第69話 学園対抗戦編⑤
一夜明けて、"学園対抗戦"一日目。
聖ケテル学園の代表である、シュヴァルツを筆頭とした私達"五騎士"は、試合会場の中央に立っていました。
左右に目を向けると、他の七つの参加校、聖ルゴス学院、聖タラニス学園、聖エポナ女学院、聖テウタテス学校、聖エスス学院、聖スケッルス学園、そして聖ケルヌンノス学校の代表選手が、同じく一列で整列しています。
会場は円形になっており、学園の演習場よりも遥かに広いことは比べるまでもありません。
三倍……いえ、この広さだと四倍近くはあるのではないでしょうか。
上を見上げると、雲一つない澄み切った青い空がどこまでも広がっています。
視線を少し下げると観客席。
周囲を軽く見回すと、人、人、人で埋め尽くされていました。
"学園対抗戦"の注目度の高さがうかがえます。
「観客席は満席のようですね」
「異能力者同士による試合は見た目も派手だし、迫力もあるからね。刺激が強いと思うかもしれないが、平和になった世の中では逆に興味を持つ者は多い。大半の人間は異能を発現出来ないわけだからね。自分が出来ないことに興味や憧れを持ち、興奮するのは人の
あまりの人の多さから思わず漏れ出た私の言葉に、シュヴァルツが反応しました。
平和な時こそ刺激を求める、ですか。
確かに前世でも、ボクシングや総合格闘技などは人気がありましたから、理解はできます。
自分と相手を重ねて、体験している気分を味わうといえばよいのでしょうか。
強い者に憧れるというのは、異世界であろうと変わらないようです。
観客席からは絶えず歓声が聞こえていました。
「試合形式はどういったものになるのでしょう?」
「それはもう直ぐ説明があるよ、ほら」
シュヴァルツが顔を向けた先を目で追うと、一区画にある大きな入口から一人の男性が姿を現しました。
私の父親であるディクセンです。
ディクセンの姿に、満員の観客が割れんばかりの歓声を上げました。
公爵家の当主でもあり、公国騎士団の団長ともなると、知名度も抜群なのでしょう。
ディクセンの方はといえば、歓声に応えるでもなくスタスタと歩みを続け、私たち選手の前に置かれた台の上に立ちました。
ディクセンが音もなく右手を上げると、歓声が収まり、会場内は静寂に包まれます。
「"学園対抗戦"に参加する各校の代表選手諸君。そして、才能溢れる選手の戦いを観ようと、やって来た観客席にいる皆様。伝統ある"学園対抗戦"へようこそ。私は公国騎士団団長、ディクセン・フォン・ヴァインベルガーだ。まずは、今年もこうして無事に開催出来ることを嬉しく思う」
マイクがあるわけでもないのに、ディクセンの声はよく通り、会場内に響き渡っています。
私たち選手だけでなく、観客席にいる全ての視線が自分に注がれているのを確認したディクセンは、言葉を続けました。
「初めて参加する選手や、観戦する者もいるだろうから、この場を借りて試合形式を伝えておく。試合はどちらかが五人とも負けるまで行われる。反則については、実戦形式を取り入れているので特に設けてはいない。が、ただ一つ、相手を死に至らしめる危険があると判断した時点で、試合は即終了。仕掛けた側の反則負けとする。また、勝ち上がり式ではなく、総当たり式とし、各校一日一試合ずつ、計七日間行い、勝利数が一番多かった学校を優勝とする」
ふむ、実に単純で分かりやすい試合形式です。
七日に分けているのも、魔力消費を考えてのことでしょう。
魔力はともかく、体力が七日連続で持つのかという疑問が残りますが、それは他校の選手も同じ条件ですからね。
「なお、今回は初日からユリウス・フォン・レーベンハイト公王陛下もご観戦される。皆、上の貴賓室に目を向けてもらいたい」
おや? 最終日だけと聞いていたのですが、初日から?
ディクセンの声に導かれるように、観客と各校の選手の視線が貴賓室に向いています。
私も同じように見上げると、そこにはリーゼロッテと同じく銀髪に蒼眼の男性が顔を覗かせていました。
観客席から一斉にユリウスを
年齢的にはディクセンとそう大して変わらないはずですが、端整な顔に静かな微笑を浮かべて手を上げて応える姿は、若々しいの一言。
観客席にいる女性から黄色い声が上がっていることからも、ユリウスの人気の高さがうかがえます。
ん? 離れているので分かりにくいですが、こちらを見て手を振っているような……?
「お父様ったら、恥ずかしいんだから……」
前に立つリーゼロッテが俯いていました。
肩が小刻みに震えているように見えるのも、気のせいではないでしょう。
そこでユリウスが何故、初日から観戦に来ているのかを理解しました。
――リーゼロッテを見るためですか。
彼女が"五騎士"になったという情報は出ていないはずですが……そういえばディクセンが用事があると言っていましたが、もしかしたらリーゼロッテのことを伝えに行ったのかもしれませんね。
公王といえども、自分の娘が代表として参加すると知れば、気にならないはずがありません。
ユリウスの姿が見えなくなると歓声は止み、視線はまたディクセンへと集まります。
「この七日間で、各校がそれぞれの伝統と誇りを賭けて戦い抜いてくれることを期待している。では例年通り、
ディクセンの言葉とともに、
騎士二人がかりで運ばれた大きな杯は黄金に輝き、中央部分には巨大な
なるほど、確かに聖杯と呼ぶに相応しい神々しさを感じますね。
聖杯は、ちょうど会場の中央に位置する場所に置かれました。
その聖杯を囲むように、各校の代表者一名ずつが立っています。
各々の手には、騎士団員から渡された松明が握られており、松明からは炎が上がっていました。
松明を掲げた八名の中の一人、シュヴァルツが一歩進み、聖杯に近づきます。
「我々選手一同、各校の伝統にのっとり、誇りを賭けて自身の持てる力の全てを出し切り、最後まで正々堂々と戦い抜くことを誓います」
シュヴァルツの選手宣誓と受け取れる言葉に続いて、他の七人も「誓います」と口にした後、彼らは一斉に松明を聖杯へ近づけました。
ボッ、という音とともに聖杯から勢いよく炎が上がると、観客席から耳を
老若男女関係なく、皆が拳を突き上げて声を上げていました。
「ここに、"学園対抗戦"の開会を宣言する!」
ディクセンが右手を上げて高らかに宣言すると、会場内の熱気は最高潮といってよいほどの盛り上がりを見せています。
いつの間にか私も右手を上げて叫んでいました。
会場内にいる、全ての人間の心が一つになった瞬間と言えるでしょう。
◇
現在、試合が行われるフィールド内にいるのは二校のみ。
私たち聖ケテル学園と聖タラニス学園です。
相手の中で知った顔と言えば、新人戦で引率者として来ていたゼノスくらいでしょうか。
双子のマーシャルとアルフレッドは、残念ながら選ばれなかったようです。
まあ、私やリーゼロッテが特殊な部類に入るのでしょう。
「ハーハッハッハ! シュヴァルツよ! 初戦からいきなり当たるとは残念だったなっ!」
「フフ、どちらが残念かは直ぐに分かるさ」
ゼノスの挑発じみた言葉に対して、微笑とともに同じく挑発で返すシュヴァルツ。
お互い目に見えない火花が散っているように見えます。
「ハーハッハッハ! 確かにそうだな! 今年こそは我が聖タラニス学園が勝ーつ! それで、初戦は誰が出る? 今年もヴァイス君かっ?」
去年と一昨年とヴァイスが先陣を切っているので、ゼノスは今年もそうだと判断したのでしょうが、残念ながら違います。
シュヴァルツは首を左右に振ると、私の肩をポンと叩きました。
「聖ケテル学園の初戦は、アデル君だ」
先鋒として紹介された私は一歩進み出ると、ゼノスに向かって一礼します。
「ほう――?」
シュヴァルツの答えが意外だったのか、ゼノスは高笑いしていた先程までとは打って変わって、細めた目で私をみつめていました。
彼には、新人戦の時に戦い方を知られていますからね。
まあ、あれからかなり経っていますし、他の方に口で説明したところで直ぐに対応されるとは思っていませんが。
「ハーハッハッハ! 面白い! なら、こっちはベルナード! 初戦はお前に任せる!」
「ハッ! 了解であります!」
ベルナードと呼ばれた青年は、ゼノスの言葉に敬礼で返しました。
キレのある動きは、まさに軍人のようです。
新人戦の時にも思いましたが、聖タラニス学園は軍事色が強い学校なのでしょうか?
ゼノスはベルナードの返事に満足しているのか、笑顔で頷いています。
「ベルナード君か。フフ、去年はヴァイスにあっという間に負けていたな。今年もそうならないことを祈っているよ」
「も、もちろんであります!」
シュヴァルツの言葉に食いついたベルナードが、血走った目で私を睨みつけてきました。
あの、試合前に相手を挑発するのはやめてください。
戦うのは私なんですから……。
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