第5話 入学初日②

「全く……貴方があのアデルだなんて、今でも信じられないわ」

「そう仰られましても事実ですので」


 未だに疑いの眼差しを向けてくるリーゼロッテに、私は苦笑するしかありません。

 面影ならいくらでもあると思うのですが。

 

 あの後、リーゼロッテに何度も問い詰められてしまい、入学式が行われる講堂に入った時には、殆どの席が埋まった状態でした。


 この学園では入学式だからといってクラス別に席が決まっているということはないようです。

 回廊の奥にある受付で渡された学生証にクラスが書かれており、魔力量によってクラスが振り分けられているそうです。


 下から順にプリメロ、クインタ、ウルティモ、フィナールの四クラスあり、私は異能を発現出来ないにもかかわらず、魔力量の多さ故にフィナールに入っていました。

 リーゼロッテもフィナールだそうです。


 正直いって分不相応な振り分けをされてしまった感が否めないのですが、同じクラスの皆さんの迷惑にならないように気をつけるとしましょう。


 一緒に講堂まで来た手前、リーゼロッテの隣の席に座りました。

 ほどなくして式が始まりましたが、異世界であろうとこういった行事の内容は概ね変わらないようです。

 来賓の挨拶に、在校生の祝辞、新入生の答辞に学園長の挨拶。


 この中で驚いたことは二つ。

 一つは、答辞がリーゼロッテであったということ。

 どうやら彼女は今年の新入生の中で最も優秀な学生のようです。


 もう一つは、学園長の挨拶ですね。

 学園長の名前はモルドレッド・フォン・ローエングリン。

 美しい白銀の長髪に切れ長の瞳。

 一見すると優男にしか見えないのですが、パンフレットによるともう直ぐ五十歳だとか。

 一体どのようにしてあの肌を保たれているのか不思議でなりません。


 モルドレッド学園長は終始一貫して、異能の可能性というものについて仰られていました。


「異能にはまだまだ私達の知らない可能性が秘められている。可能性だけが人々に夢を与え、世界を変えるのだ。未踏に挑むことには誰しも戸惑いを感じるだろう。しかし、未知を恐れずに進んだ者にこそ英雄への道が開かれるのだ」と。


 何故かは分かりませんが、私の心にストンと入り込んできました。

 具体的に何が、と問われると答えることが難しいのですが。

 ただ、今の私に相応しい言葉だと思ったのは確かです。

 モルドレッド学園長の言葉を締めとして、式は終わりました。





「アデル。フィナールの学生寮に行くわよ。ついて来なさい」

「あの、リーゼロッテ様。一つ宜しいですか?」

「何かしら?」

「私とリーゼロッテ様は確か婚約を破棄したはず、ですよね?」

「そうよ。それが何か?」

「……いえ、何でもございません」


 ――恐らく彼女の中では、婚約破棄したことで一度完結しているのでしょう。

 後に引きずらないというのは、いっそ清々しくあります。

 しかしながら、一つ気になることを言われておりましたね。


「リーゼロッテ様」

「全く……今度は何かしら?」

「申し訳ございません。私の聞き間違いでなければフィナールの・・・・・・学生寮と仰いましたか?」

「えぇ。言ったわよ。それがどうかしたのかしら?」

「つまり、フィナールの学生寮は一つ、ということでしょうか?」

「そうだけれど?」


 何ということでしょう! 

 私は紳士であると自負しているので、万に一つも過ちを犯すような事はありませんが、若い少年少女がひとつ屋根の下で共同生活を送るなどとは……。


「リーゼロッテ様!」

「は、はい!」

「貴女は淑女として、ひとつ屋根の下に男女が一緒に生活することに対して、何か思うところはないのですかっ!」

「え……?」

「第一王女という身分であらせられる貴女の身に何かあれば、国王様も王妃様もきっと悲しまれるでしょう」

「あの……アデル?」

「何ですか?」

「確かに学生寮は一つだけれど、ちゃんと男女で東棟と西棟に分かれていて、寝食は別々になっているのよ?」

「……そ、そうでしたか。私としたことが早とちりをしてしまったようですね」


 流石にひとつ屋根の下で、というのは学園の風紀を乱すことに繋がりかねません。

 もしそうであるならば学園長に直談判するところでした。

 大きく安堵の溜め息を吐く私を見て、リーゼロッテが笑みを浮かべます。


「何かおかしなことでもありましたか?」

「うふふ、いいえ。何もないわよ」


 そう言って、ニコニコしながら先に進むリーゼロッテ。

 はて、何が何やらさっぱりですね。

 しかし、淑女であるリーゼロッテを先に歩かせるわけにはいきません。

 足早に歩き、リーゼロッテに追いつきます。


 しばらく道なりに進むと、空気の色まで変化を見せ始めました。

 異世界に迷い込んだように、唐突に視界に出現した空間に軽い驚きを得ます。


 ん? 異世界に転生したのに、異世界に迷い込んだとはおかしな表現かもしれませんね。

 しかし、目の前の光景はそれほどのものだったのです。


 そこは――花の園。

 一面に鮮やかで色とりどりの花が咲き誇っていました。

 薔薇にチューリップ、クレマチスにマリーゴールド。

 異世界なので実際には違う種類かもしれませんが、どれも見たことのある花ばかりでした。

 辺りに満ちた芳香でむせ返りそうになるほどです。


 しかもその全てが見事に手入れされており、普通の者であればそのまま圧倒されかねない程のものでした。

 これほど見事な花園は見たことがありません。

 リーゼロッテも同じようで、目を奪われてしまっているのか、私の隣りから一歩も動く気配すらありません。


 ――その気持ち、分かります。


 暫しの間、美しい花園に見とれていたのですが、不意に似つかわしくないものを発見してしまいました。


「む。あれは――ちょっと失礼致します」

「え? アデル? 一体何を――」


「プリメロごときがウルティモである俺に指図するんじゃねぇよ!」

「同じ新入生でしょ! 魔力量が多いからってだけで、一体アンタがどれだけ優れてるって言うのよっ」


 花園の入口近くから見えた光景は、少女に襲いかかる獣の如き――。

 言い合う影は二つ。

 小柄な少女と、大柄な少年でした。


「へっ! いいだろう。俺とお前でどれだけ違いがあるか教えてやるよっ――うぉッ!?」


 唐突に、大柄な少年がバランスを崩してその場に前のめりに倒れます。

 もちろん、大柄な少年が倒れかけたのは何かに躓いたわけではなく、小柄な少女に襲いかかる前に私が軽く崩しを仕掛けたからなのですが。


「ってぇな! テメェ、いきなり何しやがるッ!」


 吠えてきた大柄な少年は、荒々しく粗野な感じを隠そうともしていません。

 乱暴な言葉遣いがそのまま表情にまで滲み出ているかのように、私を睨みつけています。


 小柄な少女が同じ新入生と言っていたので、彼もそうなのでしょう。

 それにしては私よりも十センチ以上大きいでしょうか。

 体格も巌のようにゴツく、いかにも何かやっていますという感じがしますね。

 私は、さり気なく小柄な少女の前に立ちます。


「これは申し訳ございません。何やら騒々しいご様子でしたので。このような美しい場所では言い争いをするのではなく、静かに花を愛でることこそ相応しいと思いませんか?」

「……何言ってんだ、テメェ」

「おや? 花はお嫌いですか?」

「んなことは聞いちゃいねぇんだよっ‼︎ 邪魔すんならテメェも――」


 と、そこへ遅れてリーゼロッテが現れます。

 

「アデルっ。いきなり走り出してどうしたの――って、これはどういう状況かしら?」

「げっ!? リーゼロッテ、様。これは……ですね。その――」

「そこの少年と少女が何やら言い争いをしておりました。少年が少女に襲いかかろうとしたのが見えたので、急ぎ仲裁に入った次第です」

「テメェ……!」

「それは本当なのかしら? だとしたら、この国の第一王女として見過ごすことは出来ないわ」


 リーゼロッテの身体が炎を纏ったかのように揺らめき、熱くなっていきます。


 ふむ、リーゼロッテの異能は炎に関係しているようですね。


 冷静に分析する私とは反対に、大柄の少年はダラダラと冷や汗を流しています。

 己との力量差を肌で感じているのでしょう。


 しかしながら、目には敵意が残っているように感じます。

 このくらいの年頃の男の子というのは、頭ごなしに言ったところで簡単に聞きはしません。

 その場では止めても必ず後で再燃します。

 完膚なきまでにやられて初めて理解するのです。

 私がそうでしたからね、間違いありません。


 ですが、その役を王女であるリーゼロッテに任せる訳にはいきません。

 こういう時こそ紳士たる私の出番です。


「リーゼロッテ様。異能を止めて下さい。彼のお相手は私がします」

「え……? でも、アデル。貴方は異能が使えないんじゃ?」

「あぁ? 異能が使えないだと?」


 リーゼロッテの一言に、大柄な少年の形相が変わりました。

 

「えぇ。私は確かに異能を発動する事は出来ません。ですが何の問題もありません。――少年、貴方のお名前を教えていただけますか」

「少年って、テメェも同じ歳だろうが……デリックだ。デリック・アルヴァーン。テメェの名前は?」

「私ですか? 私はアデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。以後、お見知りおきを」

「アデル、だと? くっ、ははは! あの無能の落ちこぼれかよっ! ――言っとくが俺は公爵家様だろうと手加減なんぞしねぇぞ?」

「構いませんよ。むしろ手加減なんてされる方が困ります。そうですね、仮に私が怪我を負ったとしても、ヴァインベルガー家には一切手出しはさせないとお約束しましょう」

「言ったな? そこまで言った以上、後悔すんじゃねぇぞッ!」


 ――その言葉が開始の合図と言わんばかりに、デリックが驚くべき俊敏さで私に飛びかかってきました。

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