第153話 俺の後ろに攻撃は通さん

「――嘘」


 その結末を見せつけられて、リーゼロッテは瞠目していた。

 有り得ない、こんなことは。

 あの二人は学園で、いや、公国でも五指に入るであろう異能の使い手だ。

 第一位階での攻撃とはいえ、彼らの攻撃をまともに受けて平然と立っていられるはずなどない。

 それはリーラと直接戦ったことのあるリーゼロッテが一番理解していた。

 入学したばかりではあったが、たった一度の攻撃で負けてしまったのだから。


「リーゼ、二人の攻撃はカエサル様に当たっていませんよ」

「えっ!? でも……」


 言って、リーゼロッテはちらりとアデルを見る。


「もう一度、よく見てごらんなさい。見えるはずです」


 言われるがままに、リーゼロッテは外にいるカエサルへと視線を戻す。


「あっ!」


 そこで、ようやく銀色に輝く腕がカエサルを守っていることに気付く。

 そういえば、アデルの攻撃もカエサルには届かなかった。


 リーゼロッテの顔が曇る。


 どれだけ戦闘能力が高かろうと、攻撃が当たらなければ意味がない。

 ならば、初めから彼らに勝ち目などないではないか。


「大丈夫ですよ」


 アデルがリーゼロッテの頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫って……勝てるって言うの?」

「いえ、難しいでしょうね」

「だったら!」

「落ち着いて下さい。カエサル様は力を示せと仰ったのですよ」

「そうね」

「つまり、必ずしもカエサル様に勝つ必要はないということです」

「どういうこと……?」


 リーゼロッテは首を傾げた。


「見ていればきっと分かります」


 そう言ってアデルはもう一度リーゼロッテの頭を撫でたあと、視線を外へ向ける。


 学園中の視線が降り注ぐ中、戦いは激しさを増していた。





 完璧なタイミングだった。

 一息で間合いを詰め、無防備なカエサルに攻撃を仕掛ける。

 勝利を確信したヴァイスとリーラの攻撃は、確かにカエサルを捉えていた。

 捉えてはいたが、カエサルの体にまでは届いていなかったのだ。


 異能を発現した直後は、ほんの僅かだが隙ができる。

 それは、ヴァイスとリーラであっても例外ではない。

 

「ちっ!」


 ヴァイスの顔が引きつる。

 相手はカエサルだ。

 この致命的な隙を逃すとは思えない。


 その考えは正しい。

 カエサルはただ、ゆっくりと左手を振った。

 それだけだ。

 にもかかわらず、ヴァイスとリーラは後方へ吹き飛ばされた。

 二人は直ぐに立ち上がる。


「動きは悪くない。事前に防御したか」


 カエサルは嗤う。


「笑っていられるのも今のうちさ」


 ヴァイスがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ほう、何を見せてくれるというのだ?」

「すぐに分かるよ」


 ヴァイスは即座に"戦死者を選定する乙女"を発現すると、十二人の電気人形が姿を現す。


 カエサルが左手を振ろうとした。

 しかし、それはかなわない。

 なぜなら。


「人形で俺の動きを止めるか。考えたものだ」


 数体の電気人形がカエサルを拘束している。

 身動きの取れなくなったカエサルは、それでもなお余裕を崩さない。

 

「お前の名は何と言ったか」

「――ヴァイスだけど」

「褒めてやるぞ、ヴァイス。どうだ、俺のモノにならないか?」

「イヤだね……っていうか、この状況でよくそんなことが言えるね、キミ。ボクからも一つ忠告してあげるよ。痛い目を見る前に降参したら?」

「は、ははははは! なんだ、もう勝ったつもりか? それは傲慢というものだぞ」

「どっちがだよ。身動き一つできないのに」


 思わずヴァイスはツッコミを入れてしまう。

 

「ふん。だから傲慢だというのだ」

「なんだって?」


 カエサルは薄い笑みを浮かべたかと思うと、声高らかに叫ぶ。


「制覇せよ『――白銀の軍団レギオン』!!」


 カエサルの周囲に白銀の騎士が現れる。

 その数は電気人形と同じ十二体であった。

 白銀の騎士はカエサルを拘束していた電気人形をつかみ、引き剥がす。

 引き剥がされた電気人形と白銀の騎士は、互いに睨み合う形となった。


「さて、これで数は貴様の人形と同じになったな。ここは力比べといくか」


 そして、白銀の騎士が電気人形に襲いかかる。


「舐めないでもらいたいね」


 ヴァイスに呼応するように電気人形が動き出す。


「いっくよー」


 電気人形から放たれた拳撃は空気を歪に引き裂きながら、白銀の騎士へと迫る。

 息もつかせぬ速度の連撃、怒涛の滅多打ち。

 徐々に彼我の距離を詰めていく姿は、主人たるヴァイスの生き写しである。 


 対して白銀の騎士は寒々しいまでの闘気を湛えて、静かにそれを迎え撃つ。

 仮面を被った無機質な顔は、眼前を逃げ場なく埋め尽くした無数の攻撃を前にしても不変。

 どれほどその身に受けようとも、たじろぐことはない。


 攻守は切り替わる。

 今度は白銀の騎士が、研ぎ澄まされた鋭剣を振るうべく、電気人形に直進する。

 その突撃に触れれば、電気人形の体などいとも容易く吹き飛ばされることだろう。

 だが、白銀の騎士の攻撃は電気人形に届かない。

 悉く躱し続けている。


 己が位階を解き放った二人の戦いは拮抗の様相を呈していた。

 その趨勢がどちらに傾くのかは見ている者たちには分からない。

 しかし、対峙している本人たちが現状を一番よく理解していた。


 数の上では、ヴァイスとカエサルは同じ土俵に立っている。

 しかしそれでは五分止まりだ。

 となれば後は、技の面。

 純粋な力量のせめぎ合いということになる。

 実に単純明快な話だ。

 実力で勝るほうが勝つ。


「まいったね……」


 癪ではあるが、ここでの劣勢をヴァイスは認めざるをえなかった。

 当たれば終わりの電気人形に対して、白銀の騎士はどれほど攻撃を食らおうともビクともしない。

 ヴァイスの異能によって発現した電気人形だが、基本的な戦闘能力において、カエサルの白銀の騎士に劣ると判断したのだ。

 ヴァイスは戦闘狂ではあるがその実、相手の力量を見抜く力もずば抜けて高い。


 このままではいずれ負ける。

 ヴァイスはそう考えていた。


 だけど、リーラの第二位階なら――。


 ヴァイスはリーラに視線を向ける。

 視線に気づいたリーラが小さく頷く。


 問題は……。

 リーラの第二位階は発現までに時間を要する。

 ただし、決まれば確実に相手の動きを止めることができる、不可避の一撃だ。


「ふん。俺を前に余所見とはな。隙だらけだぞ?」


 すぐ傍で声が聞こえた。

 

「なっ!?」


 いつの間にか、カエサルがヴァイスの眼前に近づいていたのだ。

 カエサルの野獣めいた眼光が、ヴァイスを捉える。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――この距離は、間違いなくヤバい!

 ヴァイスの本能が危険であると警鐘している。

 この場に留まっていては負けるという、後ろ向きな予想に囚われてしまう。

 ヴァイスの顔が強張る。


「まずは一人目だ」


 カエサルが左手を振り上げ、そしてそのまま薙ぎ払う。

 白銀の魔力の流れが、白銀の腕を幻視させた。

 白銀の腕が、ヴァイスを吹き飛ばす。

 そのはずだった。


 しかし、ヴァイスは無傷だった。

 

「俺がいるかぎり、誰も傷つけさせはしないっ」

「……ほう?」


 ガウェインが"守護女神の盾アエギス"を発現させ、カエサルの一撃を防いだのだ。


「ヴァイス先輩、俺が盾になりますから先輩は攻撃だけに専念してください。どんな攻撃だろうと一撃たりとも通させはしません!」

「……本当に任せてもいいの?」

「はいっ!」


 ガウェインの言葉に、ヴァイスはフッと笑みを溢す。


「おっけー。じゃあ任せるよ――ガウェイン」

「っ!? はい、任せてください!」


 互いに頷き、そして正面を向く。

 そこには不遜な態度を崩さないカエサルがいた。


「さあ、来い」


 第二ラウンドが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る