第152話 見極めてやろう、は強者にのみ許された言葉

「――――」


 その瞬間、一気に教室内にいた生徒の心と体が強張ったように見えました。

 もちろん、私もです。


「戦うとは、つまりカエサル様が試験官を務められると?」

「うん? それほどおかしなことでもなかろう。奴があの場にいる時点で予想はついておるだろうに。それとも、遠く離れた帝国から未来の配下となるべき者へ労いの言葉でもかけにやって来たとでも思っておるのか。いや、奴ならそれもあり得るかもしれんな」


 「フハハハ」とシャルロッテは声高らかに笑っていますが、聞いている私たちの方はまったくもって笑うことができないでいました。

 

 カエサル・デル・ヴァルダンブリーナ。

 ヴァルダンブリーナ帝国の第一皇子にして、他者を圧倒する強大な異能"覇者の左手レギオン"の使い手でもある彼が、ガウェインたちと戦う。

 

 カエサルの姿が見えた段階で想像していなかったわけではありません。

 ただ、彼の行動には読めないことが多すぎるのです。

 "国別異能対戦"の時も、まだまだ余力を残していたにもかかわらず自ら負けを宣言していましたし。

 今回はいったいどんな目的で試験官の役目を買って出たのでしょうか。


「本当であれば、余が試験官として戦う予定だったのだがな。どこで聞いたのか、いきなりやってきたと思えば『俺が見極めてやろう』と言い出しおった。まったく困った奴よ」

「その割には困っていらっしゃるようには見えませんが」

「アデルにはどのように見える?」

「失礼かとは存じますが、面白がっていらっしゃるように見えます」

「フハハハ、その通りだ」


 まるで悪びれることなく腰に手をあてるシャルロッテ。

 

「ちょ、ちょっと待って!」


 そこへリーゼロッテが口を挟みます。


「なんでシャルが私とアデルの護衛を決める試験官なのよ?」

「なに、教国では余もリーゼたちと行動を共にするのだ。ならば、護衛の力量を知っておくのも悪くないと思ってな」

「……本当は?」

「面白そうだからに決まっておる!」

「まったく、もう……」


 シャルロッテの言葉に呆れたのか、リーゼロッテは手で顔を覆ってしまいました。


 ふむ、ガウェインは前に戦っていますが、ヴァイスとリーラは初めてです。

 シャルロッテを相手に二人がどう戦うのかは私も興味がありますね。

 とはいえ、試験官をカエサルにバトンタッチしているということですから、叶わぬ夢ですが。 


 しかし、カエサルが試験官ですか。


 ガウェインたちの前に立ち、腕を組んで不遜な笑みを浮かべるカエサルを窓から見つめます。

 直接対戦した私には、彼の力量がいくらか読めます。

 あくまでいくらか、ですが。


 そして結論――尋常ではありません。

 カエサルはただ立っているだけで、異能を発現していません。

 それなのにガウェインだけでなく、ヴァイスやリーラですらカエサルをジッと見つめて警戒しているのです。

 まるで、少しでも気を抜けばやられてしまうと感じているかのように。


「ねえ、試験って具体的には何をするつもりなのかな?」

「俺と戦ってもらう」

「へぇ」


 カエサルのその一言を聞いた途端、ヴァイスは獰猛な笑みを浮かべました。

 

「君とは一度りたいと思ってたんだよね。それで合格の条件はなに? 君を倒せばいいのかな」


 犬歯が剥き出しになるほど口角を上げるヴァイスの表情は、カエサルを挑発しているようにも見えました。

 いえ、実際挑発しているのでしょう。

 

「は、ははははは!」


 ですが、カエサルはヴァイスの挑発には乗らず、ただおかしそうに笑っていました。


「どうして笑っているのかな?」

「フフ。いや、俺に対してそのような大言を吐く者がまだいるとは思わなかったものでな。つい笑ってしまった、許せ」

「――へぇ」


 同じ「へぇ」でも今回の「へぇ」はニュアンスが明らかに違いました。

 遠目からでも分かるくらい、ヴァイスの身体から雷電が迸っています。


 うん、間違いなく怒っていますね。


 カエサルの言葉が癪に障ったのか、リーラも氷のような冷たい眼差しを向けています。

 ヴァイスとリーラ、二人の間に挟まれているガウェインだけは小動物のように様子を窺っていました。

 

 聖ケテル学園の誇る"白騎士"と"紫騎士"の、殺気がこめられた視線をまるで意に介さず、ニヤリと嗤うカエサル。

 

「悪くない。試す価値はありそうだ」


 どこまでも上段からの物言いを崩しませんね。

 

「アハハ――どっちが試す側か教えてあげるよ。ねえ、リーラ」

「ああ。おい、貴様もしっかりしろ」

「え? は、はい!」


 リーラに話を振られたガウェインはハッとした表情を浮かべて、構えました。


「いいぞ。アレを相手にするのだ、それくらいの気概がなければまるで話にならん」

「アレ?」


 ヴァイスが聞き返します。


「試験に合格したら教えてやろう。さあ、お前たちの力を示してみろ。俺が見極めてやる」


 そう言うと、カエサルは組んでいた腕をゆっくりと解きました。

 それが、最終試験の開始を告げる合図だったようです。


「まずは小手調べだ。全てを掌握せよ――」


 攻撃がくると危険を感じたのでしょう。

 ガウェインは慌てて後ろに跳び退けました。

 

 ヴァイスとリーラは――下がっていない!?


 二人は後ろに下がるのではなく、カエサルに向かっていきました。

 攻撃される前に攻撃をしかける、先手必勝というやつです。


「凍てつく檻の中で震えろ、『――――永劫凍結の世界ニヴルヘイム!』」

「さっさと終わらせちゃうよ、『――――雷鳴の轟きヴォルスンガ・ブリッツ!』」


 ヴァイスとリーラは己が持つ第一位階を発現しました。

 期せずしてではありますが、結果としてタイミングは完璧に近い連携です。

 二人の攻撃は標的であるカエサルを完全に捉えていました。

 そう、紛れもなく二つの攻めは命中した――はずでした。


「なかなかいい連携だ、褒めてやる」


 にもかかわらず、カエサルに効いている様子は微塵も見えません。

 先ほどと同じ笑みを浮かべたまま、平然とその場に立って二人の攻撃を受け止めていました。

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