第44話 五騎士選抜編②
「アデルよ。其方、余の婿になる気はないか?」
シャルロッテの一言によって、場が一瞬で静まり返りました。
――婿? 私が?
「シャルロッテ様――」
「シャル様で良いと言ったであろう」
「……では、シャル様。私の聞き間違えでなければ、婿にならないかと言ったように聞こえたのですが」
「うむ! 言ったぞ」
「婿とは、私が貴女の夫としてオルブライト王家に入るということで、お間違えないでしょうか?」
「それ以外に何かあるのか?」
深緑の大きな瞳で、こちらを見つめながら小首を傾げる様すら絵になるシャルロッテ。
どうやら聞き間違いではないようです。
まさか、初対面でいきなり求婚されるとは思いませんでした……おや?
リーゼロッテがワナワナと肩を震わせています。
「シャル! 来て早々何を言っているのか、貴女分かっているの?」
「うん? もちろん理解しておるぞ。求婚だ」
「求婚だ、って貴女……」
「別に構わぬであろう? アデルには婚約者はおらぬと聞いておるぞ。違うか?」
「ぐぬぬ……確かにいないわよ」
シャルロッテの言葉に対して言い返すことが出来ないリーゼロッテは、唸ることしかできない様子。
一国の王女ともあろう者が、「ぐぬぬ」と言うのはどうかと思いますが。
しかし、やはり気になりますね。
「シャル様、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「許す。申してみよ」
「有難うございます。私とシャル様は初対面のはずなのですが、シャル様の発言から察するに、私のことを以前より知っていらしゃったご様子。どこで私のことをお知りになったのでしょうか?」
そう、私とシャルロッテは正真正銘の初対面です。
ましてや、他国の王女である彼女がどうやって私のことを知ったのか。
私としてはどうしても聞いておきたいことでした。
「何だ、そんな事か。それはな、ゼクスから――むぐっ」
「いやあ~、すんません! ちょっと失礼しますわ」
シャルロッテの口を手で塞いだのは護衛の男性。
彼はシャルロッテを抱えたまま、小走りで私たちから十メートルほど離れました。
何やら言い争っているようですが、一体何なんでしょうね?
時間にして二、三分ほどで二人は戻ってきました。
「すんませんなぁ。姫さんがアデルはんのこと知ったんは、王妃様からですねん」
「王妃様から、ですか?」
「そうなんですわ。ほら、ウチんとこの王妃様と公国の王様は兄妹ですやん。で、リーゼロッテ様が婚約した話や、流れてしもうたって話を王妃様が聞いてたそうで、それを姫さんも聞かされて知ったっちゅうわけですわ。な、姫さん?」
「うむ、そのようだ」
「そのようだ?」
「姫さん!」
「あ、いや、そうなのだ!」
何ともしどろもどろな返事をするシャルロッテですが、有り得なくはない話です。
王族といえど、兄妹であればお互いの子供の話くらいはするでしょうし。
護衛の男性が説明したというのは疑問が残りますが。
と、そこで今まで黙っていたシュヴァルツが一歩前に出て、静かに口を開きました。
「すまない。俺の方からも一つ質問があるんだが――ああ、王女にではなく、護衛の二人にだ」
「――ウチらで答えられることであればええんですけど」
「なにっスか?」
「今から数ヶ月前にこの学園に賊が侵入した。二人組の男女で、ちょうど君達二人に似た話し方をしていたんだが、心当たりはないかな?」
数ヶ月前というと、デリックが起こした事件ですか。
この二人がまさかその時の首謀者?
シュヴァルツの鋭い視線が二人の男女に突き刺さるのを感じます。
周囲の空気が焼け付くような緊張感が漂う中、視線を向けられた本人達はシュヴァルツの視線に怯むことなく、平然と見つめ返していました。
「全く覚えがないっスね。先輩はどうっスか?」
「いやあ、ウチも全く覚えがないわ。そもそも、ウチらは姫さん専属の護衛をしとる。姫さんから離れようもんなら、国王様からどつかれてしまいますわ。この世には自分と似た人間が三人はおる言いますから、他人の空似とちゃいますか」
「……そうか。その言葉に嘘偽りは?」
「ないですわ」
「ないっス」
三人の睨み合いは数秒、もしかしたら数十秒続いたかもしれません。
やがて、シュヴァルツは細めていた瞳をフッと緩め、唇の端を吊り上げたかと思うと、二人に向かって軽く頭を下げました。
「分かった。その言葉を信じよう。疑うような真似をしてすまなかった」
「いやいや、構いませんわ」
「気にしてないっス」
緩く手を振り、応える護衛の二人。
何かを隠しているように思えなくもないのですが、確証が無く相手も否定している以上、シュヴァルツも振り上げた拳を下ろすしかなかったようです。
「うむ! 話は終わったようだな。で、アデルよ。余の婿にならぬか?」
そんな何とも言えない空気を台無しにするシャルロッテの一言に、場の空気は弛緩しました。
目の前の少女はやはりというべきか、かなり変わった方のようですね……。
「ちょっと待ちなさい!」
待ったをかけたのは、先程までずっと唸っていたリーゼロッテでした。
「なんだ、リーゼ。話の腰を折るでない。其方とアデルは婚約しておらぬのだろう? 余とアデルの仲を引き裂く権利はないであろう」
「仲を引き裂くって、付き合ってすらいないでしょう……シャル! 貴女はどうしてアデルを婿に欲しいのよっ」
リーゼロッテは、ファンタジーに出てくる
せっかく美しい顔をしているというのに台無しです。
ですが、私としても気になるところですね。
他国の王女が私を婿に欲しがる理由……考えられるとすれば、やはり世界最高と言われる魔力でしょうか?
客観的にみて、私の魔力量は価値があると言えるでしょうし。
「どうして、か。余の口からわざわざ言わねば分からぬのか?」
「分かるはずがないでしょう!」
「ふむ、アデルを見れば一目瞭然だと思うのだがな。答えは簡単だ。それは――」
「それは?」
「美しいからだ!」
「「はい?」」
リーゼロッテと私は思わず間抜けな声を上げてしまいました。
彼女の表情はぽかんとしたものになっていますが、私も似たような顔をしているでしょう。
「余は美しいものが大好きだ! 風景であれ、物であれ、人であれ、人生であれ、余は美しいと感じるもの全てが好きだ。先ほどアデルを見たときに感じたのだ。『美しい』と!」
両手を空高く広げて、高らかに宣言するシャルロッテの顔からは、冗談を言っているようには思えません。
呆気に取られていたリーゼロッテでしたが、こめかみを押さえながら大きく深呼吸すると、いつもの表情に戻りました。
「……シャル、何を考えているの?」
「リーゼからそのような言葉が出るとは珍しいな。だが、其方は余のことを良く知っておるだろう」
「……そうね。貴女は美しいものを愛でるのが何よりも好きだったわね。それが今度はアデルだとでも言うつもり? シャルだって王女なら婚約者がいるでしょう?」
「おらぬ」
リーゼロッテの問いにキッパリと否定するシャルロッテ。
――おかしいですね。
国は違えど王族であれば幼い頃から婚約者、もしくは婚約者候補がいるはず。
現にリーゼロッテにも"元"が付きますが、私という婚約者がいました。
「そ、そんなはずはないでしょう! 少なくとも、婚約者候補を何人も紹介されているはずよっ」
「そんなもの、全て断ったに決まっておるだろう。余が美しいと感じることが出来ない者など、婚約者にするつもりも添い遂げるつもりも――断じてない!」
清々しいくらいハッキリと言い切りましたね。
胸を張るシャルロッテを前に、リーゼロッテは地面に突っ伏してしまいました。
何度か、拳を握りしめては「頑張るのよ、私」と呟いている辺り、もしかしたらストレスでも溜まっているのかもしれません。
今度、ストレス発散に効果のある呼吸法でも教えて差し上げるとしましょう。
「む? どうしたリーゼ。その様な姿、王女の振る舞いではないぞ」
「貴女のせいでしょ! 全く。はぁ……アデル。それで貴方の答えは?」
リーゼロッテは立ち上がると、全身に疲れが回ったような溜息を一つ。
それから彼女は肩の力を抜いて、私を見上げながら尋ねてきました。
シャルロッテも私の答えが気になるのでしょう。
目を輝かせながらこちらを興味深そうに見つめています。
何とも答えづらい状況ですが、私の答えは一つしかありません。
「シャル様のような美しい淑女に求婚されるのは、大変光栄なことではございますが、お受けすることは出来ません」
腰を折って丁寧に頭を下げると、シャルロッテは信じられないといった驚きの顔をしていました。
「何故だっ!」
「シャル様に美しいものを好まれるという信念がありますように、私にも譲れぬ信念がございます。それを汲んで頂ければと存じます」
私の信念という言葉に、シャルロッテも思うところがあったのでしょう。
腕を組むと目を瞑って、考えるような素振りを見せています。
「むう……信念か。それを言われると余も否とは言えぬ。よかろう。だが、一つ聞いておきたいことがある」
ホッとしたのも束の間、聞きたいことがあるというシャルロッテに続きを促します。
「其方の信念とやらに、余が当てはまる可能性はあるか?」
「は?」
「今の時点で、余がアデルの信念に叶うものではないことは理解した。だが、今後もそうとは限らぬであろう?」
ニヤリと笑みを浮かべるシャルロッテは、自信に満ち溢れた視線をこちらに向けています。
いやはや、何とも豪胆な御方ですね。
「そうですね。今後、シャル様が私の信念に当てはまる可能性はもちろんございます」
頷きながら答えると、シャルロッテも「うむ!」と一つ大きな頷きを返しました。
「ならば良い。いずれ――いや、この二週間でアデルの気持ちをガッチリ掴んでみせる故、覚悟しておくのだぞっ」
そう言って微笑むシャルロッテは王女の気品漂う、気高き花のようでした。
「……シャルが暴走しないように監視しないと」
隣で呟くリーゼロッテの声が、やけに力が入っているように感じたのは気のせいでしょうか?
ともかく、こうしてシャルロッテ達の出迎えは終わったのでした。
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