第90話 私とアデル編④

「皆さん、お疲れ様でした。協力していただいたおかげで、三日間の公演を無事に終えることができ、私もホッとしております」


 三日に渡る公演を終えた翌日の夕方。

 寮のリビングルームに集まったシュヴァルツ、ヴァイス、レイ、ガウェインの四人に向かって、私は深々と一礼しました。


「なに、最初に演出をお願いしたのは俺の方だからね。まあ、なかなか普段では出来ない経験をさせてもらったよ」

「そうそう、面白かったよ。またやるって言うんなら、ボクはやってもいいかな」


 シュヴァルツに続くヴァイスの言葉に、レイとガウェインはギョッとしたように目を向けています。

 二人には普段とは全く違うキャラを演じてもらいましたからね。

 歌や踊りは直ぐに覚えることができていましたが、キャラになりきることのほうに苦労されていたようですし。


 その点、ヴァイスは設定を理解して直ぐに演じていました。

 正直いって、本当に演技なのかどうか分からないくらい自然な状態でしたが。

 シュヴァルツは、どれもそつなくこなされていたようですが、苦笑されている様子を見るに、レイとガウェイン寄りのようです。


「ヴァイス先輩、お気持ちは嬉しいのですが、『輝く星の王子様』は昨日の公演終了をもって解散です」

「え~、なんで? ボク達が思ってた以上に人も来てたし、続けていけばもっと広まると思うよ?」


 かたちの良いまゆをひそめながら、ヴァイスは頬を膨らませていました。

 ヴァイスに同意するように、彼の後方に立つリーゼロッテ、リーラ、エミリアの三人が何度もうなずいています。

 彼女たちを呼んだ覚えはないのですが――まあ、もう隠す必要はないですし、いいでしょう。


 確かに公演は大成功を収めました。

 初日の噂を聞きつけたのか、二日目の抽選では初日の倍の人がチケットを求めて並び、最終日の三日目には、さらにその倍の人が抽選に並ぶという盛況ぶり。


 やはり、一人ひとりに設定した"キャラ"が良かったのでしょう。

 特に舞台に下りて観客の前で歌う演出と、公演終了後のお見送りは、私たちメンバーを間近に見れるということで、すこぶる好評だったと聞きました。

 

 そうそう、メンバーそれぞれを模した人形の売上げも好調でしたね。

 公演に間に合うようにと、マリーに無理をお願いしたかいがあったというものです。

 何故だか分かりませんが、リーゼロッテとリーラが、三日とも同じ人形を買っているのは不思議でしたが。

 一つあれば十分だと思うのですが、女性の気持ちというものはいくつ年を重ねても難しいものです。


 まあ、それはさておき――。

 大きく息を吸い込み、私は明瞭めいりょうな声で告げました。


「確かにこのまま活動を続けていけば公都で公演、ということもあるかもしれませんし、そこからさらに世界へ、ということだってあり得るかもしれません。私たち五人の公演は、外でも十分通用すると思っています」

「だったら、なんで解散なんて言うのさ?」


 私をじろっと見ながら、ヴァイスが反論します。

 

「簡単なことですよ。私たちが学生だからです」

「へっ!?」


 そのように驚かなくても……おや? 

 皆さんも同じような表情をしていますね。


「私たち学生の本分は学業と、自身に宿る異能を使いこなすようにすることです。私自身、楽しかったですし、ヴァイス先輩のお気持ちも分かりますが、あくまでも学園の行事の為にやったこと。学生の本分を忘れてはなりません。今回のグループ活動も、一緒に販売したメンバーの人形も、昨日限りです」


 私の言葉を聞いたヴァイスは沈黙しました。

 わざわざ全寮制の学園に入学しているのです。

 学生の本分と行事、このメリハリはキチンとつけねばなりません。

 

 やがて、ヴァイスは小さなため息を吐くと、真っ直ぐ私を見て言いました。


「学生の本分、って言われちゃったら仕方ないね」

「ご理解いただけたようで有難うございます。では――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 次の話にいこうとしたところで、リーゼロッテが待ったをかけてきました。


「何でしょうか、リーゼロッテ様」

「……活動が昨日限りなのは分かったわ。アデルの言うとおり、私たちはまだ学生なのだし。でも……人形も終わりなの?」

「ええ、当然でしょう? 元々はこの公演のために作ってもらったものですし」

「そ、そんな……」


 リーゼロッテは、それ以上は言葉にならないというように、両手で口許をおおいながらよろけています。

 よく見れば、リーラもこの世の終わりが来たような顔をしているのですが、人形が販売されないことがそれほどショックなのでしょうか?

 "輝く星の王子様"が解散するのに人形を販売したのでは、もしかしてという期待を持たせてしまいます。


「申し訳ございません。ただ、公都で販売しているという私を模した人形は、公都に行っていただければ購入出来ますよ」

「ほ、本当なのっ?」

「ええ」

 

 私はゆっくりと首を縦に動かしました。

 すると、リーゼロッテはこぶしをギュッと握り締め、ガッツポーズをしました。


 あまりの力の入りっぷりに、私は思わず苦笑します。

 ――私を模した人形を継続して販売すること。

 それがマリーと交わした約束です。

 交換条件として、公演までに五人分の人形を作製してもらったのですから。


「シュ、シュヴァルツ人形は……?」


 リーラが震えるような声で私を見ています。

 すがるような目で見つめられても困るのですが……。


「申し訳ございません」


 私の言葉に、リーラは膝から崩れ落ちるように地面に倒れこみ、ガックリと項垂うなだれてしまいました。

 直ぐにリーゼロッテがリーラの背中をゆっくりとさすっています。

 何もそこまで落ち込まなくても――というか、これほど表情豊かな方でしたっけ?

 そう思っていると、リーゼロッテがにらむような眼差しを私に向けてきました。

 

「アデル! 何とかできないのっ」

「そう仰られましても……」


 私の人形であれば、私自身が我慢すればいいのですから首を縦に振ることもできますが、リーラが欲しているのはシュヴァルツ人形ですからね。

 

「さて……、どうするべきでしょうか?」


 シュヴァルツにくと、困ったような笑みを浮かべた後、返事が返ってきました。


「仕方ないな……全面的な販売は許可できないが、リーラだけであれば作っても構わないよ」


 その瞬間、リーラは勢いよく頭を上げると、シュヴァルツを見ました。

 先程までの絶望に満ちたような顔から一転、眩しい笑顔に変わっています。


「承知しました。では、リーラ先輩。後ほどいくつ欲しいのか教えてください。マリーに連絡をする必要がありますので」


 立ち上がったリーラは一瞬目を輝かせた後、ハッとしたような表情をしたかと思うと、「んんっ」と咳をしました。


「了解した、後で伝えよう。シュヴァルツ様。寛大なお心遣い、有難うございます」

「なに、リーラにはいつも良くしてもらっているからな。その礼だと思ってくれればいい」

「シュヴァルツ様……」


 リーラは感激からか、頬を紅潮こうちょうさせ、瞳は潤んでキラキラと輝いています。

 そこまでですか、と思わなくもないのですが、リーゼロッテとエミリアがウンウンと頷いているところを見ると、嬉しいことなのでしょう。


「まあ、昨日で解散と言いましたが、来年の行事の際にはまた何かしらするかもしれません。もちろん、演出を依頼されたらですが」

「今年が大成功だったんだし、来年もアデルくんの演出でいいんじゃない? ねえ、シュヴァルツ様」


 ヴァイスの問いに、シュヴァルツは肩をすくめるような仕草をしました。


「俺やレイは卒業しているし、口を挟む権利はないさ。次の筆頭はヴァイスだろう。お前がそう考えているのであれば、来年もアデル君に頼むといい」

「じゃあ、決まりだね。来年も頼むよ」

「頼むと言われたからには、しっかりと務めさせていただきます」


 ヴァイスに向かって一礼します。


 しかし、シュヴァルツもレイもいないとなると、来年は同じことはできませんね。

 三人だけではインパクトに欠けますし、新たに二人加えたとしても二番煎じになりますし、どうするべきか――ん?

 そうですね、次はリーゼロッテとリーラ、それとエミリアにも協力していただきましょうか。


 となると……"戦隊もの"ですかね。

 爆発シーンやCGを使用した演出は出来ないでしょうが、幸いこの世界には"異能"があるのですから、かなりったものがつくれるはず。

 うん、その線でいきましょう。


「アデル……? どうしたの?」


 いつの間に近づいたのか、私の顔を覗き込むように見るリーゼロッテ。

 どうやら意識が来年の舞台に集中してしまっていたようです。

 まだ一年ありますし、何をするか決まっただけでよいとしましょう。

 

「いえ、来年の舞台が楽しみだなと思っただけですよ」

「そう? それならいいけど」


 にこやかに笑みを返すと、リーゼロッテは僅かに首を傾げました。


 ――皆さんには、物語を煮詰めてから相談しましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る