第138話 おいしいところは持っていくスタイル

「し、侵入者はどこだっ!?」

「くそっ、煙で何も見えねぇ!」


 倉庫内はあっという間に怒声一色に染まりました。


「まさか、もうこの場所がバレたっていうのか!!」


 いまだ錯綜している男たちの声と気配を頼りに、彼らの中心位置まで疾走します。

 できる限り注意をこちらに引きつける必要がありますからね。

 私に目が向けられれば向けられるほど、ノインが安全にアイリスを助けることができるのですから。

 

「いきなりお邪魔して申し訳ございません。こちらにいらっしゃる方を迎えに参りました」


 爆風が収まり始めたのを見計らって、丁寧にお辞儀をしました。

 私の言葉が理解できなかったのか、黒づくめの男たちは大きく目を見張っていました。

 人間、思いもよらぬ行動を目にすると呆気にとられてしまうといいますが、今の彼らがまさにそんな状態です。


 ふむ、思っていたよりも数は少ないようですね。


 ぐるりと倉庫内を見渡します。

 中にいたのは七人。

 皆さん等しく黒づくめの格好をしています。

 

 アイリスは――居ました。

 

 倉庫の一番奥の木で出来た椅子に座らされており、身体はロープで身動きが取れない状態になっています。

 顔には殴られたような痕もありませんし、衣服が乱れた様子もありませんが、拘束された状態は痛々しく見えました。

 

「アデル、様!?」

「はい。遅くなってしまい申し訳ございません。すぐお助けしますので、もう少しだけお待ち下さい」


 安心させるべくニッコリと微笑みながら言った私に、アイリスは愕然としたものの、すぐにコクりと頷きました。


「逃すわけないだろう!」


 我に返った黒づくめの一人が、ナイフを片手に飛び込んできました。

 ですが、ただ真っ直ぐに突っ込んできただけの攻撃など、当たるはずがありません。

 繰り出された一撃を半歩身を引いて避けると、ナイフを持っている手首目掛けて手刀を振り下ろします。

 ゴキっという鈍い音を立てたかと思うと、男は握っていたナイフを落とし、その場に蹲りました。


「ぐああっ!?」

「このような危険な物を人に向けてはいけないと、両親に教わりませんでしたか?」


 じろりと睨みつけると、男たちは一斉に後退りました。

 後ずさったところで逃げ場などないのですが。

 ですが、ちょうどいい具合に全員が私に目を向けています。

 

「ち、近づくなっ!」

「教皇を盾にするんだ!!」


 黒ずくめの一人がアイリスに近づこうと振り返りますが――。


「いやぁ、それは無理っスね~」


 いつの間にかアイリスの傍らにたたずんでいたのはノインでした。

 驚愕している男たちには目もくれず、ノインは私の方を見ました。

 

「お願いします」

「任せて欲しいっス。『――空越える伝令の翼カドゥケウス』」」


 アイリスの肩に触れながらノインがそう呟くと、椅子ごと二人は姿を消しました。


「なっ!?」

「消えた……!」


 キョロキョロと周囲を見渡す黒づくめたち。

 あっという間の出来事に頭が追いついていないようです。

 

「さて、これで私の目的は完了したのですが……」


 ビクッと肩を震わせたのは一人だけではありません。

 恐る恐る、といった感じで視線を私に向けました。

 

 ノインによってアイリスという人質が解放された以上、この場にいる必要はありません。

 ですが、このまま立ち去った場合、またアイリスに危険が迫る可能性は否定できないところです。

 それどころか、今度は更に人数を増やして彼女を狙うことすら考えられます。

 そんなことを許すほど私は愚かではありません。


「二、三お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 アイリスを連れ去って何をしようとしたのか、拠点はどこにあるのか、そして黒づくめたちの首謀者は誰なのか。

 まぁ、目の前の彼らが知っていることなど殆どないかもしれませんが、少しでも情報が手に入れば上々です。


「走れっ! 一人でもいいから逃げるんだ!」

「う、うおおおおおお!!」


 黒づくめたちが一斉に入口に向かって走り出しました。

 

「申し訳ありませんが、どなたも逃がすわけにはまいりません。『――――英雄達の幻燈投影』」


 発現したのはクラウディオの"母なる聖域"。

 六人は必死で入口に向かおうとしますが、見えない壁に遮られ進むことができません。

 

「なっっ!?」

「諦めていただけましたか?」


 これ以上抵抗するようであれば、実力行使で大人しくしていただく必要があります。

 すると、黒ずくめの一人が両手を上げました。


「降参だ。大人しくするよ」

「ご理解いただけたようで感謝致します」

「ただし……俺達・・だけだがな」


 俺達だけと言っても、六人とも"母なる聖域"内に閉じ込めていますし――いえ、六人ではありませんでした!

 

 咄嗟に振り返ると、最初に無力化したはずの男がいつの間にか入口から外へ出ようとしています。

 

 このままでは逃げられてしまいます!

 

 直ぐに追いかけようとしたのですが、何やら男の様子がおかしい。

 入口で立ち止まったまま微動だにしません。


「おい、どうした! さっさと逃げろっ」

「そら無理や」


 するりと男の横を通り過ぎて姿を見せたのは、ゼクスでした。

 

「ウチの異能をモロにくらいよったからな、しばらくはこのままやで」

「な……」


 その場に崩れ落ちうな垂れる男たちを眺めて満足げに頷くゼクス。

 

「ゼクスさん、助かりました」

「行く前に言うたやろ、フォローするってな」


 まさかこういう事態も想定していた?

 いえ、それよりも――。


「あの、はじめからゼクスさんの異能を使っていればすぐに救出できたのでは?」


 ゼクスの異能であれば、多人数にも効果があったはずです。

 

「確かにウチの異能を使えばあっという間に終わったやろうな」

「でしたら」

「せやけど、アデルくんがやる気になっとったからな。水を差すんも悪いと思ったんや」

「……」


 確かに……。

 もっと早く気づくべきでした。

 ゼクスは私の肩をポンポンと叩き、笑いながら言葉を続けます。


「そんな落ちこむ必要はないで。無事に教皇はんを助けることもできたし。こうして賊を全員捕まえることもできたしな」

「そう、ですね」


 ゼクスの言うとおりです。

 過程はどうあれ、当初の目的であるアイリスを救出できたのですから良しとしましょう。

 失敗は成功のもととも言いますし、次に繋げればよいのです。


「ほな、せっかくこうして捕まえたことやし……知ってること洗いざらい喋ってもらおうか」


 黒ずくめを見つめるゼクスの目が怪しく光ったような気がしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る