第154話
ヴァイスがカエサルに向かっていくと思っていたガウェインだが、何故かその場から動かない。
「さーて、せっかく可愛い後輩がやる気をみせたわけだし、ボクも本気をだしちゃおっかなー」
その言葉に呼応するかの如く、今までカエサルの白銀の騎士と対峙していた十二体の"
え? 攻撃するんじゃないんですか?
思わず、そんな言葉が出かかったその時。
「まさか……ヴァイス! 貴様、あれをやる気か!?」
突然、ガウェインの後ろにいたリーラが目を見開いて大きく声を上げた。
ガウェインがびっくりした顔で振り返る。
学園に入学してから今まで、リーラの動揺した姿など見たことがない。
「リーラ先輩、あれって何ですか?」
「……本気か?」
リーラは答えず、ヴァイスに再び問いかける。
「出し惜しみしてる場合じゃないでしょ?」
「なら私の第二位階でもよかろう」
リーラの第二位階は発現までに時間がかかる。
だが、カエサルの一撃を防いでみせたガウェインの"
たかが試験ごときで、わざわざ手の内を見せる必要などないはずだ。
リーラはそう考えていた。
しかし、ヴァイスは首を振る。
「ボクも最初はそう思ってたんだけどね。でも、気づいちゃったからさ」
「何に気づいたと言うのだ?」
「それじゃあボクがつまらないってことにさ」
ガウェインが首を傾げている。
どうやら理解できないのは自分だけではなかったようだ。
リーラはホッと胸をなでおろす。
同時に、やはりヴァイスのような戦闘狂の思考回路は永遠に理解しえないものなのだろう。
そう思った。
「……ちっ。おい、今すぐヴァイスから離れろ」
ヴァイスがやる気である以上、近くにいるのは危険だ。
そう判断したリーラは、ガウェインに命じた。
「えっ!? ですが……」
ガウェインは戸惑いを隠せない。
先ほどヴァイスから任せると言われたばかりなのだ。
「さっさと来い。その盾は遠隔操作も出来るのだろう?」
「出来ますけど」
「だったらどこにいようと同じだ。どのみち盾を使う機会はない」
盾を構えて守るというのが騎士っぽくてカッコいいと考えるガウェインからすれば身も蓋もない言葉である。
それに盾を使う機会がないとはどういうことなのか。
三人がかりで苦戦していたのに、ヴァイス一人で援護もなくどうにかできるとは到底思えない。
しかし、今はカエサルとの試験中だ。
ガウェインはリーラに従い、ヴァイスの後ろに下がった。
「ていうかキミ、あれだけ喋っていたのに攻撃してこなかったね」
「隙が無かったというのもあるが、貴様の言う本気とやらに興味がわいたのでな」
「へえ……後悔してもしらないよ?」
ヴァイスを取り囲む"
「『ああ、私に触れようとする数多の愚かなる者よ。その願いが叶うことは永遠に訪れないだろう。さあ、可憐なる選ばれし愛しい乙女たちよ、恐れることは何一つない。私は貴女の友であり、また私自身である。さあ、勇気をもって立ち上がれ。貴女を傷つける者などいないのだから。私の中で永劫生き続けるがいい』」
ヴァイスが詠唱を続けている間、"
その光景は、ヴァイスが人間の魂を取り込んでいるかのようにも見えた。
最後の一体が消える。
「『――"
ヴァイスが詠唱を終える。
「いやー、待たせてごめんね」
あはは、とヴァイスが笑った。
つられるようにカエサルも笑う。
「それが貴様の第三位階か?」
「まあねー」
カエサルから見て、ヴァイスの姿は何も変わったようには見えない。
しかし、カエサルの勘が激しく警鐘を鳴らしていた。
見た目に騙されてはいけない。
純粋な子供のような笑顔を見せているが、得体のしれぬ雰囲気を纏っている。
「これを使うのも久しぶりだよ。まあ、使う必要がなかったって言った方が正しいけどね」
前提条件として高位の魔力が必要なのだが、その中でも第三位階まで発現できる者はごく稀だ。
つまり、基本的な能力も高いヴァイスなら、第二位階でほとんどの相手を制圧できる。
「光栄だ、とでも言った方がいいか」
「ふふーん、その減らず口がいつまで続くかなー」
カエサルの視界からヴァイスが消えた。
もちろん実際に消えたわけでなく、消えたと錯覚するほどのスピードで動いているだけなのだが。
一瞬でカエサルの背後に回ったヴァイスは拳を突き出して襲い掛かる。
「甘いわっ」
白銀の騎士が割って入り、鋭剣で迎え撃つ。
生身の人間と白銀の騎士。
どれほど異能で身体を強化していようとも、その戦力差は歴然である。
まともに対峙すればヴァイスが吹き飛ばされる。
だが、結果は思いもよらぬものだった。
ヴァイスの拳が白銀の騎士に触れた瞬間、無機質な悲鳴を上げて白銀の騎士が消えたのだ。
まるで、先ほどの"
「ハハハハ! 何とも興味深い異能だ。白銀の騎士を倒した? いや、違うな」
それならば、白銀の騎士を形成していた魔力がカエサルの元へ戻るはずだが、戻って来てはいない。
ならば、考えられる可能性としては一つだけである。
「俺の騎士を喰ったのか」
「心外だな~。ボクと一つになったって言ってほしいね」
「同じことだろう?」
「そうとも言うかな」
"
取り込むといっても容量は決まっているので、総量が増えるわけではない。
だが、異能者同士の戦いにおいて圧倒的に有利な異能であることは確かだ。
にもかかわらず、カエサルにはまだ余裕があるように見える。
それがヴァイスを苛つかせた。
「さあ、続きといこうか」
そう言って、再びカエサルに向かっていこうとしたのだが。
「いや、試験は終わりだ」
「えー、これからなのに何でだよー!」
ヴァイスが頬を膨らませる。
「これはお前たちの力を見極めるためのものだからな。そして十分に資格たり得ると判断した。もちろん、向こうの二人もだ」
「なんか納得いかないんですけどー」
「貴様が納得しようとしまいと俺が終わりだと言えば終わりだ」
カエサルは残っていた白銀の騎士を解除して、その場を後にした。
「フッ――わざわざ来た甲斐があったというものだ」
カエサルは小さな声で呟いた。
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