第70話 学園対抗戦編⑥
「さて皆様、そろそろ試合を始めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
私を含めたその場にいる選手が一斉に声のした方へ顔を向けると、黒い燕尾服めいた格好に身を包んだ老年の男性が一人、優雅に佇んでいました。
――いったいいつの間に。
キッチリとした七三分けで整えられた白髪に、鼻下に綺麗に生え揃う口ひげも、当然ながら真っ白です。
レンズのフレームから紐が垂れ下がっている眼鏡を掛けており、首元にはネクタイ代わりと思われる赤いスカーフが巻かれていました。
手を後ろに組み立つ姿は美しく、老紳士といった出で立ちです。
「おっと、これは失礼いたしました。僭越ながら、ご挨拶させて頂きます」
呆気にとられている私達に、目の前の男性は胸に手を当て、
「
静かに頭を下げ、まろやかに微笑んだ老紳士と向かい合った私は、正直に言いまして何もかも嫌になりそうな気分でした。
たったこれだけの接触でも分かってしまうほど、隙のない立ち振る舞い。
軽輩などと仰っていますが、
男として、いえ……紳士としての完成度は、負けていると自覚せざるを得ません。
「こちらこそ、こうしてお会いできたのも何かの縁。若輩の身ゆえ、ご迷惑をお掛けすることもあろうかと思いますが、よろしくお願い致します」
他の皆さんに先んじて挨拶を返すと、クラウディオは一瞬だけ目を丸くしたものの、直ぐに柔らかい笑みを浮かべました。
「これはこれは。丁寧なお言葉、痛み入ります。加えてその所作、お若いのにしっかりしておられますね」
「クラウディオ様ほどではございません」
どちらともなく近づくと、お互いに手を差し出して握手を交わしました。
うん、この方とは何か近しいものを感じます。
「では皆様、対戦される方以外は入口付近までお下がりください。その後、観客席に座っているお客様の安全を確保するため、私の異能で結界を張らせていただきます」
「結界、ですか?」
「ええ。簡単に言ってしまいますと、ありとあらゆる攻撃を結界に触れた時点で全て無かったことにしてしまうといった効果がございます。当然、結界内からであろうと結界外からであろうとです」
なるほど、そのような異能が発現出来るのであれば、確かに審判にはうってつけの人物でしょう。
それに観客に被害が及ばないというのは、私としても安心できます。
いくら会場が広いといっても、何かの拍子で観客席に攻撃が飛んでいくことだってありえますからね。
クラウディオは私とベルナード以外が下がったことを確認すると、「『――――
一見何も変わっていないように見えますが、よく目を凝らしてみると、透明な薄い膜のようなものが会場内を覆っています。
「これでよし、と。さて観客席の皆様、場所によっては観戦しにくい方もいらっしゃるでしょう。ですが、ご安心ください」
クラウディオが会場内の一角を指差しました。
そこには特大サイズの画面があり、クラウディオと私に、ベルナードが映し出されています。
「こちらの画面から、選手の表情までしっかりと捉えることが出来ますので、見えにくいという方は画面をご覧下さい。まず先鋒は聖ケテル学園、アデル・フォン・ヴァインベルガー」
画面に私の顔がアップで映し出されました。
この会場内のどこかでアリシアやミシェル、それにマリーが見ているのですね。
まず始めに、右手を胸元に当てると、公王陛下に向かって敬礼します。
次に観客席に向かって柔和に微笑みながら、折り目正しく一礼しました。
無論、一方向に限らず、全ての観客席に向かってです。
お辞儀をするたびに何故か拍手と女性から歓声が上がるのですが、理由が分かりません。
まだ試合が始まってもいないというのに、変ですね。
続けてベルナードの紹介があり、彼も同じように観客席に向かって礼をします。
こちらは主に男性から応援の声が上がっていました。
未だにシュヴァルツの挑発が効いているのか、私を見据える瞳はギラついており、興奮しているように見えます。
あの状態で本来の力が発揮出来るのでしょうか?
疑問ではありますが、勝ち負けのある戦いですからね。
申し訳ないですが、手を抜くなどという選択肢はありませんし、そんなことをしてはベルナードにも失礼です。
「ベルナードさん、よろしくお願い致します」
「! よろしくであります!」
お互いに握手を交わし、一定の距離まで離れると、クラウディオが私とベルナードを交互に見つめてから右手を上げました。
「それでは、試合開始です」
「ふっ!」
開始の合図と共に、思い切り地面を蹴りつけ、ベルナードに向かって突進しました。
速度はまさに飛翔と見まごうばかり。
ベルナードは当然反応出来ていません。
十メートル近くあった間合いを詰め、驚愕の表情を見せるベルナードの胸椎に掌底を叩き込みました。
「がァ――っ!?」
初撃をまともに受けたベルナードは、後方に吹き飛びます。
先手はこちらが取りました。
ですが――。
「うおおおお! この程度で負けるわけにはいかないのであります!」
即座に立ち上がるベルナード。
ですよね。
ただの一撃で終わるような相手であれば、代表の一人に選ばれてなどいないでしょう。
「ベルナード・ゲシュペンスト! 聖タラニス学園の勝利のため、行くでありますッ!」
ベルナードが雄叫びをあげると同時に、彼の身体が光り始めました。
「『――
ベルナードの身体に卵型の物体が吊るされています。
数にして十個。
形を見たときにピンときました。
あれはもしや――。
ベルナードが吊るされた十個のうち二個を手に取り、私に向かって投げる素振りを見せました。
「『――――
私の声が会場内に響き渡った直後、右手にはレイの"雷を切り裂く剣"が握られていました。
ベルナードの手から今にも離れようとする卵型の物体。
――――遅いです。
レイの異能によって極限まで引き上げられた身体能力を駆使した私は、瞬きほどの時間でベルナードとの距離をゼロにします。
彼の両手からは卵型の物体が離れていますが、残念ながらその場所に私はいません。
目を見開いているベルナードの鳩尾に、剣の柄を思い切り打ち込むと、勢いよく吹き飛びました。
ベルナードが地面に叩きつけられるとほぼ同時に、卵型の物体も地面に接触します。
瞬間、地面が一気に爆発しました。
火山の噴火と見まごう威力に、思わず左手を上げて顔を守ります。
――やはり、手榴弾でしたか。
形からして恐らくそうだろうとは思っていましたが、それにしても凄まじい威力ですね。
流石は代表に選ばれるだけはある、といったところでしょうか。
ただ――。
ふらつきながらも何とか立ち上がるベルナード。
私は剣を握っていない左手を、彼にかざします。
「『――――英雄達の幻燈投影』」
直後、吹雪とともに氷山がベルナードの四方を取り囲みました。
一瞬で顔は青白くなり、ブルブルと身体を震わせ、唇も紫色に変わっていきます。
表情を見る限り、戦意は限りなく衰えているでしょう。
ベルナードも確かに強いことに変わりありません。
ですが、シュヴァルツ達と連日手合わせすることで彼らの戦いに慣れているせいか、どうにも物足りなく感じてしまいます。
シュヴァルツ達がいかに規格外の強さだったのか、改めて思い知らされました。
「ベルナードさん、どうでしょう。降参してはいただけませんか?」
言ってはみたものの、恐らく聞き受けてはいただけないでしょう。
何故ならば。
「こ、断るであります! 聖タラニス学園の代表としての誇りがあるであります! 意識がある限り、最後の最後まで抗うでありますッ!!」
力のこもった瞳で私を睨むベルナード。
――ですよね。
仮に私も同じことを告げられたら断ります。
代表として託された想いがあるのですから。
であるならば、少しでも早く勝負を決めるのみです。
ベルナードは震える手で残っている手榴弾を掴み、最後の力を振り絞るかのように、八個の手榴弾を私に向かって放ってきました。
手榴弾が私に触れる直前、左手を前に突き出すと、声高に叫びます。
「『――――英雄達の幻燈投影!』」
次の瞬間、先ほどよりも数倍激しい爆発音が、会場内に響き渡りました。
「こ、これで……どう、でありますかっ! ……なっ!?」
ベルナードの瞳は驚愕に包まれていました。
理由は簡単です。
ガウェインの"守護女神の盾"を展開した私が、無傷で立っていたから。
私は爆発が収まると、"守護女神の盾"と"永劫凍結の世界"を解除し、ベルナードに向かって地を蹴りました。
己の異能を全て防がれたショックと、"永劫凍結の世界"による身体能力の低下で、身体が思うように動かないベルナード。
彼が気づいたときには、私は既にベルナードの眼前を踏んでいました。
「最後まで意地を見せた気概はお見事でした。ベルナードさん、どうかよい夢を」
地面に崩れ落ちたベルナードに一礼すると、私は右手に持つ"雷を切り裂く剣"を、天に向かって空高く突き上げます。
「勝者――聖ケテル学園、アデル・フォン・ヴァインベルガー」
クラウディオの勝利宣言が引き金となり、観客席からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がったのでした。
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