第87話 輝く星の王子様 前編

「――リーゼロッテ様はアデル君から聞きました? 舞台で何をするか」


 エミリアの声に、リーゼロッテは二階の廊下を歩く足を止め、振り返った。


「いいえ。アデルには『何をするつもりなの?』って何度も聞いたのだけどね。『当日を楽しみにしてくださいませ』の一点張りよ。エミリアは?」

「私もです。兄さんを問い詰めても、『師匠との約束だから、例えお前でも言えないんだ』って今日まで逃げられちゃいました」


 エミリアは苦笑しながら首を振り、両手を上げて"参った"のポーズを取る。

 

「あのガウェインが口を割らなかったとなると――シュヴァルツ先輩やヴァイス先輩、レイ先輩も言うはずがないし……誰も知らないでしょうね」

「ですね。リーラ先輩も気にされていたようで、何か知らないかと尋ねられましたから」


 リーラ先輩まで知らないとなると、恐ろしいまでの厳戒態勢だ。

 アデルがシュヴァルツに舞台の演出を頼まれたらしいと聞いてから、今日までの二週間。

 舞台に関しての情報は、出演者が誰かということ以外、一切知ることが出来なかった。

 聞けば生徒はおろか、教師や学園長ですら知らないと言う。

 入学してからずっとアデルの傍にいたリーゼロッテにしてみれば、気になって仕方がなかった。


 しかし、どれだけ探ろうとも、今日の今日までなんの情報も得ることが出来なかったのである。

 あまりに気になって、寝不足の日が何日も続いたほどだ。

 だが、それも今日で終わり。

 何故なら、今日が外部から人を招く日だからである。


「ふぅ……まぁ、いいわ。あと数時間もすれば分かることだし。それにしても、すごい行列ね。あれが全部入場希望者?」


 リーゼロッテの視線の先には、学園の校門があった。

 エミリアも釣られて視線を向けると、校門の入口には長蛇の列が出来ていた。

 二列になって整然と並んでいる行列は数百メートルにも及んでおり、今も列は長くなっていく。

 毎年多くの人が学園に足を運ぶとは聞いていたが、これほどとはリーゼロッテも思っていなかった。


「今年はリーゼロッテ様もいらっしゃいますし、何よりアデル君目当ての人も多いかなぁって、思ったり」


 口にしてから、しまったと気づいたエミリアだったのだが、既に遅い。

 恐る恐るリーゼロッテの顔を見ると、ブツブツと何事か呟きつつ背筋が凍るような笑みを浮かべており、思わず悲鳴を上げそうになったのだが、ギリギリのところで堪えた。


 このままでは持たない――主に私の精神力が、とエミリアが頭を抱えていると、後ろから自分たちを呼ぶ声がする。


「ああ、こんなところにいらっしゃいましたか。探しましたよ、リーゼロッテ様。それにエミリアさん」

「アデル君! ――と、兄さん」

「おまけみたいな言い方はやめてくれないか、我が妹よ」


 肩を落とすガウェインだが、エミリアは完全に無視した。

 使えない兄よりも、アデルが救いの神に見えたからだ。


「――アデル、いったい何の用かしら?」

「お二人にこれを渡そうと思ってまいりました」


 アデルが差し出したのは三枚の紙きれ。

 リーゼロッテが受け取った紙きれをよく見ると、そこには"輝く星の王子様、限定公演入場券"と書かれていた。


「これは、もしかして……」


 たずねると、アデルはニッコリと笑みを浮かべる。


「はい、私が演出する舞台を見ていただくのに必要な入場券です。本当でしたら千人限定の抽選なんですが、お二人とリーラ先輩は特別、ということで差し上げます。ほかの方には内緒ですよ」


 アデルの片目を閉じながら口元に人差し指を当てる仕草に、リーゼロッテとエミリアは黙ってこくこくと頷く。

 ガウェインは、二人の目の周りが少し赤くなっていたのに気づいたが、ただ黙ってそれを見ていた。

 彼自身、アデルの行動に感心していたからだ。

 アデルの完璧な振る舞いを目の当たりにして、ガウェインは「勉強になります!」と心の中で感動するのだった。





「『輝く星の王子様』公演まもなく開催です! 入場券抽選本日分は終了しております。申し訳ございません!」


 陽が落ちて赤い月が夜空に輝き始めた頃。

 講堂の入口では、入場券を確認しているもぎりの男性の声が響き渡る。

 

「……入場券を持っている人しか入れないっていうのに、凄い人だかりね」


 リーゼロッテは講堂の周辺に集まっている多くの人を眺め、感嘆しつつそう呟いた。


「それだけ注目されているってことじゃないでしょうか?」

「だけど、舞台の内容は一切明らかになっていないのでしょう?」

「それは、確かにそうですね……」


 リーゼロッテの言葉に、エミリアの表情が僅かに曇る。


「人は秘密にされているものほど知りたくなる、ということだ」

「リーラ先輩」

「それに何といっても、出演する五人のうち三人が『五騎士』だからな。期待が膨らむのは当然だろう」

「なるほど」


 リーラの尤もな意見に、リーゼロッテもエミリアも首肯した。

 元々が"五騎士"――中でもアデル目当てで来ている人が多い。

 そのアデルが演出し、本人も出演するというのだから、一目見たいと思うのは当たり前のことだった。


「眺めていても埒があかん。入るぞ」

「「はいっ」」


 先を行くリーラに続いて、講堂の入口へ向かう。

 三人は持っていた入場券をもぎりに渡すと、男性は一部を丁寧に切り取った。


「はい、確かに。三人とも中央最前列のAブロックにお進みください。こちらはプレゼントですので、どうぞ」


 そう言って、半券と一緒にもぎりから差し出されたのは、色の付いた手のひらサイズの棒。

 一体何に使うのか不思議に思いながらも、受け取った三人は講堂の中へと入っていく。


 入ってすぐの場所は吹き抜けになっており、壁際では数名の売り子らしき女性たちが何かを販売していた。


「あ、アレはっ!? まさか――」


 途端、何かを発見したリーゼロッテが売り子に向かって一直線に走り出す。

 あまりの速さに、リーラとエミリアは一瞬呆気に取られていたが直ぐに我に返り、リーゼロッテの後を追った。


「リ、リーゼロッテ様。そんなに急いでどうしたんですか?」


 エミリアが後ろから声をかけるも全く返事がない。

 かなり興奮しており、「きゃー! 本物だわっ」と歓声を上げていた。

 いったいリーゼロッテは何に興奮しているのか――不思議に思った二人は、売り子のいる方へと目を向ける。


 理由はすぐに分かった。

 アデルの姿そっくりの人形が棚に並んでいたからだ。

 しかも並んでいたのはアデル人形だけではない。

 シュヴァルツ人形、ヴァイス人形、レイ人形、そしてガウェイン人形と、五種類の人形が陳列していた。


「シュヴァルツ様の人形だとっ……」


 リーラがいつもと違って、顔をまぶしいほどに輝かせている。

 リーゼロッテもリーラもお互いがいっぱいに身を乗り出して、カウンター奥の棚に置かれた意中の人形を眺めていた。

 

「いらっしゃいませー。公演グッズ販売中でーす。推しの方を応援するためにもお一つ如何ですか?」

「推し? 応援?」


 売り子の言葉にエミリアが首を傾げる中、リーゼロッテとリーラは迷うことなくアデル人形とシュヴァルツ人形を買う。


「良い買い物をしましたね、リーラ先輩」

「そうだな」


 目当ての人形を買った二人は嬉しそうに微笑む。

 少しの間はしゃいでいたが、リーラはハッと我に返り、「コホン」と咳払いをすると、いつもの無表情に戻った。

 両手で愛おしそうにシュヴァルツ人形を持ったまま。


 空気を読むことを知っているリーゼロッテとエミリアは、当然そのことに触れることはしない。

 何事も無かったように講堂の奥へと進む。


 舞台のあるホールへとたどり着いた三人は、そこで九つのブロックに分けられていることに気付く。

 

「確か、Aブロックだったわね。……あ、あそこかしら。行ってみましょう」


 暗がりの中、リーゼロッテは"A"と書かれた看板を指差しながら歩き始める。

 中央最前列の場所であり、舞台に一番近い。

 ここならアデル達の顔もよく見えるだろう。

 ただ、気になることもあった。

 ホールは広い上に観覧場所が決められており、ロープでブロック分けしている。

 これでは舞台から遠い客は見づらいし、声も届かないのではないか――リーゼロッテはそう考えていた。


 少しして、「ビー!」という音がホールに響き渡る。


「紳士淑女の皆様、『輝く星の王子様』公演へようこそ! 今宵こよいは心ゆくまで歌い、そして踊り明かしましょう!」


 同時に、舞台の幕がゆっくりと上がった。

 舞台に立つのは五人。

 他の四人を従えるように中央に立っているのはアデル――かと思いきや、なんとガウェイン。

 その右隣にヴァイスが立っており、反対側にシュヴァルツ、ヴァイスの後ろにアデル、シュヴァルツの後ろにレイという並びになっていた。


 五人とも白一色に染まった衣装に身を包んでいる。

 衣装は統一されておらず、一人ひとりが違う。

 シュヴァルツはコートを基調にした衣装を纏い、いつもはしていない眼鏡をかけていた。

 ヴァイスは肩の見えるジャケットに短パン、レイもジャケットこそヴァイスと同じだが、長ズボンとベルト部分に長いスカーフを巻きつけている。

 アデルは燕尾服のような衣装で唯一ネクタイをしており、執事を連想させる。

 髪型も普段と違うため雰囲気もまるで違う。

 

 リーゼロッテやリーラはアデルとシュヴァルツを見て、釘付けになっていた。

 だが、目の前の光景にエミリアも驚きを隠せない。

 

「あの兄さんが……あんな格好を……」


 驚きから絶句し、両眼を見開くエミリアの視線は、ジャケットのジッパーをゆっくり下ろし、シャツをはだけさせながら薄い笑みを浮かべるガウェインを捉えていた。


「せっかくここまで来たんだ。タダじゃ帰さないぜ。お前ら全員の心を俺たちが――奪ってやるよ!」


 ガウェインの声に合わせて、五人が観客に向けて一斉に指差すと、あちこちのブロックから悲鳴に似た歓声が上がる。

 彼らは、たった一つの仕草で会場を魅了したのだ。

 それを見たガウェインは笑みを深め、舌舐めずりをする仕草を見せた。


「それじゃあ、いくぜ……『君だけの王子様』」

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