第17話 学園生活の始まり⑧
未だ止むことのない歓声の中、レイに向かって折り目正しく一礼すると、立ち尽くしたままのレイに近づきます。
「レイ先輩、手合わせして頂き有難うございました」
一言告げた後、その場を後にしようとしたのですが――。
「ま、待ってくれ!」
そんな私をレイが呼び止めます。
「……いつからだい?」
「いつ、と仰いますと?」
「異能の再現条件に気づいたタイミングだよ。アデル君はいつ、気づいたんだい?」
「それは俺も気になるな」
「シュヴァルツ先輩」
レイの問いかけに同調したのは、いつの間にか私達に近づいていたシュヴァルツでした。
シュヴァルツの瞳は真っ直ぐ私を見据えており、興味を持たれているのをヒシヒシと感じます。
「最期の突撃――俺の目にはアデル君が確信を持って、レイに向かって行ったように見えたんだが、違うかな?」
「流石シュヴァルツ先輩ですね。確かに私は、ある程度確信を持ってレイ先輩に向かって行きました」
シュヴァルツとレイの視線が言葉の続きを促すかのように、ジッと私を見つめていました。
私は説明を続けます。
「少なくとも私の異能は、相手の異能を見ただけで再現出来るほど単純なものではないだろうと思っていました。仮に見ただけで再現出来るのであれば、リーゼロッテ様の異能やリーラ先輩の異能、ヴァイス先輩の異能だって見たことがあるのですから、再現出来るはずです。しかし当然のことながら、お三方の異能を再現することは出来ません。であれば、シュヴァルツ先輩の異能を再現出来た時との違いは何か、そこを考えたのです」
「違い?」
シュヴァルツの言葉に頷きを返します。
「えぇ。意識を失う寸前、私の手はシュヴァルツ先輩の創り出した『正統なる王者の剣』に触れていました。触れた瞬間、身体の内側から何かが溢れ出るような感覚に襲われたのを微かに覚えていたのです」
いつの間にか歓声は収まり、皆の視線が私に向けられていました。
感嘆、驚愕、羨望、そして畏怖。
様々な感情が入り混じったような視線を一身に受けた私は、軽く肩を竦めます。
「その……身体の内側から何かが溢れ出るような感覚というのは?」
レイが私の言葉に首を傾げつつ、疑問を投げかけてきました。
「そうですね……具体的に説明するのは難しいのですが、それでも敢えて言うのであれば、異能を解析して読み取る、とでも言うのが一番しっくりくるでしょうか。そして読み取った異能が、情報として私の中に瞬時に流れ込んでくるといった感じですね」
「そして、読み取った情報を元に異能を創造して再現する、といったところか。なるほど、言い得て妙だな」
「恐れ入ります」
シュヴァルツの言葉に私は軽く一礼して返します。
「その事を覚えていた私は、レイ先輩の『雷を切り裂く剣』に触れようと思ったという訳です。結果は――この通り、考えが合っていたので安心しました」
未だ右手に握っている"雷を切り裂く剣"を持ち上げながらニコリと微笑むと、シュヴァルツは笑みを浮かべ、レイは驚きから感嘆の表情へと変わっていきました。
「そこまで考えていたとは素晴らしい。どうだろう、また手合わせ願えるかな?」
「えぇ、勿論です」
差し出されたレイの手を取り、握手を交わしてお互いに笑いあいます。
「ちょ~っと待った! レイ先輩? 次はボクがアデル君とやるんだからね! 続けての手合わせはダメだよッ」
いつの間にか近づいてきたヴァイスがレイに釘を刺します。
ヴァイスのヴィスクドールのような端整な顔がプリプリと怒る様は、年上と分かりつつも微笑ましいものがありました。
「もちろん分かっているとも。まずはヴァイス。その次にガウェイン君だったな」
「ウン、それならいいんですよ。アデル君、次はボクとだからね?」
レイの言葉に瞬時に機嫌を直したヴァイスは私に振り返ると、天使のような笑みを浮かべて言いました。
あまりに素早い身の変わりように、私は思わず苦笑気味に嘆息しつつも返事を返します。
「分かっております。ですが、今日はもうおしまいですよ?」
「え~? やろうよ~。ヤりあおうよ~」
ヴァイスが今度は頬を膨らませて、まるで駄々っ子のような表情をしながら身を乗り出してきました。
……えーと、この方は一応先輩、のはずですよね?
後、何やら不穏な言葉に聞こえたのは私の気のせいでしょうか?
勢いに押されている私に横から助けが入ります。
「ヴァイス。アデル君はまだ異能に目覚めてまだ二日目だ。そんなに無理を言うものではないぞ」
「むぅ……。でもシュヴァルツ様。アデル君の魔力量はボクらと比べて段違いに多いんでしょ? それなら多少連戦しても問題ないと思うんだけど――」
「ヴァイス」
真顔でヴァイスに目を向けるシュヴァルツ。
声色こそ穏やかなものでしたが、その漆黒に濡れた眼は全く笑っていません。
それどころか怪しく光っているようにさえ感じ、得体の知れない恐ろしさがこみ上げてきます。
私がそう感じるくらいなのですから、直接向けられているヴァイスは……チラッと顔を覗くと、どうやら引きつっているようですね。
まぁ、気持ちは分かりますがご自分の発言が原因ですからね、流石にかばいようがありません。
やがてヴァイスは両手を上げました。
降参のポーズのように見えなくもありません。
「分かった、分かりましたよ。今日は大人しく諦めま〜す。でも! 明日は絶対にボクと手合わせしてもらうんだからね!」
そう言って、上げた両手の内、右手で私を指差しながら叫ぶヴァイス。
私はヴァイスの仕草に緩く微笑しながら頷きます。
「承知しました。ヴァイス先輩、明日の手合わせ、宜しくお願い致します」
そう言って手を差し出すと、ヴァイスの表情はパァっと花が咲きほこったかのような笑みに変わりました。
「うんうん、ボクの方こそ明日は宜しくね」
「はい」
握り返してきたヴァイスの手は、本当に男性なのかと疑ってしまうほど柔らかなものでした。
いやいや、まさかそんなハズは――ですが、ヴァイスは一度でも男と名乗っていたでしょうか?
いえ、普通は自分の性別など名乗りはしませんね……。
服装は男子生徒用ではありますし、男子寮で生活している以上、普通に考えれば男性と考えるのが普通でしょう。
何より、いくらなんでも流石に貴方は男性ですか? それとも女性ですか? と聞くのも失礼な話です。
「ん? どうしたの?」
物思いに耽っていた私に対し、首を傾げながら問いかけるヴァイス。
何度も聞いてみたい衝動に駆られますが、すんでのところで思いとどまります。
「――いえ、なんでもありません」
「そう? それならいいけど。いや~、明日が今から待ち遠しいよっ」
ころころと笑いながら話すその様は、まるで飼い主にじゃれつく仔犬を連想させます。
本当にこの人は良く分かりませんね……ですが、いつまでも気にするわけにもいきません。
結局のところ、男性だろうと女性だろうと私の接し方に変わりはないのですから。
私が自己完結して軽く嘆息していると、それを見たシュヴァルツが何やら勘違いをしたようです。
「フフ、ヴァイス。アデル君は疲れているようだ。そろそろ離れてあげなさい」
「は~い」
ヴァイスは握っていた手を離すと、スッと遠ざかります。
「さて、アデル君。これで君の異能――恐らく第一位階だと思うが、その能力が他人の異能を再現するものであることがハッキリした。今後は、異能を同時に再現出来るのか、何個もストックしておくことが出来るのか、どんな異能でも再現可能なのか、色々と調べてみる価値はあると思うが大丈夫かな?」
「それはむしろ私も知っておきたいことですので構いませんが、自分の異能を他人に再現されるというのは嫌ではないでしょうか……?」
シュヴァルツの言葉に私は疑問を投げかけます。
自分だけが使用出来るはずの異能が他人によって、しかも全く同じ能力で再現されるとしたら。
自分の異能に誇りを持っている人からすれば、不快に思う人もいるかもしれません。
そう思っていたのですが、シュヴァルツは微苦笑を浮かべました。
「もちろんそういった生徒もいるだろう。だから当然のことだが、再現されても構わない者とだけ手合わせをしてもらうつもりだ。――まぁ、ヴァイスがその辺りの事を考えて君に手合わせを申し込んだかは疑問だがね」
そう言って肩を竦めてみせるシュヴァルツに、私も「あぁ……」と、溜息混じりの苦笑で返すのでした。
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