第19話 学園生活の始まり⑩

「アデル君、学食に行かないか?」


 昼食の時間になり、席を立とうとしていたところにガウェインから声をかけられました。

 ガウェインの隣にはエミリアも一緒にいます。

 ふふ、言葉のやり取りは険悪なようでも、実際はそうでもないようですね。


「もちろん構いませんよ。リーゼロッテ様もご一緒にいかがですか?」

「私? そうね……いいわ、一緒に行きましょう」


 リーゼロッテは人差し指を口に当て、一瞬考えるような素振りを見せましたが、直ぐに了承の意を示して下さいました。

 こうして一年生四人で学食へと向かうことになります。


 学食は全学年の生徒が利用するだけあって、かなりの広さがありましたが、私達を含めた新入生は勝手が分からない事もあり、混雑していました。

 

「結構混んでいるな……」

「兄さんがのんびりしてるからよ」

「俺のせいなのかっ!?」

「まあまあ、まずはカウンターへ行きましょう」

「そうね」


 双子のやり取りをなだめつつ、配膳のカウンターへ向かいました。

 学園の学食は基本的に学費に含まれている為、無料で配膳式になっています。

 メニューも豊富で、悩む生徒も多いのだとか。

 

 その行く先で何故かざわめきが起こっているのは、気のせいでしょうか?

 それに、どういうわけか前にいた他の生徒の皆さんが、私達に気づくと気圧されたかのように道を譲ってくださいます。

 テーブルに座っている生徒の視線も私達に向けられているような気がするのですが、これは一体……。


「やけに視線を感じる気がするのですが、気のせいでしょうか?」

「気のせいなはずがないでしょう。皆、私達を見ているのよ」

「リーゼロッテ様。私達、ではありません。貴女とアデル君を見ているんですよ。なぁ、我が妹よ」

「鈍感な兄さんにしてはよく分かってるじゃない」

「鈍感⁉︎」


 はて?

 リーゼロッテが視線を集めるのは、まぁ分かります。

 何といっても公国の第一王女ですし、新入生の代表として答辞も務めていますからね。

 知名度が違います。

 ですが、私は別に視線を集めるような理由は何もないはずですが……。


「リーゼロッテ様はともかくとして、私に視線が集まる理由が分からないのですが?」

「「「……」」」


 三人とも一斉に、「何言ってるんだこいつは?」というような目つきをこちらに向けてきました。

 直ぐさまリーゼロッテが口を開きます。


「アデル……貴方、本当にそう思っているの?」

「当然でしょう? 私のどこに視線を集める要素があると言うのですか?」

「……男の俺が言うのもなんだが、君の部屋には鏡はないのかい?」

「失礼な。あるに決まっているではありませんか」

「なら、君は毎朝自分の顔を見ていると思うが、その時に何も思わないと?」

「はい? 仰る意味が良く分かりませんね。自分の顔を見て何を思うと? あぁ、そういえば異能を発現出来るようになってから、少しだけ顔の線が細くなったような気がします」

「そういう事を聞いてるんじゃないっ!」

「どうどう」


 いきり立つガウェインをエミリアが宥めます。

 助かりますが……その宥め方はまるで馬の扱いですよ?

 ガウェインが何故興奮しているのか分からず、首を傾げている私に向かって、リーゼロッテが呆れ混じりに口を開きます。


「貴方が目立っているのよ。それこそ見る者を圧倒するほどにね」


 ウンウン、とガウェインもエミリアもリーゼロッテの言葉に相槌を打っています。

 そういえば、ルートヴィッヒも似たような事を言っていたような気がしますね。

 ただの妄言かと思っていたのですが。


 確かに大勢の目が集まっている中で、それが私自身に向けられているのを感じてはいました。

 さりげなさを装いながら強い関心を隠しきれていない視線はあちこちから注がれています。

 

「まぁ、少々くすぐったくはありますが、特に敵意を向けられている訳ではありませんしね。気にしなくてもよいでしょう」

「……大物だな、アデル君は」

「そうですか? ガウェイン君、それよりも席を探しましょう。これだけ混み合っているんです。四人が一緒に座るとなると難しいかもしれません」

「むっ、確かにそうだな」


 私達四人は空いているテーブルが無いか探しますが、四人分ともなると中々見つかりません。

 テーブルに座っている生徒と目が合うと、何故か凄い勢いで視線を逸らされますし……。

 どうしたものかと困っていると、ふと見知った顔を発見しました。

 あそこのテーブルはちょうど四人分空いていますね。

 私は三人を連れて、その場所に向かいます。


「ミーシャさん、こんにちは」

「ふぇ……? ア、アデル君に、リーゼロッテ様!?」

「ご学友と一緒に昼食中だったのに話しかけて申し訳ありません。四人分の席が空いているのが、こちらしか無かったものですから。相席させて頂いても宜しいですか?」


 軽く笑みを浮かべつつミーシャと隣に座っている女子生徒にお願いすると、二人ともブンブンと首を縦に振って下さいました。

 女子生徒が「ミーシャ! 貴女知り合いだったのっ!?」と小さな声で問い詰めています。


「有難うございます。さぁ三人とも座りましょう」

「えぇ」

「助かるよ」

「ありがとう」


 三人がそれぞれ腰を下ろし、トレイをテーブルに置きました。

 六人がけのテーブルでしたので、私はミーシャの隣に座ります。


「ミーシャさん、こちらの二人とは初対面でしょう。ご紹介しますね」


 私は正面に座っている双子の兄妹の方を向いて、そう言いました。


「ガウェイン・ボードウィル君とエミリア・ボードウィルさん。名前で何となく分かると思いますが、お二人は双子の兄妹で、私やリーゼロッテ様と同じフィナールのクラスメイトです」


 ガウェインは青紫色の髪を軽やかに片手でサっと揺らすと、椅子に座ったまま一礼しました。


「初めまして、美しいお嬢さん達。ガウェイン・ボードウィルだ」


 目を細め、華やかな笑みを浮かべると白い歯がキラッと光ります。

 うーん、なんと言えばいいのか。

 カッコいいのは間違いないのですが、どうもコレじゃない感が漂っていますね。

 ガウェインのゴージャスな笑顔に、挨拶を受けた側の二人は若干困惑気味のようです。


「初めまして。私はエミリア・ボードウィルよ。兄さんはいつもこんな感じだから、あまり気にしないでね。むしろスルーするくらいでいいわ」


 同じく椅子に座ったまま会釈をして、蒼い瞳を細めつつ柔らかな笑みを浮かべるエミリア。

 十四歳という年齢にしては大人びた顔つきですが、身内に向けられた辛辣な物言いが親しみやすさを演出していましたが、対面の二人には冗談に聞こえなかったようです。

 

「お二人とも、エミリアさんの言葉は軽い冗談ですから」

「そ、そうですよね? アハハ」

「冗談じゃないのに」

「エミリアさん、静かに」

「うぐっ……それは反則」


 人差し指でエミリアの唇を塞ぐと、エミリアは何故か顔を赤くして黙ってしまわれました。

 何が反則というのでしょうか?

 まぁ、黙って頂けたので良しとしましょう。


「ミーシャさん。すみませんが自己紹介をお願いしても宜しいですか? そちらの方とも初対面ですし」

「え、あっ、そうですよね、ごめんなさい!」

「いえいえ」


 ミーシャが赤面しつつ勢いよく立ち上がると、身体を九十度に曲げて会釈をしました。

 それを見た隣の女子生徒も同じく立ち上がり、大きく一礼をします。


「プリメロのミーシャ・ラングレーです!」

「同じくプリメロのエリカ・リーヴスです!」


 自己紹介を口にする二人のあまりの勢いに、呆気に取られてしまいましたが、直ぐに気を取り直して頷きを返すと、最初にミーシャの手を取り、貴婦人に接吻の礼を取るような仕草をします。


「宜しくお願い致します」


 続けてエリカにも同じ挨拶をすると、二人ともその場に固まってしまいました。


「いい、兄さん。覚えておきなさい。あれがというものよ。アレを前にしたら兄さん、いえ、他の男性なんて映らないわ」

「素であれ程の行為が出来るというのかっ!? ……完敗だ」


 エミリアの言葉に肩を落とすガウェインに、それを見て苦笑するリーゼロッテ。

 一体何をそんなに驚いているのか、分かりませんね。

 挨拶は紳士の基本なのですが。





 その後は、談笑を交えながら昼食を取りました。

 リーゼロッテと私は違いますが、ほぼ初対面の者同士、不躾な質問をし合うような人間は、この場には居ません。

 全員が食べ終わろうか、という頃には皆随分打ち解けたように見えました。


 そこで、ミーシャが何かを決心したかのような表情でいきなり訊ねてきたのです。


「ところでアデル君とリーゼロッテ様って、その、婚約されてたんですよね?」


 その質問は、周囲にいた他の生徒達も気になっていたのか、視線が更に増したような気がしました。

 やれやれ、この年頃の男女というものは恋、というものに敏感ですね。

 苦笑しつつ、私は頷きます。


「えぇ。確かに三ヶ月前まで私とリーゼロッテ様は婚約していました。今は違いますが」

「……何で破棄されたんですか?」


 やけにグイグイ聞いてきますね。

 好奇心に満ちた目をしているのはミーシャだけでなく、エリカ、ガウェイン、エミリアも同様の目で私を見ています。

 リーゼロッテだけは面白くないのか明後日の方向を見ているようですが……気になるのか、たまに視線を向けていました。

 貴女は理由を知っているでしょうに。


「私自身がリーゼロッテ様に相応しくないと判断したからですよ。このままではリーゼロッテ様にご迷惑が掛かると思い、私の方から婚約の破棄を申し出たのです」

「アデル君がリーゼロッテ様に相応しくないなんて、そんな……」

「婚約破棄の申し出を受けたんですか、リーゼロッテ様!」


 困惑の表情を浮かべるミーシャとリーゼロッテに訊ねるエリカ。

 問われたリーゼロッテは、美しい顔を歪めながら頷きます。


「アデルが言った通りよ。アデルから婚約破棄の申し出があり、私はそれを承諾しました。そしてそれが覆ることは……ないわ」


 ピシャリと言い切るリーゼロッテに、その場に居た者達は押し黙ってしまいました。

 事実には間違いないのですが、リーゼロッテが悔しそうな顔をしているのが気になりますね。

 お互い納得した上での婚約破棄であったはずなのですが……。


 そんな重苦しい雰囲気を壊す一言を告げたのは、またしてもミーシャでした。


「あの! それならアデル君は今は誰ともお付き合いをしていないということですかっ?」

「え? えぇ、誰ともお付き合いはしておりませんが、それが何か?」

「す、好きな女の子のタイプはどんな子ですか?」


 顔を真っ赤にしながらそんな事を聞いてくるミーシャ。

 先程までの重い空気はどこか吹き飛んでしまったかのように霧散しています。

 多くの生徒が居るはずなのですが、皆が聞き耳を立てているのではないかというくらい誰も言葉を発していません。


 ――好きな女性のタイプ、ですか。

 ミーシャに言われて思い浮かぶのはリーゼロッテ……ではなく、生前に出会った一人の女性。

 私が唯一真剣に愛した女性。

 既にこの世におらず、会うことすら叶いませんが、もしもう一度彼女のような女性に出会えるのであれば、その時は……。


「私にとって好きな女性のタイプは一言では言い表せません。ですが、もしそのような女性に出会えたのであれば、その時は」

「そ、その時は?」


 ミーシャがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえるほど、周囲は静寂に包まれています。


「私の全てを捧げて愛し抜くと誓いましょう。私の全てを賭して守り抜くと誓いましょう。例え、世界中の全ての人間を敵に回そうとも、生命が消えるその時まで私が守ってみせましょう」

「も、もしも、その女性がアデル君に見向きもしなかったら?」


 ふむ、その可能性を考えていませんでしたが、あり得ますね。

 まぁ、関係ありませんが。


「一つ、大事な話をしましょう。恋愛において重要なのは始まり方ではありません。恋であると自覚した後、どう紡いでいくかが大事なのです。好きだという想い、一緒にいたいという想いを抑える必要などありませんし、見向きもされないのであれば、振り向いてくれるように努力すればよいだけです。何もせずにただ諦めるなど愚の骨頂でしかありませんよ。それに――」

「それに……?」


 これでもかというくらい顔を真っ赤に染め上げたミーシャが、小さな声で言葉の続きを聞いてきます。

 そんなミーシャの目をしっかり見つつ、私は続きを口にしました。


「それに――必ず私色に染めてみせます」

「はぅッ!?」

「ミーシャ!? ちょっとミーシャ、しっかりして!」


 椅子から転げ落ちそうになるミーシャをエリカが必死に支えています。

 おや? 私の本心を告げただけなのですがこれは……。

 周囲を見渡すと、テーブルに頭を打ち付けている生徒や、鼻を抑えている生徒の姿が。

 おかしなことを言いましたかね?


 すると、誰かがポンと肩に手を置くので振り返ると、そこにはガウェイン。

 かなり興奮している様子で鼻息も荒く、その瞳はキラキラと輝いていました。


「……師匠」

「え?」

「師匠と呼ばせてくれ! いや、呼ばせて下さい!」

「ガウェイン君、貴方は何を言ってるんですか!?」

「師匠は凄すぎるッ。是非、参考にしたい」


 しがみついてくるガウェインに困惑しつつ、助けてもらおうとエミリアの方を見ますが……。


「無理。そうなった兄さんはちょっとやそっとじゃ止められない。それに今のはアデル君が悪いよ」

「私が何を言ったんですか? 私はただ、本心を述べただけなのに……」

「「余計タチが悪いわっ!」」


 リーゼロッテとエミリアに同時にツッコミを入れられてしまいました。

 納得がいきません……。


 場の収拾がついたのは、それから十分後のことでした。

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