第85話 私とアデル編②

「アデル君、君の要望通り私を含めた四人を揃えたよ」

「シュヴァルツ先輩、有難うございます。皆さんもお集まりいただきまして、御礼申し上げます」


 シュヴァルツにお願いをした翌日の晩。

 夕食を終えた後のリビングルームにいるのは、私、シュヴァルツ、ヴァイス、レイ、そしてガウェインの五人。

 お願いした翌日にこうして集めていただけるとは、流石シュヴァルツです。

 深々と四人にお辞儀をすると、シュヴァルツとガウェイン以外の二人は状況が把握しきれていないのか、落ち着かない様子でした。


「シュヴァルツ先輩、お二人にはキチンと説明していただけているのですよね?」

「もちろんだとも。ヴァイスにもレイにも、二週間後の舞台に参加してほしいとちゃんと告げてある」


 頷いたシュヴァルツを見た私は、複雑な心境でヴァイスとレイに顔を向けます。

 その割にはよく分かっていないような顔をされているのですが、特にレイが困惑したような表情に見えました。

 

「アデル君。私たちを舞台に、ということで声をかけたそうだが、この人選は間違ってはいないか? 特に私は場違いなような気がするのだが……」


 レイは私の思考を読んだように苦笑すると、困り顔でそう告げました。


「いいえ、私の中ではこの人選に間違いないと思っております」

「そうなのかい?」

「はい」


 私は笑みを浮かべながら頷くと、シュヴァルツの方に視線を移します。


「まずはシュヴァルツ先輩。説明するまでもなく端正な顔立ちと、魔お……王者の如き風格は見るものを圧倒し、虜にするでしょう」

「アデル君、今、魔王と言いかけなかったかな?」

「気のせいではないでしょうか」


 シュヴァルツの問いをニコリと笑いながらかわした私は、隣に立つヴァイスへ。


「ヴァイス先輩は天使のように中性的な容姿。男性にも女性にも人気が出ること間違いなしでしょう」

「なーんか気になる言い方だねぇ、アデルくん」

「いえいえ、他意は全くありませんよ」


 ヴァイスは、ぷくっと頬を膨らませて私を睨みつけています。

 そういう仕草が余計に勘違いさせているような気もするのですが――おっと、それは口にしないほうが良いですね。

 今度はガウェインを見ます。

 私と目が合ったガウェインは、ビクッと全身を震わせました。

 

「次ぐにガウェイン君ですが――」

「師匠、俺には無理です!」


 ガウェインは迷子になった子犬のような瞳を私に向けています。

 そんなに不安になるようなことでもないでしょうに。

 私はガウェインの肩にそっと手を置くと、「大丈夫ですよ」と努めて優しく笑いかけました。


「貴方は聖ケテル学園のフィナール生にして、名門ボードウィル伯爵家の跡取り。運動神経も良いですし、外見も悪くありません。自信を持ってください」

「そ、そうですか!」


 ガウェインは照れたように笑うと、「いやぁ、師匠にそこまで言われてはこのガウェイン・ボードウィル、皆様の足でまといとならないように精一杯頑張らせていただきますっ」と胸を叩きました。

 最後にレイへと視線を戻します。


「そして最後に、レイ先輩です」

「ああ」

「レイ先輩は他の三人に比べてご自分が秀でているものがないとお考えのご様子ですが、そんかことはありません。レイ先輩にしかない魅力があるのです」

「私にしかない魅力? いったいどんな?」


 私は首を傾げるレイにぐいっと近づくと、腕に触れました。

 

「筋肉です」

「はい?」

「この見事な上腕二頭筋といい、美しい広背筋といい、綺麗に六つに割れた腹筋もそうですし、完成された大腿四頭筋もそうです。これほど鍛え抜いた肉体美を持った方は、この学園の中でレイ先輩を置いて他にいないと断言出来ます」


 レイの腕、背中、お腹、そして太ももを続けざまに触れて説明すると、彼はポカンと口を開けていました。

 

「良いですか? 鍛え抜かれた身体というものはそれだけ十分注目を集めます。レイ先輩のお顔はどちらかというと野性味溢れる顔立ちですから、そちら方面でも需要が見込めるでしょう」

「アデル君……そちら方面、というのが非常に気になるんだが」

「ああ、殆どは筋肉好きの女性に向けてですからお気になさらずに」


 嘘は言ってはいませんから、問題ないでしょう。

 何度かまばたきした後、ようやく我に返った様子のレイは、「殆どは、ということは残りはいったい……」と呟きながら、頭をいていました。


 実際のところ、レイの顔立ちは悪くありません。

 そこに彼の肉体が合わさり、且つキャラ設定を上手く活かせば――。

 レイは未だに落ちないといった表情をしていますが、時間がありません。

 パン、パンと手を叩くと、四人の視線が私に集中します。


「さて、こうして皆さんにお集まりいただいたのは、舞台に出ていただくためです。ここまでは宜しいですね?」


 私の言葉に四人とも頷きました。


「ご理解いただけているようで何よりです。ところでシュヴァルツ先輩、一つお聞きしますが今までの舞台はどのようなことをされていたのでしょうか?」

「うん? そうだな、昨年は確か演劇だったな」


 シュヴァルツが思い返すように目をつむりながら、短く答えました。

 ヴァイスもレイも同じように頷いています。


「もしかして、ここ最近はずっと演劇ではありませんか?」

「言われてみれば……そうだな、俺が学園に入学してからはずっと演劇だったように思う。だが、舞台といえば演劇しかないのでは?」


 普通に考えれば舞台といえば演劇と考えるのも仕方ありません。

 私は頭を左右に振って軽く落胆したような仕草をしました。


「それでは面白くありません」

「面白くない?」

「ええ、演劇も確かに定番ですし、来ていただいた人々の受けも悪いものにはならないでしょう。ですが、私は演劇をするためにこの人選をした訳ではないのです」

「なんだって!」


 シュヴァルツだけでなく、他の三人も身を乗り出してきました。

 おや? 演劇以外にも舞台で出来ることがあると思うのですが。


「じゃあ、師匠は俺達と何をやろうと言うのですか?」

「歌です」

「「「「はっ?」」」」


 四人が一斉に固まってしまいました。

 舞台と言えば歌というのは至極当然のものです。

 別に変ではないと思いますが、こちらでは違うのでしょうか?


「ああ、もちろん歌うだけではありませんよ。そこに踊りも取り入れます」

「踊りも……」


 私の言葉に、レイは絶句したかのように声を詰まらせました。


「はい、私を含めて皆さんには、来校した人々を照らし魅了するシュテルンになっていただきます」


 前世でいうところのアイドルといったところでしょうか。

 この世界ではどうやらそういった人達は存在していないようですし、かえって興味を引く可能性は十分にあります。

 惜しむらくは時間が二週間しかないということですが、このメンバーであれば何とかなるでしょう。


「ご安心ください。こう見えても私、歌と踊りには多少自信がございます」


 正確には、叔父が経営していた執事喫茶で週に一度歌と踊りを披露するステージがあったからですが。

 今回は時間もありませんから、作詞や作曲はその当時のものに手を加えれば問題ありません。

 まあ、歌と踊りだけでは弱いので、もうひと捻り手を入れますがね。


「皆さんには、当日までに歌と踊りを覚えていただきますが、それとは別に一番大切なことを頭に入れていただきます」

「一番大切なこと?」


 シュヴァルツが訝しむような視線を投げかけてきたので、私は予め用意をしていた紙を取り出しました。


「こちらをどうぞ。この紙に皆さん一人ひとりに合った、一番大切なことが書いてあります」


 そう言って、四人にそれぞれ紙を渡します。


「これに!? いったい何が……」


 四人は恐る恐る紙を読み始めましたが、直ぐに固まってしまいました。


「な!? ……アデル君、これは・・・本気かい?」

「もちろんです、シュヴァルツ先輩。私に一任すると仰ったのはシュヴァルツ先輩ですよ?」


 顔面蒼白で私を見つめるシュヴァルツに、ニコリと微笑み返すと、彼は引き気味に苦笑を零しました。

 他の三人も、まあ似たようなものです。


「しかし、ここに書かれている『キャラ設定』、これがそんなに重要なのかい?」

「甘いですよ、レイ先輩! 当日学園に来る方々は私たちの性格など知りません。外見とは別に、メンバーそれぞれに分かりやすい特徴があったほうが、多くの方から興味を引くことが出来るのです。皆さんにはその紙に書いてあるキャラになりきっていただきます」

「は、はあ……?」


 紙に書いてある"キャラ設定"とは――シュヴァルツは"冷徹なインテリ"、ヴァイスは"小悪魔系弟"、レイは"口数の少ない俺様"、そしてガウェインは"チョイ悪で強引"。

 これだけ個性があるキャラが揃えば、どんな客層でも満足していただけるでしょう。


「へぇ~。面白そうだね。ボクは構わないよ」

「有難うございます、ヴァイス先輩」


 シュヴァルツとレイも渋々といった感じで頷きますが、ガウェインだけが両手を組んで唸っています。


「ガウェイン君、どうしました? 何か分からないことでも?」

「師匠、『チョイ悪で強引』と言われても、具体的にどうすればいいのか……」


 なるほど、確かに設定だけ書いても理解できなければ、演じようがありませんね。


「ふむ、そうですね。これが正解とは一概には言えませんが、お手本をおみせしましょう」


 一言前置きをしてから、ガウェインの方に歩み寄りました。

 距離が縮まってもなお、歩みを止めない私にガウェインは思わず後ろへと下がります。

 何歩か下がった後、ガウェインの背中は壁に当たりますが、私はそれでも彼に近づきました。


「師匠……?」


 私は壁に向かって右手をバァン! と叩きつけると顔をさらに近づけ、反対の手の人差し指をガウェインのあご先に撫でるようにして触れました。


「俺だけを見てな。よそ見してたら……襲うぞ? 子猫ちゃん」


 その直後、ペタンと床に崩れ落ちるガウェイン。

 顔は真っ赤に染まり、「はわわ……こ、これを俺が……」と呟いています。

 少々やり過ぎましたか?

 いえ、でもこれくらいは普通のはず、ですよね?


「良いですか、皆さん。人々を魅了するのはいつでも目新しいものと個性です。皆さんの外見に加えて個性も備われば、まさに向かうところ敵無し!」

「アデル君、舞台で歌って踊るだけでは『キャラ設定』は必要ないのではないかな?」

「シュヴァルツ先輩、ご安心ください。そのあたりも抜かりなく考えております。私が責任もって手とり足取り指導致しますゆえ、この五人で頑張りましょう」

「おー!」

「「「おー……」」」


 ヴァイスだけ元気な返事なのが少々気になりますが、初日ですからね。

 ふふ、当日が楽しみです。

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