第3章 五騎士選抜編
第43話 五騎士選抜編①
九月になり、新たな"
空から降り注ぐ日差しはまだ強く、日中は汗ばむほどですが、夜は幾分涼しくなってきており、季節の移ろいを肌で感じます。
学園での一日の課程を終えた私は、学生寮へ戻るべくいつものメンバーと廊下を歩いています。
「「アデル様、さようなら!」」
「はい、さようなら」
廊下のすれ違いざまに声をかけてきた女子生徒二人組に、挨拶を返すと「キャ~! アデル様に話しかけちゃった!」と、興奮した様子で足早に駆けて行きました。
――最近は多くなりましたね。
海に行ってからでしょうか、"アデル親衛隊"の方達が、今のように挨拶をしてくることが増えてきたように感じます。
海――楽しかったのですが、女性を助けた後が大変でした。
リーゼロッテは終始機嫌が悪かったですし、エミリアとミーシャ、それにエリカはずっと興奮していましたし。
助けた女性とは当然何もありません。
そもそも、そのようなつもりで助けたわけではないのですから。
戻ってからはシュヴァルツがミーシャとエリカと共に、写真のデータを確認し、一枚一枚「これは良し、これは却下」と選別をしたそうです。
却下と言われた中には、私が女性に人工呼吸をしている写真もあったとか。
写真を見ただけでは、人工呼吸をしている以外にも受け取られてしまう可能性がありますから、シュヴァルツの判断は正しいと言えるでしょう。
シュヴァルツが取った行動はそれだけではなく、良しとした写真も印刷する枚数を限定し、最終的にデータを処分させるという徹底ぶり。
シュヴァルツ曰く、「アデル君の写真は持っているだけで人を駄目にしてしまう可能性がある」と仰っていましたが、何のことやら。
「大人気ですね、師匠!」
「そうですか?」
ガウェインがキラキラした瞳を私に向けていますが……ん~。
好意を寄せてくださっているのは、彼女達の目を見れば分かるのですが、それが何故なのか理由が良く分かりません。
私など、どこにでもいる一人の男子学生に過ぎないのですがね。
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、不意に後ろから私を呼び止める声が。
「ああ、アデル君。済まないが、夜に学生寮のリビングルームに来てくれるかな? 君に話しておきたいことがあってね。そうだな、リーゼロッテさん達も一緒に来て欲しい」
「シュヴァルツ先輩。それは構いませんが、ここでは話しにくいことでしょうか?」
眉を少し下げて「そうなんだ」と言いながら、困ったような表情を見せるシュヴァルツ。
代表選考会に関わることでしょうか?
私たち一年生を全て呼ぶくらいですから、重要なお話なのでしょう。
「承知しました。では夕食後に集まれば宜しいでしょうか?」
「それで構わない」
片手上げてその場を去るシュヴァルツに一礼します。
はてさて、一体どのようなお話なのでしょうね。
◇
その夜、夕食を摂り終えた私たちはフィナール寮のリビングルームへやってきました。
既にシュヴァルツは来ており、中央にある椅子に腰掛けています。
後ろにはヴァイスとリーラが立っており、これから話される内容が重要なものであることを再認識しました。
シュヴァルツは私たちを視認すると、微笑みを湛えながら口を開きます。
「よく来てくれた。さあ、遠慮せずに座ってくれ」
「失礼します」
腰が沈み込むような感触の椅子に腰を下ろしました。
と、シュヴァルツが後ろを振り向き、リーラに目配せをします。
リーラは一つ頷くとその場を離れ――やがて私たちとシュヴァルツの前に湯気の立つ紅茶を注いだカップを運んできてくれました。
立ち昇る湯気から漂う
ガウェインなどは待ちきれないのか既に涎を垂らす始末。
「ではいただくとしようか。君たちも飲むといい」
「いただきます」
シュヴァルツの合図とともに、皆一様にカップを手に取り口をつけて熱い紅茶を喉に流すと、次いで感嘆しました。
「うまい!」
「兄さんたら大声を出して……確かに美味しいけど」
「ええ、本当に。お城でもこれほどのものは飲めないわ」
三人の言葉に、私も思わず同意の頷きを返します。
入学式の夜にもいただきましたが、本当にリーラの紅茶を淹れる腕前は素晴らしいですね。
そんな私たちの反応を前にして、リーラは無表情ですが静かに目礼をして下さいました。
ほんの僅かですが口元に笑みを浮かべているので、きっとまんざらでもないのでしょう。
「フフ、気に入ってもらえたようで何よりだ。うん、相変わらず見事だ、リーラ」
「恐れ入ります」
軽く頭を下げるリーラ。
あ、今度は目元が緩んでいますね。
先程よりも喜んでらっしゃるようです。
「では、まず何から話すかな」
静かに私たちを見回してから、音もなく立ち上がったシュヴァルツは、窓の外に浮かぶ赤い月を眺めながら呟きました。
「回りくどい話は俺の好むところではない。単刀直入に結論からまず言っておこう。明日、隣国であるオルブライト王国から、三人の留学生を迎え入れることになった」
「明日、ですか?」
「そうだ、急遽決定したようでね。学園長から我々"五騎士"に通達があった」
急遽としてもいきなり過ぎる気もしますが……おや?
リーゼロッテの顔が何やら優れませんがどうかしたのでしょうか?
「リーゼロッテ様、どうかされましたか?」
私の言葉にハッとした表情になるリーゼロッテ。
その後、美しい眉根を寄せつつ、口を開きます。
「シュヴァルツ先輩、学園長がわざわざ"五騎士"に通達するほどの留学生……私たち、いえ、主に私に関係のある人物がやって来るのではないですか?」
その問いにシュヴァルツは無言で頷くと、リーゼロッテは頭を抱えるような仕草をしました。
リーゼロッテに関係のある人物とは一体?
「学園にやって来る三人の留学生の内、一人は王族だ」
「王族!? あ、申し訳ありません」
ガウェインが大声を上げて立ち上がりますが、直ぐに謝りながら椅子に座ります。
シュヴァルツは苦笑しつつ、片手を上げて頷きました。
「ガウェイン君が驚くのも無理はない。通常、王族のような国にとって重要な人物が留学を認められる事は無い。優秀な異能力者を国外に出すことは、国益を損なうことに繋がりかねないんだ。今回は極めて異例なことだと思ってほしい」
皆が一斉に頷きます。
王族ともなればリーゼロッテと同じく、"英雄"の血を引く方ですからね。
優秀な異能力者であることは間違いないでしょう。
ですが、それならば――。
「じゃあ、今回は何故認められたんですか?」
私が思っていたことと同じ質問をしたのはエミリア。
そうです。
それほどの重要人物であれば、公国側も王国側もかなり神経をすり減らす案件のはず。
一体誰が?
「留学を提案してきたのは王国からだ。君達は知らないかもしれないが、オルブライト王妃は、レーベンハイト公王の妹にあたる方でね。そのご令嬢である第一王女直々に公国の、しかもこの学園に留学したいと申し出たそうだ」
それはそれは。
確かにリーゼロッテの関係者ですね。
しかも第一王女が行きたいと言っているのであれば、簡単に突っぱねるわけにもいかないでしょう。
という事は、残る二人は護衛といったところですか。
別の意味で神経をすり減らしそうな気もしますが。
リーゼロッテに目をやると、彼女は頭を抱えたまま「やっぱり……」と唸っています。
「年齢は君たちと同じで今年十五歳。クラスは当然フィナールだから、アデル君達に期間中は王女の学友として色々お世話をして欲しい、と学園長からの要望だ。期間は二週間と短いが、代表選考会とも被っている。くれぐれも気をつけてくれ」
「承知しました」
中々重要な任務ですが、こちらにはリーゼロッテも居ますし、何とかなるでしょう。
「有難う。王女達は明日の朝に到着されることになっている。校門前に集合ということでよろしく頼むよ」
シュヴァルツの言葉に頷くと、そのまま解散となりました。
「はあぁ……」と大きな溜息を吐くリーゼロッテが、どうしてそこまで憂鬱な顔をしているのか。
その時の私には知る由もありませんでしたが、答えは直ぐ訪れました。
◇
――翌朝。
シュヴァルツ達と共に校門前で待っていると、一台の大きな黒塗りの電磁車がこちらへとやって来ます。
校門前で音も立てずに停止すると、自動的に車の扉が開き、中から一人の少女が降りてきました。
「余、
腰に手を当て、私達に向かってハッキリと宣言する目の前の少女に、私を含め皆、目を見開いてしまっています。
リーゼロッテのみ、「変わってないわね……」とゲンナリした表情になっていました。
「姫さん、それじゃよう分かりませんわ」
「皆さん呆気に取られてるっスよ」
「む、そうか?」
続いて降りてきた二人の男女が少女に話しかけています。
彼らの様子を見るに、どうやらこれが少女にとっていつもの行動みたいですね。
「すんませんなぁ、ウチんとこの姫さんは何と言いますか、少し変わってますねん」
「少しだけっスかね?」
「お前は黙っとれ、ノイン」
「はいっス。お口チャックにしとくっス」
そう言って口にチャックをするような仕草をする女性。
何ともお茶目な女性です。
「ほら、姫さん。もう一度ちゃんと自己紹介せな」
男性に促された少女は「うむ!」と言うと、一歩前に出て、胸に手を当てると、大きな声で宣言しました。
「余の名前はシャルロッテ・ウル・オルブライト。シャル様と呼ぶがいいぞ! 二週間と短い間ではあるが、余は退屈を良しとせぬ。たった一度きりの人生だ、互いに楽しくやろうではないかっ」
そう言って目を細め、華やかな笑みを浮かべました。
その深い碧の瞳は、常緑樹の葉を連想させる濃い緑。
頭の後ろに纏め上げた波打つような黄金の髪は美しく、整った美貌はまさに女神のようです。
身長はリーゼロッテよりもやや低いくらいでしょうか。
「中々強烈な人のようね……」
「元気なのは良いことだ。そうですよね、師匠!」
エミリアとガウェインが口々に感想を漏らしていますが、ガウェイン、元気であれば必ず良いというわけではありませんよ。
「相変わらずね、シャル」
「む! リーゼではないかっ。久しいな」
「リーゼとは呼ぶなって何度も言っているでしょう……」
「そうであったか? うむ、忘れてしまったわ、フハハハハ!」
「はあ……もういいわよ、リーゼで」
ガックリと肩を落とし、疲れたように大きな溜息を漏らすリーゼロッテ。
彼女のこのような姿を目にするのは珍しいです。
っと、私としたことがいけません。
スッとシャルロッテの前に歩み寄ると、彼女の手を取り、その場に跪きます。
「お初にお目にかかります、シャルロッテ様。私、アデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。二週間という短い間ではございますが、困ったことがあれば私を含め、何なりとお申し付け下さい」
「ほお、其方がアデルか」
手の甲に口づけしながら挨拶をした私を見たシャルロッテは、興味深そうな目をしてジッとこちらを見つめています。
かと思えば、私の周りをグルグルと歩き始め、「ふむふむ」と何度も頷きました。
「うむ! 話には聞いていたが、実際に見るとやはりまた違うものであるな。うむ! 決めたぞ」
話に聞いていた?
一体誰から?
発言の意図が掴めず少々混乱している私の前で、シャルロッテは腰に手を当てると、笑みを浮かべると、更に驚きの言葉を告げたのです。
「アデルよ。其方、余の婿になる気はないか?」
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