第89話 輝く星の王子様 後編

 公演は三十分ほどで終了した。

 演劇と比べると短い時間ではあったが、会場から出て行く観客たちの顔は、誰もが笑顔と満足感で満ち溢れている。


「紳士淑女の皆様、めくるめく夢のひとときはいかがでしたか? 本日の『輝く星の王子様』公演は、これにて終了となります。お帰りの際はメンバーによるお見送りがございます。お好きなゲートをくぐってお帰りください」

「「「お見送り……?」」」


 リーゼロッテ達三人は、聞き慣れない言葉に声を揃えて首をかしげた。

 

「お見送りって何をするのかしら?」

「さあ? あ、でもそれぞれのゲートに名前が書いてありますよ。ほら」


 エミリアが指差す方にリーゼロッテとリーラが顔を向けると、いつの間にか五つのゲートが出来上がっており、各ゲートの上には『ガウェイン』『アデル』『シュヴァルツ』『ヴァイス』『レイ』の名前が書かれている。

 

 観客たちは、それぞれ目当てのメンバーの名前が書かれたゲートに並び始めていた。


「見ていても仕方ないだろう。行くぞ」

「「はいっ」」


 リーラの後に続いて、リーゼロッテとエミリアも歩き出す。

 リーラは『シュヴァルツ』、リーゼロッテは『アデル』、エミリアは『ガウェイン』と書かれたゲートに並んだ。


 ゲートの近くでは「きゃーっ!」とか「ヤバすぎる!」とか、観客たち――もちろん大部分が女性なのだが、黄色い声を張り上げていた。

 中には「ヴァイスきゅん、マジ天使!」と言っている男性もいたのだが。

 気になった三人は、列の横からひょいと顔を出してゲートを覗き見る。


 視線の先には――。


「なあ、明日も当然来るんだろ? 子猫ちゃん」

「は、はいぃ……」

「いい子だ。遅れたら――お仕置きだからな」


 息がかかるほどの距離まで顔を近づけたガウェインが、女性の顎を人差し指で優しく撫でながら問いかける。

 熟した林檎りんごのように顔を真っ赤にした女性は、両手を組んで何度も頷いた。

 目がハートのようになっているのは、きっと気のせいではないだろう。

 何故なら、後に続く女性も同じ目で待っていたのだから。



「遅いから気をつけて帰れ。……ただの気まぐれだ、勘違いするなよ」


 そう言って握手をしながら見送っているのはレイだった。

 見た目の体格の良さもあってか、守られたい願望のある女性の心をくすぐっているらしく、小柄な女性が多く並んでいる。



「わ~っ! ボクの人形買ってくれたんだね。嬉しいなっ。ボクだと思ってさ、ちゃんと可愛がってね。二人だけのや・く・そ・く、だよっ」


 ヴァイスはキラキラとした目を向けながら、男性が持つ人形の手に触れて甘ったるい声でささやく。


 その途端、男性は胸の奥の方がずきんと激しく痛むのを感じた。

 わけもなく心臓の鼓動が速くなり、顔も熱くなる。

 目の前にいるのは男性、のはずだ。

 俺はおかしくなったのか? と男は思いつつゲートをくぐって振り返ると、自分と同じように顔を赤くしている男性の姿が見えた。


 自分だけじゃなくて良かった、と男はホッと息を吐いて講堂を離れたのだが、そのこと自体がおかしいことには全く気付いていない。



「ヴァイス先輩のアレは反則ね……」と、リーゼロッテは呻いて、顔を赤くした。

 普段でさえ男性にも女性にも見えるヴァイスだが、今は中性的に見えるよう化粧もしている。

 どちらでもいける感じの妖しげな色香だ。


 自分はあんな風にアデルに言えるだろうか、と考えたが直ぐにぶんぶん首を振り、顔に手を当て溜息を吐く。

 ヴァイスと同じことが出来るのであれば、今頃アデルとの仲は何かしらの進展があるはずだと気がついたからだ。

 

「お嬢様、どうなさいました? 貴女のような美しい女性には溜息は似合いません。私でよろしければお話を伺いますよ」

「そうね、聞いてもらおうかしら……って」


 リーゼロッテが顔を上げると、目の前にはいつの間にか自分の手を取り微笑むアデルの顔があった。

 

「アデル!? ってことは、ゲートに来ていたのね」

「はい。数あるゲートの中から私を選んでいただき、誠に有難うございます。このアデル、感謝申し上げます」


 恭しく一礼するアデルは金髪を丁寧に撫でつけており、片眼鏡をかけている。

 呼び方も「お嬢様」になっているし、どこからどう見ても美形のやり手執事の出来上がりだ。

 他のゲートに立つ彼らの言動からして、何かしらの役に成りきっているのだろうとリーゼロッテは考えた。


 あの舞台や恥ずかしい歌詞、それに演出をどうやって考えついたのか、聞きたいことはたくさんあったのだが、後ろを振り返るとまだ多くの観客が列を作って自分の番を待っている。


「私の話はまた今度でいいの。それよりも……とても良い舞台だったわ」


 第一王女である自分が長々と時間を取るわけにはいかないと考えたリーゼロッテは、一番伝えたい言葉だけを口にした。

 すると、驚きからか一瞬目を見開いたアデルだったが、目を細めてにこりと笑った。


「……有難うございます。その言葉が一番嬉しいです。寮までは近いといっても夜道です。足元には十分お気をつけてお帰りになってください」


 リーゼロッテは、胸の奥に温かいものが広がるのを感じていた。

 自分を気遣うアデルの言葉が単純に嬉しかったのだ。

 リーゼロッテは「ええ」と頷くと、満面の笑みを浮かべてゲートをくぐって行った。



 実の兄に「子猫ちゃん」などと言われたくないエミリアは、順番が来るとガウェインに一言「後ろから刺されないようにね」、と有無を言わせぬ勢いで告げて、ツカツカと一直線にゲートをくぐり抜けた。



 リーゼロッテとエミリアがゲートをくぐり、講堂から出てから数分後。

 遅れてリーラが姿を現した。

 ただ、何だか様子がおかしい。

 無言で頭上に浮かぶ赤い月を眺めている。

 

「リーラ先輩、どうしたんですか?」


 恐る恐るリーゼロッテがたずねるが、反応がなかった。

 瞳は潤み、熱い吐息を漏らしており、普段のキリッとした姿からは想像もつかないほどなまめかしい。

 

「シュヴァルツ様、やばかったよね! 私、腰砕けそうだったもん」

「私も! 『勉強を教えてください』って言ったら、『俺は勉強よりも君のことが知りたいな』だって!」


 黄色い声を上げて去っていく女性たちを見たリーゼロッテとエミリアは、お互いを見て静かに頷き合う。

 恐らくリーラも、シュヴァルツから似たような言葉を掛けられたに違いない。


「仕方ないわね。ここは一つ、リーラ先輩を現実に引き戻す魔法の言葉を使いましょう」

「えっ、そんな言葉があるんですか?」


 リーゼロッテは驚くエミリアに頷きを返すと、リーラに向かって魔法の言葉を投げかけた。


「リーラ先輩、アデルにお願いして明日もチケットを貰いましょうか?」

「頼む」


 こうしてリーゼロッテとリーラにエミリアは、最終的に三日目までアデルたち五人の公演を見るのだった。

  

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