第18話 学園生活の始まり⑨
フィナール専用教室は閑散としていました。
五十人以上はゆうに入れそうな空間の最前列に着席しているのは、たった四人。
理由は至極単純で、現在教室内には一年生である私達しか居ないからです。
二年生以上の生徒がこの場に居ない理由は、これから受ける講義の内容が一年生のみが受ける必要があるものだから。
入学式の翌日に聞いたことですが、フィナール全員で受ける講義もあるのですが、実際はそれほど多くは無いとのこと。
学年ごとに講義専用教室があり、そこで専属の先生から講義を受ける教育課程だそうで、これはプリメロ、クインタ、ウルティモ、フィナールの全てのクラスでも変わらないそうです。
この教室はフィナールの学生全てが合同で行う時の教室でもあり、一年生が講義を受ける際に使用する教室でもあるというわけですね。
受ける講義の内容自体は、クラス別でそう大差がないとのことですので、私としては午後の訓練以外はまとめて受けてしまった方が良いのではないか、と思ってしまうのですが、魔力量別にクラスを分けている以上、線引きはキッチリしないといけないようです。
この広さの教室にたった四人とは……少し寂しくもありますが、仕方ありませんね。
本鈴が鳴ると共に、前側の扉が開きました。
勿論、遅刻をした生徒ではありません。
制服ではなく、白のブラウスに、黒のタイトスカートを着た若い女性です。
その下に隠されているのは完璧といっていいまでのプロポーション。
誰が見ても美人と分かる女性の、ボブに切り揃えてある髪色は
眼鏡をかけており、双眸は
目の醒めるような美貌を、装甲めいた分厚い無愛想で
冷静さと深い知性を感じさせるその女性は、せり上がった教卓の前に立つと、私達を見回しました。
とは言っても見回す必要があるほど生徒は居ないのですが。
「はい、休まれている生徒は居ないようですね。それでは皆さん、お早うございます」
「お早うございます」
私が教師であろう女性に挨拶を返すと、遅れてリーゼロッテ、ガウェイン、エミリアの三人も挨拶を返しました。
「初めまして。私はこの学園でフィナールの生徒を担当している教師の中の一人、ベアトリス・イェルザレムです。貴方がたの担当は私がします」
やはり目の前の女性は教師だったようですね。
しかし、全く愛想というものが感じられません。
事務的と言ってしまえばそれまでなのですが――いえ、今まで出会った人達が個性的過ぎたのかもしれませんね。
「さて、では最初の講義を始めます。まずは、"災厄"について皆さんに尋ねましょうか。リーゼロッテさん、"災厄"とは何か知っていますか?」
そうリーゼロッテに問いかける美貌は硬質で、常人であれば近寄り難さを感じることでしょう。
しかしながら、教育者の自負と自信の成せる技でしょうか、不思議と物腰は柔らかく感じます。
名指しされたリーゼロッテは日本の学校のように席を立つようなことはせず、座ったままの状態で答えを述べます。
「はい。"災厄"とは、今から約四百年前に突然現れた"クリファ"と呼ばれる未知の生命体が出現したことにより、世界中の人々が破滅の危機を迎えた事を指しています」
「その通りです。よく勉強しているようですね」
「有難うございます」
リーゼロッテが目礼したのを確認したベアトリスは、言葉を続けます。
「リーゼロッテさんが言った通り、この世界は約四百年前に未曾有の危機を迎えました。"クリファ"と呼ばれる生命体が出現し、生きとし生けるものを次々と襲い、そして己の身体に取り込んでいったと言われています。勿論、その中には人間も含まれていました」
ベアトリスの言葉に、他の三人は固まってしまったようですが、普通に考えれば当然の事でしょう。
その"クリファ"とやらがどのような生命体であったかは分かりませんが、人間だけを都合よく襲わないということはないでしょうからね。
身体に取り込むという行為が、生命活動を維持する為なのか、それとも別の理由もあったのかは分かりませんが。
「当然ですが、人類も黙ってやられていた訳ではありません。武器を手に取り"クリファ"に抵抗しました。しかし、当時の軍事力は一切通用せず、ただただ一方的に蹂躙される日々が続いたのです」
ふむ、当時の軍事力……ですか。
何やら引っかかる物言いですね。
私は挙手して質問の意を示します。
「アデル君、質問ですか?」
「構わないでしょうか、ベアトリス先生」
「構いませんよ」
「有難うございます。その心遣いに甘えさせて頂きます。一つ、お聞きしたいのですが、当時の軍事力、ということは"クリファ"が出現した際には、異能を使える人間は居なかったということでしょうか?」
私の発言に、ベアトリスは鷹揚に頷きます。
「良いところに気づきましたね。中々素晴らしい着眼点です」
「有難うございます」
「そうですね。皆さんは異能とはどのようなモノであると考えていますか?」
「はい!」
ベアトリスの問いかけに、ガウェインが勢いよく手を挙げました。
「それでは、ガウェイン君どうぞ」
「はい! 異能とは己の
「そうですね。では、具体的にどのようにして具現化しているのでしょう?」
「それは……魔力を消費してでは?」
「その通りです。では、異能を発現する為に消費している魔力とはどんなもので、何処からどのようにして供給されているのでしょうね」
「それは……」
答えが分からないのか、ガウェインは言葉に詰まってしまったようです。
魔力とは、ですか。
確かに謎ですよね。
日本人であった私からすれば、ここが地球とは異なる世界で、ファンタジーの世界だからと言ってしまえばそれまでなのですが、実際はそんな単純なものでもないでしょうし。
ベアトリスはフッ、と氷の如き微笑を浮かべます。
「分からないのも無理はありません。異能とは、魔力とは未だ解明しきれていない未知の力なのですから」
「それでは何も分かっていないと?」
「そうでもありません。一つ立てられている仮説があります」
私の問いにベアトリスが答えます。
「アデル君が最初にした質問に戻りますが、人類は四百年前までは異能を使える者は一人もいませんでした。それまでは主に電磁力を使った武器が主流でしたが、"クリファ"には一切通用しませんでした。人類は徐々にその数を減らし、僅か三年で世界の人口は三分の一にまで減ったと言われています。中には滅びた国もあると記録には残されていますね」
たった三年で世界の人口が三分の一に……。
この世界の人口がどのくらいかは分かりませんが、これだけ地球と似ている部分があるのですから、少なくとも億単位の人間が"クリファ"とやらに取り込まれたと考えてよいでしょう。
「人類はその後、どうなったんですか?」
皆が押し黙る中、エミリアが恐る恐る尋ねると、ベアトリスは微苦笑を浮かべました。
「フフ、勿論今こうして皆さんが生きているのですから死に絶えてはいません。三分の一にまで人口が減ったある日、突然人間の中に不思議なことが出来る者が現れ始めたと記されています。これが世界で初めての異能者の出現というわけです」
「突然、ですか?」
いくらなんでも都合が良すぎますね。
そう思った私はベアトリスに質問を投げかけました。
「そうです。但し、異能者が出現する前にある予兆が起こったと記録に残っています。それが赤い月です」
「赤い……月?」
コクりと頷くベアトリス。
「皆さんは生まれた時から赤い月しか見ていないので、不思議に思ったことはないかもしれませんが、そもそも月の色は赤くはありませんでした」
「そ、そうだったんですか!?」
ガウェインが驚愕に満ちた顔をして声を荒げていますが――いえ、よく見るとリーゼロッテもエミリアも同じように驚いた顔をしていますね。
……初めてこの世界の月を見た時は赤くて驚いたものですが、最初から赤いわけではなかったのですね。
「えぇ。どういう原理で月が赤くなったのか、未だ解明されてはいませんが、月が赤くなった日を境に異能者が現れたということから、赤い月が魔力を供給しているのではないか、と言われています。それと人によって魔力量が違う理由については、魔力を体内に取り込んでおける
やや強引な気もしますが、確かに赤い月が魔力を供給しているのであれば、ある程度説明がつく話ではありますね。
異能自体がどうやって生まれたのか、第一位階から第三位階まであるのは何故か、などの別の疑問は残りますが……。
未だ謎の多い異能ですから、ベアトリスに聞いたところで明確な解答は得られそうにはありません。
「異能者の出現によって、"クリファ"に明確なダメージを与えることに成功した人類は、そこから反撃に転じ、十年の歳月を経て、全ての"クリファ"を駆除しました。その際特に大きな功績を上げた五つの国の王達は、"五英雄"と呼ばれています。学園があるレーベンハイト公国もその中の一つです。また、英雄達に準じた功績を上げた各国の者達には、功績に応じた爵位を与えられました。貴族と呼ばれる人間に異能力者が多いのはこの為です」
「異能は遺伝する、ということでしょうか?」
私が再度した質問に対して、ベアトリスは眼鏡をクイッと上げながら答えます。
「そうですね。その確率が高いです。――幼い頃に親の使用した異能を見て憧れるというのはよく有ることのようで、不思議と両親のどちらかに似た異能が発現することが多いようですね」
ふむ。
であるならば、元のアデルは
豊富な魔力に、確かな血統。
発現出来ない理由は見当たらないのですが……帰省した時にでも一度調べてみますか。
時計を見ると、講義終了が近づいていました。
ベアトリスも締めの言葉を告げるようです。
私達の顔を見ながら言葉を続けました。
「いいですか? 貴方がたフィナールは、世界を救った英雄やそれに準ずる者達の血を引く、謂わば今を生きる人々の中の最先端、先駆者と言うべき存在です。自信を持ちなさい。そして胸を張りなさい。この学園で持てる可能性を信じ、未知を恐れずに研鑽を続け、英雄たらんことを」
学園長の言葉にも似たベアトリスの言葉が、心の奥に染み渡るのを感じます。
三人も同様のようで、その眼は未来を目指す静かな熱、希望と夢に満ちているようにも見えました。
――――心地よい空気の中、講義の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いたのでした。
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