第139話 触れるな危険
「アデルくん、一旦異能を解除してくれんかな?」
「それは構いませんが……解除したと同時に六人ともそちらに向かっていきますよ?」
「構わへんよ」
「承知しました」
軽く手を振るゼクスに対して短く頷くと、黒づくめたちを囲っていた"母なる聖域"を解除しました。
自分たちを遮っていた壁が無くなったと分かった男たちは、一斉に入口に向かって走り出します。
「どけぇ!!」
入口でたたずむゼクスに突撃し――近づく寸前で、目に見えて減速しました。
六人ともゼクスの前で立ち止まると、肩の力が抜けたかのようにだらんと手が下がり、その場に立ち尽くしています。
「ええ子や、ほんなら皆向こうで一列に並んでくれるか」
ゼクスの声に頷いた黒づくめたちは振り返り、倉庫の中央付近まで歩くと、言われたとおり横並びに整列しました。
男たちの瞳はみな虚ろで焦点が合っていません。
「これでよし、と」
「あの、大丈夫なのですか?」
不安になった私はゼクスに問いかけます。
「ん? 何が」
「いえ、大人しくなったのはよいのですが、皆さんの目が……」
どう見ても普通の状態には見えません。
そんな私の問いかけに、ゼクスは小さく苦笑いしました。
「仕方ないんや。色々喋ってもらおうと思ったら、異能を強めにかける必要があるんよ」
異能に強弱をつけることができるとは驚きです。
シュヴァルツやレイのような物質系の第一位階では難しいでしょうが、リーゼロッテの異能であれば威力の調節が出来るかもしれません。
「ほな、まずは教皇様を攫った理由を聞いてみようか」
ゼクスは黒づくめたちの前まで歩み寄ると、瞳をうっすらと開けました。
「なあ、教皇様をこんなところに連れてきて何をしようとしてたんや?」
「……教皇の魔力を我らの神に捧げるためだ」
「我らの神っちゅうんは」
「"クリファ"様だ」
ゼクスの表情が険しくなりました。
「近くにおるんか?」
「いや、今はまだ眠っておられる」
「眠っている? ……どこでや?」
「あそこだ」
男が上を指さしました。
天井……のはずはありません。
ということは、恐らく空を指差しているのでしょう。
空に浮かぶものということは――赤い月?
「赤い月に"クリファ"が眠っているっちゅうんか?」
「……そうだ」
男は焦点の合っていない目で頷きました。
黒づくめの言っていることが本当であるのなら、人々を絶滅の危機へと追いやった"クリファ"は赤い月で眠っており、起こすためにアイリスの魔力を捧げようとしていたということになります。
「ちなみにどうやって魔力を捧げるつもりやったんや?」
確かに。
赤い月で眠っているという"クリファ"にどうやって魔力を送るのか、非常に気になります。
「これを使って魔力を集めるんだ」
すると、男は徐ろに懐から何かを取り出しました。
透明な珠です。
「これは魔力を持つ相手に直接触れることで、魔力を強制的に吸い取るものだ。魔力がたまると真っ赤に染まる」
「あぶなっ!」
ゼクスは男が持っていた珠に触れようとしていた手を物凄い勢いで引っ込めました。
あのまま触っていたら、ゼクスの魔力は吸い取られてしまっていたでしょう。
「珠をある場所に持っていくことで……"クリファ"様に捧げることができる」
「ある場所っちゅうんはどこや?」
「知らない」
「はあ? 知らんわけないやろ」
ゼクスの言葉に男は左右に首を振りました。
「我々は教皇を連れ帰る、それが無理なら魔力を吸い取ってくるように命じられただけだ」
「命じられたやと? 誰に?」
彼らに命令した人物こそ、今回の黒幕に違いありません。
「それは……分からない」
「分からんわけあるか! 命令されたんやろ」
「確かに命じられた。……だが、誰に命じられたのか、思い出せん……」
「思い出せんやと――まさか!」
ゼクスが何かに気付いたようです。
男たちの目を見たかと思うと、軽く舌打ちをしました。
「いったいどうしたのですか?」
「こいつらが思い出せんのはな、ウチと同じことをされとるからや」
「ゼクスさんと同じこと――異能をかけられていたということですか!?」
人の数だけ異能は存在しています。
異能を使える者は限られているとはいえ、同じような異能を持った人間がいたとしてもおかしくはありません。
「はなから失敗することも計算に入れとったんやろな、周到なヤツや」
そう言って頭を掻きながら盛大な溜め息を吐くゼクス。
やはり、そう簡単に黒幕まで辿り着くことはできませんか……。
「ま、敵の狙いが分かっただけでも良しとするか。それに、ウチと同じ異能を持っとるヤツがおることも分かったことやし」
「その珠はどうしましょうか」
男が手に持っている珠を指差しながらゼクスに問いかけます。
珠の性質を考えると扱いに困るところです。
「せやなぁ……ウチの異能が効いてるうちはそのまま持たせとけばええんちゃう?」
「そうですね」
袋もなければ入れ物もないこの場所ではどうすることもできませんからね。
「アデル様!」
「終わったっスかー?」
アイリスとノインが入口から姿を現しました。
「ええ、一通りは」
「お怪我はありませんか? 私が捕まってしまったばっかりに……申し訳ございません」
申し訳なさそうな顔をしているアイリスに私は微笑みかけます。
「お気遣いいただきありがとうございます。このとおり傷一つ付いておりませんのでご安心ください。それと、悪いのは襲撃してきた者たちなのですから、アイリス様が謝る必要はございませんよ」
「せや」
「そうっス」
私の言葉にゼクスとノインが頷くと、アイリスは「ありがとうございます」と言って、屈託のない笑みを浮かべました。
「一件落着したことやし、姫さんとこに戻ろか」
こうして無事にアイリスを救出することに成功した私たちは、黒づくめたちを連れて倉庫を後にしました。
早くリーゼロッテに無事な姿を見せなければいけませんからね。
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