第88話 輝く星の王子様 中編
どこからともなくウッドベースとギター、そしてドラムの音が会場に響き渡る。
すると、そのリズムに合わせてガウェインたち五人が胸に手を当て、一斉に歌い始めた。
君に伝えたい 溢れ出すこの想い
キラキラ眩しいその笑顔を
特等席で眺めていたい
シュヴァルツとレイの低いながらも
そして、最後にアデルの繊細で甘い歌声が重なり合うことで、五人の声は一つの美しいハーモニーを奏でていた。
その場にいた観客は一瞬にして、舞台にいる五人の虜になったのだが、驚くことに彼らの歌声は舞台側だけでなく、左右からも後方からも聞こえたのだ。
リーゼロッテが思わず後ろを振り返ると、見覚えのある人物が立っていた。
"アデル親衛隊"に所属するフェリシアだ。
制服姿の彼女は胸の辺りで両手を組み、舞台に熱い視線を送っている。
誰に向けてのものなのかは考えるまでもない。
フェリシアの左腕には"アデル親衛隊"の腕章がついていた。
周囲を見渡すと、フェリシア以外にも何人もの"アデル親衛隊"の女子生徒が会場の四方に立っている。
もちろん、腕に腕章をつけたままで。
五人の歌声は"アデル親衛隊"の腕章から聞こえていた。
確かにこれなら舞台から遠い観客にも歌声が届くだろう。
あぁ 君に釘付けの僕の心
君への愛が 苦しくて狂おしくて
だから僕は歌うよ 愛の歌を
誓いの声よ 飛んでゆけ
まるで会場内のどこかにいる愛しい人に届かせるような、思わず胸がキュンとしてしまうほど切なく歌う彼らに、観客の人形を持つ手は自然と力が入る。
"飛んでゆけ"のところで、五人は観客席に向けて両手を広げウインクすると、一部の女性が熱い吐息を漏らす。
リーゼロッテやリーラ、そしてエミリアも例外ではなかった。
舞台上の五人は、確認するような視線を観客に向けながら、歌い続ける。
届いているかな? 伝わっているかな?
僕の想いよ 愛しき君へ
君さえいれば 他には何もいらないんだ
歌に合わせて軽快なステップを踏むガウェインたち。
ヴァイスの透き通るように白い生足が、なんとも言えない色香を漂わせ、男性の中でも目を逸らす者がいた。
五人とも、歌も踊りも完成度が高く、素晴らしい。
リーゼロッテはそう感じているのだが、初見であること、ましてや歌自体にもなじみがないことから、観客の中には完全にノリきれていない者も居るようだった。
しかし曲調が変わった次の瞬間、五人は思いもよらない行動に出る。
ねえ 隣に行ってもいい?
今すぐ君を 抱きしめたいよ
歌声とともにダン! と力強く舞台を蹴ったかと思うと、何とガウェインたちが舞台から観客席へと降りてきたのだ。
これには観客も一斉に声を上げて盛り上がる。
手が触れる位置まで五人が近づいてきたのだから。
ガウェインたちはそれぞれブロック分けされた観客席へと走っていく。
気づけばリーゼロッテの前にはアデルが、リーラの前にはシュヴァルツが立っていた。
いつもと違う服装、いつもと違う髪型、そして――いつもと違う眼差し。
リーゼロッテとリーラがドキドキするのは、まさに必然だった。
そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、アデルとシュヴァルツは目の前で
僕だけのお姫様
君だけの王子様になるから
これからの未来 ついてきてくれますか?
突然の求愛を受け、瞬時にリーゼロッテとリーラの顔が真っ赤に染まり、硬直とともに言葉にならない悲鳴を上げる。
隣にいるエミリアも両手を口に当てて、目を大きく見開いていた。
心なしか、エミリアの顔も赤くなっている。
実際は歌詞のとおり歌っているだけ、振り付けをしているだけなのだから、もちろん求愛ではない。
だが、リーゼロッテからすればアデルは想い人、リーラからすればシュヴァルツは敬愛すべき主とも言える相手だ。
しかも年頃の女の子であれば、このような状況を妄想してしまうのは無理からぬことだろう。
ガウェイン、ヴァイス、レイも別のブロックで同様の仕草をしているようで、あちこちから黄色い歓声が上がっていた。
アデルとシュヴァルツがスッと立ち上がる。
そして、リーゼロッテとリーラに向かって優雅に手を差し伸べた。
アデルとシュヴァルツの情熱的な瞳は、しっかりと二人を捉えており、見つめられた側のリーゼロッテとリーラの瞳は潤んでさえいる。
さあ こっちへおいで
誓いのキスを ここでしよう
歌い終わりと同時に、アデルとシュヴァルツは差し伸べていた手を引っ込めた。
かと思えば人差し指と中指、そして親指をくっつけて自分の唇に触れる。
"キスをしよう"と言われて、恥ずかしさが頂点に達したリーゼロッテとリーラは思わず、アデル人形とシュヴァルツ人形を顔の前にやっていた。
赤くなった顔を、アデルやシュヴァルツに見られたくなかったからだ。
だが、ここからさらに二人を赤面させる出来事が起こる。
アデルとシュヴァルツは指を唇から離すと、リーゼロッテとリーラが持つ人形へ近づけていく。
周囲の観客もジッと食い入るように見つめる中、ゆっくりと指は人形へ近づき、遂には人形の口に"チュッ"と優しく触れた。
これには女性だけでなく男性までもが、赤面しながら悲鳴のような歓声を上げる。
やられた本人たちはその場に崩れ落ちそうになるが、エミリアが腕をプルプルさせながら必死に支えていた。
その間に五人は舞台上に戻る。
先ほどの演出の余韻からか、始まった当初とは打って変わって嵐のような歓声と鳴り止まない拍手。
しばらくして、リーゼロッテとリーラが正気に戻り一人で立っていられるようになった瞬間、突然明かりがフッと消えて、会場は暗闇に包まれた。
観客は騒然とし、「これはいったい?」、「な、何!?」と言った声が聞こえる。
「いいか、俺達がお前達の
ガウェインのよく通る声に、ざわついていた会場がシン、と静まり返った。
「だけど、星だけじゃ輝くことはできないし、照らすこともできない。じゃあ、どうすればいい?」
暗闇の中で響き渡るガウェインの問いに、会場内の観客は誰ひとり答えることができない。
「簡単なことさ。お前達の明かりで――俺達を照らしてくれ!」
ガウェインの声と同時に、エミリアが握っていた手のひらサイズの棒がポウっと光り始める。
続けてリーゼロッテとリーラが持つ棒も光りだしたかと思うと、観客席が一気に眩しく輝いた。
「綺麗……」
エミリアが光を放つ棒を眺めながら、感嘆の声を漏らす。
「さあ、空に浮かぶ赤い月を吹き飛ばすくらい、盛り上がる夜にしようぜ! ――『ハジけてみせて』」
そこから新たな曲が流れ始め、五人の歌声が響き渡った。
観客はみな、誰に言われるでもなく、手に持った光る棒を上に掲げると、歌に合わせて身体を揺らしながら、右に左に振っている。
ガウェインたち五人と観客が一つになった瞬間でもあり、それは公演が終了するまで続いたのだった。
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