第5章 私とアデル編
第84話 私とアデル編①
「はっ……? 舞台、ですか?」
「ああ、そうだ」
"学園対抗戦"で優勝してから早一ヶ月。
今年も残すところあと僅かとなり、冬休みは実家であるヴァインベルガー公爵家に戻って、マリーやミシェルと過ごそうと考えていた矢先のことでした。
いつも通り一日の授業を終えて寮へ戻り、リーゼロッテやガウェイン、エミリアとリビングルームで談笑していたところ、シュヴァルツから声を掛けられたのです。
その第一声が「舞台に出てくれないか」でした。
いきなりのことに私はもちろん、リーゼロッテ達も理解が追いついていない様子。
「シュヴァルツ先輩、舞台とは具体的にどういったことをするのでしょうか?」
目上の方からのお願い、しかも日頃お世話になっているシュヴァルツからとあらば断るという選択肢はありません。
ですが、具体的な内容を伺っておかなければ、こちらとしてもどのようにしてよいのやら判断しかねるのも事実です。
「すまない。説明不足だったな。我が学園では毎年この時期に外部から人がやってくる。聖ケテル学園ではこんなことをしていますよ、といった具合にね」
「そうだったのですか」
なにやら学園祭に近いものがありますね。
「まあ、入口で簡単な身体検査は受けてもらって、学園が問題ないと判断したら、という制限はつくがね。学園にはそれなりに身分の高い親を持つ学生も多い。やってくる側も当然それを理解した上での身体検査というわけだ」
と、シュヴァルツはリーゼロッテを見つつ、苦笑を洩らしました。
確かにリーゼロッテを始め、公国に関係のある親を持つ生徒は一定数ですが在籍しています。
その中には私も含まれているわけですが。
もしものことを考えるのであれば、身体検査は致し方ないことでしょう。
「例年二千から三千人といったところなんだが、今年はもっと多くなると予想している」
「それは何故でしょうか?」
「おや、分からないかな?」
ふむ、例年よりも多くなるということは何かしらの理由があるということです。
いつもと違うことといえば……なるほど、そういうことですか。
「リーゼロッテ様がお目当て、ということですね」
自信満々で答えた私を、どこか呆れるように見つめるシュヴァルツ。
ふと視線を感じて左右を見ると、リーゼロッテやガウェイン、そしてエミリアまでもがシュヴァルツと同じ目をしていました。
おや? かなり自信があったのですが……。
「ふふ、確かにリーゼロッテさんも理由の一つにはなるだろう。だが一番の理由は、アデル君。君だよ」
「私、ですか?」
私目当てで人が集まると?
何故だかサッパリ分かりません。
「アデル君、君は"学園対抗戦"で注目を集めているんだよ。君が考えている以上にね。その白くて甘い爽やかな笑顔と複数の異能を使いこなす実力のギャップで、公国中の女性の人気を独り占めしていると言っても過言ではないほどだそうだ」
「ははは、シュヴァルツ先輩も中々面白い冗談を口にされますね。私がこの国の第一王女たる、リーゼロッテ様より人気があるはずがないではありませんか。杞憂では?」
「これを見てもかい?」
そう言ってシュヴァルツが差し出したのは新聞記事らしき一枚の紙。
受け取って中身を見てみると、そこには『アデル人形、空前の大ヒット!』という見出しとともに、私に似た顔をした二頭身ほどのぬいぐるみが大きく載っていました。
しかもカラーで。
「……何ですか、これは?」
このようなものを許可した覚えは、当然私にはありません。
「見ての通りアデル君の形をしたぬいぐるみだ。しかもヴァインベルガー公爵家公認で、監修はアデル君の妹であるマリーさんらしい。これが公都で人気で飛ぶように売れているとか。今は品切れ状態でプレミアもついているそうだよ」
真面目な顔で告げるシュヴァルツに、私は大きくため息を吐きました。
マリー……貴女はいったい何をしているのですか。
ヴァインベルガー家が公認していて、しかも既に販売しているとなると、流石に今から差し止めるのは難しいですね。
冬休みに家に戻った時には、じっくりと話を聞く必要がありそうです。
「ちょ、ちょっと見せてっ」
そう言って、私の手から紙を奪い取ったのはリーゼロッテでした。
リーゼロッテはしばらくの間、穴が開くのではないかというくらいアデル人形を凝視していましたが、一言「欲しい……」と呟きました。
「欲しい、ですか? このぬいぐるみが?」
「……へ? はっ! い、いえ、何でもないわっ。……そう! この紙が欲しいと言ったのよ。シュヴァルツ先輩、いただいても宜しいですか?」
私の問いかけに、慌てふためいて紙を指差しながら言葉をまくし立てるリーゼロッテ。
その様子が可笑しかったのか、シュヴァルツは手で口元を押さえながら、「ふっ、くく、いいよ。その紙はリーゼロッテさんにあげよう」と言って頷きました。
リーゼロッテはぺこりと一礼すると、丁寧に紙を折りたたみ、制服のポケットにしまいます。
「ふふ、話が逸れてしまったな。まあ、アデル君のぬいぐるみが品切れになるほど、君の人気が高まっているのはこれで分かってくれたと思う」
「そう、ですね」
正直言って素直に頷きたくはありませんが、事実は事実として受け止めねばなりません。
「ということは、だ。公国各地から、アデル君目当てで学園にやって来る女性がいても不思議ではない。好き、もしくは興味を抱いているものを一目見たいと思う心理は分かるだろう?」
「理解は出来ます」
アイドル的なものに置き換えれば、そのようなことを思うのは当然かもしれません。
その相手が私である、ということが問題ではありますが。
「本来であれば、学園を外部に開くのは一日だけなんだ。だが、今回は二日から三日開こうと思っている」
私は思わず目を丸くしてしまいました。
隣にチラリと視線を向けると、リーゼロッテ達も驚きからか、目を見開いています。
それほど人が多くなるとシュヴァルツは考えている、ということですか。
聖ケテル学園はかなり広い敷地を誇ってはいますが、それでも一度に万単位の人間が来た場合、対応が難しいでしょう。
教師や学生を含めても五百人に満たないのですから。
であるならば、複数日に分けて、例年通りの人数を迎え入れるようにした方が効率的なのは間違いありません。
「確かにそうされた方が混乱も少ないと思います」
「ああ、期日までにはまだ時間があるから、そこは前もって告知をしておこうと思っている。それで、最初の舞台の話に戻るんだが――」
一拍置いて柔和な笑みを浮かべるシュヴァルツですが、嫌な予感がします。
「例年であれば、舞台は最上級生である四年が主体となってやるんだが、アデル君目当てにやって来る者が多いのであれば、舞台の主演、演出をアデル君、君に任せたいと思っているんだ」
ああ、やっぱりそういうことですか。
予想していたこととほぼ同じ内容であったことに、私は心の中で苦笑します。
舞台演出と言われても、私は役者ではありませんし、知識もありません。
――ですが、期待には応えるのが私の信条です。
私なりに考えつく方法で、お越しいただいた方の心に残る舞台をおみせしましょう。
「分かりました。謹んでお受け致します」
シュヴァルツに恭しく一礼すると、彼はホッとしたのか安堵の溜息を洩らしました。
「そうか、有難う。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ。できる限りのことはしよう」
「
「あ、ああ。あくまでも出来る限りだが」
しっとりとした優しい声で促すと、少々引きつったような笑みに変わりつつも頷くシュヴァルツ。
――これで言質はとれました。
「もちろん、無理難題は申しません。ただ、いくつかお願いしたいことがございます」
「何かな?」
「まず、舞台に出演するのは私を含めて五人にしようと思っております。私以外の四人の方を説得していただきたいのです」
私の言葉で、シュヴァルツ明らかに安堵したような表情に変わりました。
「俺からお願いしたんだ。それくらいは当然引き受けよう。で、その四人とは誰かな?」
「それはですね……」
脳裏に、四人の姿を思い浮かべ、満面の笑みを浮かべながら言葉を続けます。
「シュヴァルツ先輩、ヴァイス先輩、レイ先輩、そしてガウェイン君です」
「なっ……」
端整なシュヴァルツの顔が珍しく強張っていました。
リーゼロッテもエミリアも口をパクパクさせています。
ですが、一番驚いていたのは――。
「は、はいいいいいいい!?」
大声を出して
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