第83話 学園対抗戦編⑱
「シュヴァルツ・ラインハルト、見事な試合だった。全勝優勝おめでとう」
「ありがとうございます。優秀な後輩たちのおかげですよ」
公王の称賛の言葉に対して、シュヴァルツは私たちを見ながらそう答えました。
――ヴェラードとの試合の後。
戦意を根こそぎ喪失させるには十分過ぎるほどの、圧倒的な力の差を目の当たりにした聖ルゴス学院二人がシュヴァルツに敵うはずもなく、聖ケテル学園は六日目も勝利を収めました。
シュヴァルツがこの四年間で初めて試合に立ち、そして勝利した姿に刺激と感銘を受けたようです。
最終日の聖エポナ女学院戦では、ヴァイスとリーラが七日間で一番といってよいほどのやる気を見せて試合に臨みました。
こう言っては失礼かもしれませんが、ただでさえ化け物じみた強さを持つ二人です。
聖エポナ女学院にしてみれば悪夢のような時間だったでしょう。
為すすべもなく、試合開始の合図と同時にあっという間に決着が着くのですから。
見ているこちらが気の毒になってしまうほど、圧倒的な内容でした。
◇
こうして、全試合を完全勝利した聖ケテル学園の優勝を祝う式典が現在行われているというわけです。
場所は試合が行われていた会場。
観客席は一目見ようと、溢れんばかりの人で埋め尽くされていました。
横一列に整列した私たち一人ひとりに公王がお言葉を下さり、優勝の証である勲章を直々に左胸につけてくださるのです。
当然ですが公王は一人ではなく、直ぐ後ろには騎士団長であるディクセンと、元副団長のクラウディオが控えていました。
会場の四方にも騎士団員が等間隔で配置されているので、万が一の事態にも即座に対応出来ることでしょう。
こうしているあいだにも公王はヴァイスとリーラにも労いのお言葉とともに、ディクセンから渡された勲章を取り付けていきます。
シュヴァルツもでしたが二人も慣れたもののようで、緊張することなく応じていました。
そして次は――。
「リーゼロッテ・フォン・レーベンハイト、優勝おめでとう。よく頑張ったな」
「……もったいないお言葉です。有難うございます」
一見するといつもと変わらぬ表情をしているように見えますが、やはり少々気恥ずかしいのでしょう。
私の目に映るリーゼロッテの横顔は、赤みを帯びていました。
心なしか、公王の表情も柔らかいように感じます。
「さて、最後に――アデル・フォン・ヴァインベルガー、優勝おめでとう。素晴らしい試合だった」
「有難うございます。全てはシュヴァルツ先輩をはじめとした諸先輩方と、リーゼロッテ様、そしてここにはいない仲間たちのおかげです」
私の異能"英雄達の幻燈投影"は、ただそれだけでは何も意味がありませんし、役にも立ちません。
誰かの異能があってこそ、初めて私の異能は意味を為すのです。
私の異能は、私と関わった全ての人達のおかげということ。
感謝の気持ちを伝えるのは当然のことでしょう。
「そうか。本当に立派に――いや、ここではよそう。アデル・フォン・ヴァインベルガー。君には個人的にも
公王は目を細めて穏やかな笑みを私に向けると、勲章を左胸につけたのち、手を差し伸べてきました。
「期待ですか。なるほど」
公王の言われる"期待"とはいったいどちらの意味での"期待"かは迷うところですが、公の場ですし、ここは素直に応えるべきでしょう。
「では、楽しみにしていてください。きっとご期待にそうことになるでしょう」
「そうか! では、リーゼロッテとの婚約も――」
「コホン! このような場で言うべきではないと思います、お・と・う・さ・ま」
「うっ……そ、そうだな」
私の手をギュッと握り返して身を乗り出しかけた公王に、リーゼロッテが睨みながら言い放っていました。
気圧された公王は引き気味になりながら、コクコクと頭を振って後ずさっています。
このような様子を見ると、至って普通の親子にしか見えませんね。
◇
式典の数時間後。
今度はホテルの最上階で後夜祭が行われていました。
大会開始前の立食パーティーとは打って変わって、ホールは和やかな雰囲気に包まれていました。
当日まで代表としての誇りを胸に、熱戦を繰り広げてきた者たちにとって、順位が決定した勝ち負けに対する
しかし、今は長きに渡る激闘から解放されたばかり。
若い学生にとって、七日という期間緊張状態が続いた反動なのでしょう。
皆さん、他校など関係なく会話や食事をされているようです。
ただ、大会開始前と違うことが一つだけありました。
それは――。
「アデル、私の妹の、エステル・フォン・レーベンハイト。私より四つ離れているのだけど、会うのは初めてだったわよね。エステル、彼が私と同じ"五騎士"の、アデル・フォン・ヴァインベルガーよ」
髪色はリーゼロッテと同じ銀髪。
緩くウェーブのかかった髪をツインテールのようにしており、透き通るように蒼い双眼は垂れ下がっていて、何とも愛らしいお顔をされています。
「お初にお目にかかります、エステル様。アデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。お会い出来て光栄です」
そう言ってニコリと微笑みかけるも、ジッと見上げたまま、エステルは一言も発しませんでした。
リーゼロッテの後ろに隠れるようにして、彼女の服をギュッと掴んでいます。
「ちょっと、エステル。どうしたの? 挨拶なさい」
リーゼロッテがエステルを私の前に出そうとしますが、エステルはフルフルと左右に首を振ります。
ふむ。
ここは、エステルの気持ちになって考えてみましょう。
十一歳といえばまだまだ子供です。
対して私は、姉から婚約破棄を言い渡された身長も百七十センチ以上もある男。
比べて、エステルの身長は百四十センチあるかないか、といったところでしょうか。
そんな彼女にしてみれば、見下ろされることで妙な圧迫感や息苦しさを覚えるのかもしれません。
とりあえず私は、エステルの目線に合わせて腰を屈めてみることにしました。
「初めまして、エステル様」
「……初めまして」
小さな声でそう答えたエステルに、私は心の中で思わずガッツポーズをします。
やはり同じ目線で話すが正解だったようです。
「あの……」
「はい、何でしょうか?」
腰を落としたままエステルに笑いかけると、彼女は意を決したように口を開きました。
「アデル様は、お姉さまと結婚……しないのですか?」
「エステル!? 貴女なに言ってるのっ」
リーゼロッテが半分裏返った声がホールに響き渡ります。
ハッと我に返ったリーゼロッテは周囲を見渡しますが、幸いなことに気づいた者はいませんでした。
「アデル様とお姉さまは婚約なさっていたと聞きました。今は違うようですが……お父さまが、いずれまたそうなると仰っていたのを聞いたのです」
「なっ……まったくもう! あれほど私にお任せ下さいと言ったのに!」
リーゼロッテは改めて周囲を見渡しています。
モルドレッド学園長と和やかに談笑している公王の姿を捉えると、リーゼロッテの目に浮かんだ殺気が一際強まった――ような気がしました。
あれは恐らく"灼熱世界"を発現させるかどうか考えている眼です。
どちらにせよ、このままでは拙い――そう思っていたところに、ちょうど管弦の音が穏やかに流れ始めました。
これを使わない手はありませんね。
咄嗟にリーゼロッテに向かって手を差し出しました。
「リーゼロッテ様、よろしければ、私と一曲いかがですか?」
恭しくリーゼロッテに向かって作法通りに一礼します。
リーゼロッテは一瞬呆気に取られたような顔をしたものの、軽くため息を吐きました。
「よろこんで」
リーゼロッテも作法通りの一礼を返して、私の手を取りました。
ポジションにつく直前、エステルが
あの年頃の少女であれば恋愛に興味を持ち始める頃でしょうし、仕方ありません。
スローテンポなワルツに乗りながらステップを踏んでいきます。
微笑むリーゼロッテの顔が間近にありました。
「ごめんなさい、気を使わせてしまったわね」
「さて、何のことでしょうか。私はただ、リーゼロッテ様と踊りたかっただけですよ」
気を使ったのは確かですが、マリー達と街へ繰り出した日を除いて、ずっと張り詰めた状態でしたからね。
最後くらいはこうして穏やかに過ごしたかったのは本当です。
「ふふ、じゃあそういうことにしといてあげるわ」
そんな私の気持ちを汲んだわけではないでしょうが、両頬を染めながら小さくこくんと頷くリーゼロッテの顔は、今までで一番の笑顔を見せていました。
【学園対抗戦編】 (完)
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