第125話 私の居るべき場所は一つだけです
国別異能対戦二日目。
私たちの試合になりました。
対戦相手はカエサルのいるヴァルダンブリーナ帝国です。
会場へ続く入口の手前でシュヴァルツが振り返り、徐ろに口を開きました。
「さて今日が俺たちの初戦となるわけだが、分かっているな」
「もちろんです」
リーラの言葉に続くように私たちは皆、頷きました。
「よろしい。ヴァルダンブリーナは手強い相手だ。その中でも特にカエサルは警戒に値する」
シュヴァルツがこのような言葉を口にするのは初めてのことです。
"薔薇十字団"の"顔なし"と相手にしたときでさえ、難なく撃退していたシュヴァルツですが、それだけカエサルの異能は侮れないということなのでしょう。
「シュヴァルツ先輩」
「なんだい?」
「カエサル様との対戦ですが、私にお任せいただけませんか」
「勝算は……ふふ、その目はどうやらあるようだね」
「はい」
瞳から私の決意を感じ取ったのか、漆黒の長髪を軽く揺らして微笑むシュヴァルツ。
「いいだろう。カエサルの相手はアデルくんに任せよう。後は結果で示してくれ」
「ありがとうございます。必ずや期待に沿った結果をお見せします」
これで準備は整いました。
後は試合で示すのみです。
と思っていたその時、横から拗ねたような声が聞こえてきました。
「えぇ~。ボクもカエサルって子と戦いたかったのに~」
「申し訳ございません。ですが、ヴァイス先輩にも楽しんでいただける戦いをお見せすると誓いましょう。それで許してはいただけませんか?」
ヴァイスは強い相手と戦うことが大好きですが、それと同じくらい見ごたえのある試合を間近で見るのも好きだと最近気づきました。
私がシュヴァルツやリーラと手合わせをしている時などは、目を輝かせて眺めているのです。
まあ、そのあと直ぐに「次はボクと
「仕方ないなぁ。その代わり、絶対にボクが面白いって思うような試合をしてよねっ」
「ふふ、承知しました」
にやりと笑うヴァイスに、私はくすりと微笑して一礼しました。
「さあ、行こうか」
柔かな笑みを浮かべるシュヴァルツの後に続き、私たちは会場へ足を踏み入れました。
会場に入った瞬間、暴風じみた熱気が押し寄せてきました。
上を見上げれば、観客席は全て埋め尽くされており、会場に向かって足踏みと叫喚が渦を巻いています。
押し寄せる声の津波は歓声や絶叫が入り混じり、幾つもの大合唱のようでした。
「カエサル!」
「カエサル~!」
カエサルの名前を叫ぶ声が観客席の至るところから聞こえてきます。
拳を突き上げて名前を喝采する姿に、皆さんが興奮されているのだと一目で分かりました。
「試合が始まる前だっていうのに、すごいわね……」
開いた口がふさがらない様子のリーゼロッテ。
「それだけ昨日のカエサル様の試合が衝撃的だったということでしょう。人は強者――英雄に憧れるものです」
「アデルも?」
「私ですか? そうですね、英雄には憧れますよ。ただし、ただ単に強いというだけの存在になりたいとは思いません」
そう、私が目指すのは誰かが助けを求めている時に颯爽と現れ、自分ではなく他人のために力を惜しまない、そんな存在。
私が英雄に憧れたからこそ、この身に宿る異能はきっとそのために発現したのだと思っています。
「アデルらしいわね。きっと貴方なら英雄に――」
リーゼロッテの声を遮るような怒号が、会場内に膨れ上がりました。
「来ましたね」
対面の入口から五人が現れました。
全身白染めに包まれている中でも一際白い威容の男――それがカエサル・デル・ヴァルダンブリーナ。
――カエサル! カエサル! カエサル!
観客に片手をあげて応える姿は、まさに皇帝のごとき風格です。
他の四名は、さながら純白の騎士で、カエサルは騎士たちを従えた白き皇帝といったところでしょうか。
不意にカエサルが視線を私に向けてきたかと思うと、左手を上げてくいくいっと人差し指を動かしました。
誘われていますね。
一戦目からとは少々驚きましたが、逆に考えればここでカエサルを叩けば一気に流れはレーベンハイトに来るでしょう。
「では、行ってまいります」
そう言って四人に頭を下げると、中央に向かって歩き始めました。
「頑張って!」
背中ごしに聞こえたリーゼロッテの声に、右手をあげて応えます。
三メートルほどの距離でお互い立ち止まると、カエサルが口を開きました。
「貴様を手に入れようと思う、アデル・フォン・ヴァインベルガー」
「申し訳ございません。私にそのような趣味はないのですが」
「俺とてないわ。俺が世界を手に入れるためには貴様が必要だ。故に――俺のモノになれ」
「私が、というよりは私の中にある魔力や異能――要するに力が必要なのでしょう?」
「それがどうした。世界を手に入れるには力が必要だ。既存の世界を壊し、世界を奪う。俺は力しか信じない」
正面から対峙し、相手を叩き伏せる質量を込めた目線が交差しました。
退けば心までおられそうな、強靱な意志を持った視線に喉が焼け付きそうになります。
「その俺が他人を認めるなど滅多にない。喜べ」
余りにも不遜なその振る舞い。
普通であれば多少なりとも怒りがこみ上げてくるものですが、言葉の一つ一つに意志を、力を感じます。
従うモノに夢を見せる者が"王"であるならば、カエサルはまごうことなき"王"の器なのでしょう。
それだけの何かを持っているのは確かでした。
ですが。
「お断りします。私の居るべき場所はただ一つです」
私はあのとき決意したのです。
もう二度と大切なものを失わないと。
「ふん、リーゼロッテか」
「ええ。それに私は壊すよりも守るほうが性に合っていますから」
「なるほど。交渉決裂か――仕方あるまい」
カエサルは、ひょいと肩を竦めました。
「それだけ、ですか?」
「それだけ、とは?」
「てっきり『そうか、なら力づくで手に入れるまでだ』と仰るかと」
「貴様は何か勘違いしているな。俺の了見はそこまで狭くはない。必要と判断すれば躊躇なく動く。だが、
「今は、ですか……」
諦めてくださったわけではなさそうです。
どことなく、シャルロッテと同じ感じがします。
「今は、だ。まあ、そちらは置いておくとして――良い機会だ。噂に聞いていた貴様の異能、どれほどのものか見せてもらうとしよう」
瞬間、場の空気が一変しました。
ざわりと、うなじを撫でていく冷たい感覚。
「さあ、貴様の力を俺に示してみろ」
獰猛にほくそ笑みながら告げるカエサルの言葉とほぼ同時に、試合開始の合図が鳴り響きました。
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