第86話 私とアデル編③

「――はい、そこでくるっと回って決めのポーズ! ……うん、一通りは止まることなく出来るようになりましたね。一週間後の本番が今から楽しみですね」


 パチパチパチ、と手を叩きながらシュヴァルツ達を褒めると、四人は満更でもなさそうな笑みを浮かべました。


 舞台で歌と踊りを披露すると宣言してから早一週間。

 皆さん、元々の潜在能力が高いことも相まって、踊りに関しては中々に順調です。

 特にヴァイスの才能はかなりのものですね。

 物怖じなどしない性格ですし、踊りだけでなく歌も一度教えただけですぐ習得していました。

 

 シュヴァルツやレイもそつなくこなしています。

 一番気がかりであったガウェインですが、元来の素直な性格で他のメンバーを尊敬して教えを請うことで、次々に吸収していきました。


 当日までにある程度形になれば良いと思っていましたが、嬉しい誤算とはこのことですね。

 作詞の方も来ていただいた方々の心に残る、強烈な印象を与えるものを考えておきましょう。


「中々ハードな動きをするんだな。それにこの演出・・・・……演劇は何度か観賞したことがあるが、これは今まで見たことがない」


 シュヴァルツは驚きを含んだ口調でそう告げると、額から流れ落ちる汗をタオルでぬぐいました。

 ――まあ、演劇イコール舞台の上で行うものと考えているのであれば、思いつかない発想でしょう。 

 もちろん、シュヴァルツ達にそのことを教える気はありません。

 素知らぬ顔で言い返します。


「驚きこそが人生の素晴らしき友ですよ。より人々の印象に残りやすい。それに、型通りでは退屈なだけでしょう?」

「なるほど。確かにその通りだ。加えてアデル君の言っていた『キャラ設定』。舞台で歌や踊りを披露するだけなのに何の意味があるのかと思っていたが、今なら理解できる」


 なぜか嬉しそうに笑いながら言うシュヴァルツ。

 ヴァイスや他の二人も苦笑しつつ、頷いていました。

 

 舞台の上だけなら"キャラ設定"は必要ありません。

 全く必要無いかと言われると、実のところはそうでもないのですが、優先順位は下がります。

 ですが、私の考える演出を最も効果的に、余すところなく見せるためには"キャラ設定"は外せないのです。


「普段の皆さんの性格とはかけ離れていることは重々承知しています。しかし、成功の鍵を握っているのは『キャラ設定』だと思っております。今回に限って、恥を捨てて演じきってくださいますよう、お願い致します」


 四人に向かって深々と一礼しました。

 それぞれの"キャラ設定"になりきれるかどうかが、一番の肝といえるからです。

 せっかく目新しい歌や踊りに演出をしたとしても、演者が恥ずかしがっていたのでは効果は半減、いえ、それ以下になってしまうでしょう。


「ふふ、大丈夫だ。お願いしたのは俺なのだし、こうしてどんなものかを教えられた以上、きっちりこなしてみせるとも」

「ボクも任せてよ。皆をボクの虜にしちゃうからさっ」

「学生生活最後だし、頑張らせてもらうよ」

「師匠の期待に何が何でも応えてみせます!」

「……有難うございます」


 シュヴァルツ達の言葉を聞いた私は、思わず涙ぐみそうになるのグッと堪えて、もう一度頭を下げます。

 頭を上げた私は、言葉を続けました。


「本番まで残すところ後一週間ですが、皆さん、内容については誰にも口外はしないようにお願い致しますね。聖ケテル学園の生徒であろうと、教師であろうと、例え学園長であろうと当日までは秘密にしてください」


 私の言葉を聞いた途端、シュヴァルツは意を得たりというふうにニッと笑いました。


「より驚きが増すから、だろう?」

「ええ、その通りです」


 私達が何をやるのかが事前に広まってしまっては、同じく驚きが半減してしまいます。

 最初に見に来られた方にこれでもかという衝撃を与えて、まだ見ていない方に広めて頂いた方が、宣伝効果はより高くなりますからね。


「何度もアデルくんが口酸っぱく言ってるから大丈夫だよー。でもさ、ボクらが言わなくても誰かがこの講堂に入ってきたらバレちゃうんじゃない?」


 ヴァイスはそう言ってニヤリと笑いました。

 私はくるりと講堂を見渡します。


 今、私達が練習している場所は入学式が行われた講堂です。

 この講堂が当日の会場になるのですが、収容人数は――ざっと千五百人くらいは入るでしょうか。

 演出のために少々場所を取るので、当日は千人程度になるとみています。


 入口や窓は塞がれているので、外からこちらを窺うことは出来ません。

 ですが、不用意に中に入ってこられたり、外から耳を澄ませれば何をしているか知ることは出来るでしょう。

 ――それが出来れば・・・・・・・、ですが。


「ご安心ください、ヴァイス先輩。少なくとも私が許可しない限り、誰ひとりとしてこの講堂に入ることは出来ません」

「ん? どういうことだい?」

「こういうことですよ。『――――英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー』」


 私が異能を発現させたことにより、四人がキョロキョロと辺りを見渡します。


「……何も変わっていないように見えるけど?」

「ええ、講堂の中は何も変わっていません。講堂の外を覆いましたから」

「講堂の外を覆った・・・? ……まさか」


 覆ったという言葉に敏感に反応したのはシュヴァルツでした。

 それだけで察することが出来るとは、流石ですね。

 

「シュヴァルツ先輩が考えておられる通りです。今私が発現した異能は『母なる聖域ザンクトゥアーリウム』です」

「やはりそうか。だが、いつの間に……」

「全ての試合を終えた後に、クラウディオ様とお別れの挨拶をする機会があったのです。その時にちょうど異能を発現なさっていたようでして」

「なるほど」


 あの時は迂闊うかつでした。

 まだ公王が会場にいらっしゃったので、異能を発現していても不思議ではありません、

 にもかかわらず、差し出された手を握ってしまうとは。

 クラウディオが持つ、物腰の柔らかさの成せる技とでもいえばよいのでしょうか。

 私もまだまだ修行が足りません。


 もちろん、直ぐクラウディオには異能を再現出来るようになってしまったことを伝えました。

 しかし、クラウディオは微笑をたたえたまま、「アデル様のお力となるのであれば構いませんよ。私のことは気にせず、ご使用ください」と言ってくださったのです。

 つくづく、この方には勝てないなと思い知らされました。

 同時に、いつか近づきたいとも決意したものです。


「『母なる聖域』ですがクラウディオ様によると、攻撃を無かったことにするだけでなく、任意の対象を結界の中に入れないようにすることや、音を遮断しゃだんすることも出来るそうです」

「それは何というか、凄まじいな……」


 シュヴァルツの呆れとも驚きとも取れる口調に、私は思わず苦笑を漏らしました。

 

「そうでしょう? この異能があれば、私達がどれだけ大声を出そうと、激しい練習をしようと、中の様子を覗き見ることは出来ないというわけです。安心していただけましたか?」

「おっけー。安心したよ」


 ヴァイスは白い歯を見せながら二カッと笑いました。

 

「――ところでさ」

「何でしょうか?」


 続けざまにヴァイスがたずねてきたので、相槌あいづちを返します。

 

「当日の衣装とかって決まってるの? それともこの制服のままとか?」

「まさか。皆さんの『キャラ設定』に見合った衣装をご用意します。例えば、ヴァイス先輩には肩までのジャケットに短パン。二の腕にまでかかる手袋を身につけていただき、後は小さめの可愛らしい帽子を被っていただこうと思っております」

「……へぇ?」


 提示した衣装に興味を持ったのか、ヴァイスの声色が一段階高くなりました。


「もちろん、髪型も設定に合わせて整えさせて頂きます。ただし、衣装の色については白で統一するつもりです」

「白? うちの学園だったら赤か黒じゃないの~?」


 ヴァイスが不思議そうに首を傾げています。

 制服は赤を基調としていますし、試合用の服は黒を基調としていますから、聖ケテル学園を表現するのであればどちらかにした方がよいのでしょう。

 

「白にしたのには理由があります。舞台の公演が夜であることが一つ。そして、もう一つは私たち一人ひとりが観客を照らし魅了する星であることを表現するためです」

「あ、それって最初にも言ってたよね」

「はい。輝く星となって人々の心を照らす光となる――私が思い描く狙いの一つでもあります。それに伴いまして今回限りではありますが、私たち五人のグループ名というものを考えました」

「「「「グループ名?」」」」

 

 四人は声を揃えると、私を食い入るように見つめています。


 うーん、集団を表す名前があると、一致団結して物事に取り組める気になるのは私だけでしょうか?

 愛称のようなものがあれば、来ていただいた皆さんも分かりやすいと思うのですが……これも、アイドルという概念がないせいかもしれませんね。

 コホン、と一つ咳払いした後、私は頷きました。


「ええ。私たち五人は、今から『輝く星の王子様シャイネン・シュテルン・プリンツ』として舞台に立ちます。シュヴァルツ先輩が仰った演出以外にも、いくつか考えていますので、それはこれから覚えていただきます」


 嘘ではありません。

 "キャラ設定"以外にも、観客を楽しませる演出は考えていました。

 この世界でどの程度通用するかは未知数ですが、彼らとならきっと大丈夫なはずです。


 "輝く星の王子様"というグループ名を聞き、困惑したような表情を浮かべるシュヴァルツ達を前に、私は決意を新たにするのでした。

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