当に?」

「ええ。私を信じてください」


 不安そうな表情で私の顔を見上げるリーゼロッテに向かって穏やかに微笑み返すと、彼女もふふ、と安堵の笑みを浮かべました。


「分かったわ。アデルを信じる」

「ありがとうございます。確か明後日がヴァルダンブリーナとの試合でしたね。その時に私の勝利で証明してみせましょう」


 カエサルと対戦すると決まっているわけではないですが、志願すればシュヴァルツならば快く聞き入れてくださるでしょう。

 恐らく、私たち五人の中で私が一番相性が良いはずです。


 私の言葉にリーゼロッテは、少し驚いたように目を丸くしましたがすぐに相好を崩しました。

 こうして笑う姿は第一王女ではなく、どこにでもいる年相応の花の乙女です。


「ふふ。ええ、楽しみにしているわ」


 目を輝かせながらリーゼロッテが言ったので、「お任せ下さい」と返しました。



 廊下の向こう側から聞こえてくる靴音に、カエサルは足を止めた。

 近づいてくる足音はカエサルの少し手前で止まり、ニヤリと笑った。


「まずはおめでとうと言っておこうか。相変わらずデタラメな異能だな」

「この俺が認めた数少ない相手の言葉だ、素直に受け取っておこう。だが、デタラメなのはそちらも同じだろう」

「フハハ! 余の場合はデタラメなのではないぞ。王たる余に相応しい当然の異能だ」

「ふん、貴様らしいな」


 カエサルの尊大な言葉にも気にした様子はなく、再びフハハと笑ったのはシャルロッテ・ウル・オルブライト。


 この二人もリーゼロッテ同様、お互いに面識があった。

 ただ、リーゼロッテとは決定的に違うことがある。

 幾度となく交戦した経験があるということだ。


 カエサルはシャルロッテの異能の第二位階まで見たことがあるし、シャルロッテもカエサルの異能の正体を知り、また第二位階まで見たことがある。

 お互いの手の内を知り、認めている関係、それがカエサルとシャルロッテだった。


「それで本当の用件はなんだ? ただ祝いにきたわけではないのだろう」

「うむ。其方が前夜祭でアデルと話をしておったと聞いてな。忠告にきたのだ」

「忠告ときたか。おおよその見当はつくが、まあいい。言ってみろ」

「なに、言いたいことは一つだけだ。アデルに目をつけたのは余が先だ。横から奪うような無粋なことはせぬようにな」


 シャルロッテの口調はとても静かであったが、言葉の一つ一つに力がこもっていた。

 凍てつくような視線が、絶対零度に燃えていく。

 見えない圧力を一身に受けながら、カエサルは緩く笑っていた。

 

「おかしなことを言う。先に目をつけたからといって優先権があるわけでもないだろう。それに横から奪うもなにも、今の奴はリーゼロッテと正式に婚約を結んでいる。おいそれと手出しはできんさ。――今はな・・・

「……やはり其方も掴んでおったか」

「当然だ。世界の情勢は日々変化している。情報は新鮮であればあるほど価値は高いし、利用しない手はないだろう。貴様もそのつもりなのではないか? でなければ、わざわざこうして忠告に来るはずがない」

「無論そのつもりではある」


 情報とは、教国の不穏な動きのことだ。

 父親であるキースから話を聞いたとき、シャルロッテはこれをチャンスだと思っていた。

 カエサルは不敵に笑った。


「なら――」

「だが、もしこの地で仕掛けてきた場合は話が変わる」

「ほう?」


 カエサルが好奇心で目を見開く。


「確かにアデルは欲しい。余が惚れた男であるからな。だが、余はこの国の第一王女だ。民を守るのは王たる余の務め。見過ごすわけにはいかぬ」


 にやりと笑い、シャルロッテは腰に手を当て高らかに宣言する。

 

「王ときたか。なるほど、道理だ。その気持ちは分かるぞ。俺も帝国内で騒ぐ輩がいたら問答無用で叩き潰す」

「であろう?」


 対してカエサルは優美に微笑し、いたずらっぽく告げる。


「ふん、貴様の考えは分かった。だが、俺がそれに乗るかどうかは分からんぞ。ここは俺の国ではないのでな」

「フハハ、其方は乗るさ」


 シャルロッテは意味ありげに微笑んでいた。


「世界を手に入れるのが目的である其方にとっては、この地もやがては其方のものとなる。教国を黙って見過ごすはずがない」

「はははは! やはり貴様は俺が認めた相手だ。俺のことをよく分かっている。いいだろう、このことは覚えておこう」

「うむ!」

 

 こうしてアデルの預かり知らぬところで、カエサルとシャルロッテのひそひそ話は、人目のつかない廊下の一角でこっそり終わった。

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