第115話 闇に潜みし者たち

 試合の翌日。

 アデルたちは初日に通された謁見の間に来ていた。

 玉座にはセリスが座っており、その傍らにはアルバートとギルバートが控えているのみで、他には誰もいない。


「素晴らしい試合でした。アデル様の強さはアルバートから聞いておりましたが、まさかこれほどとは思いませんでした。ギルバートが負けるなど初めてのことです」


 セリスは張りのある声で言い、両手を打ち鳴らす。

 ギルバートが試合に負けたということは、アデルが公国に帰ることにほかならないのだが、その顔に落胆した様子はなく、弾むような響きが口調に乗っていた。


「ありがとうございます。セリス女王、私が試合に勝ったということは――」

「もちろん覚えておりますよ。お約束したとおり、リーゼロッテ様はもちろん、アデル様のことも諦めます」


 両脇の二人も異論はないようで、セリスの言葉に頷くのみだった。

 アデルとセリスの視線が交差する。

 彼女は少女のような笑みを浮かべたまま、ジッとアデルを見つめている。

 アデルもまた微笑を絶やすことなく、セリスから目を逸らさない。

 少なくとも嘘をついているようには感じられない、そう判断したアデルは軽く一礼した。


「もうお帰りになってしまうのは寂しいですけれど」

「申し訳ございません。もう直ぐ冬休みが終わってしまいますので」


 これは本当のことだ。

 今から帰国を開始しないと、三人とも冬休み明けの初日から休むという、不名誉な事態に陥ってしまう。

 

「ふふ、そうでしたわね。では、機会がありましたらまたお越しくださいませ。わたくしもまだまだ話し足りませんし」


 アデルは瞬時に感じ取った。

 恐らくは他者の第二位階を発現したこと言っているのだろうと。


 第一位階を再現するだけでも特殊な異能だというのに、そこから更に第二位階にまで昇華させるという、誰もが驚くことをやってのけたのだ。

 気にならないはずがないだろう。


 だが、相手は他国の女王である。

 教えるわけにはいかないのだ。

 故に、アデルは無難な返事をした。


「ええ、機会があれば是非伺わせていただきます」

「お待ちしておりますわ」


 こうして、アデルたちはディシウス王国からレーベンハイト公国へと帰るのだった。



「これでよろしかったのですか、ヘルガ様・・・・


 アデルたちを見送った後、ギルバートは玉座にもたれる女王に対してそう問うた。

 ただし、『セリス』ではなく『ヘルガ』と。

 彼の態度は親に対するものとはかけ離れており、主人に仕える家令に似ていた。


「ええ、彼の異能を見ることができましたからね。まあ、貴方が勝ってくれればアデルもリーゼロッテも手中に収めることができたのですけど……第二位階を発現していたら、きっとあの場にいた者すべてが石になっていたでしょうし。仕方ありません」


 どこか拗ねたように言いながらも、彼女の顔に焦りはなかった。

 アデルが王国の民になるのが最上の結果ではあったのだが、今はまだ強硬策に出る必要はない。


 ヘルガがディシウス王国を乗っ取ってからすでに三百年・・・が経つ。

 王国に住む民の中でそのことを知っているものは一人もおらず、城を守る騎士団員も全て本来の配下・・・・・で固めてある。

 せっかくここまできたのだ。

 焦りさえしなければ機会はいくらでもある。

 

「僕に任せてくれれば、操って直ぐ終わりだったと思うんだけどね」

「ディートリヒ。貴方の異能じゃあ、リーゼロッテはともかくアデルは難しいのではなくて? 彼は第一位階の異能をその身に受けた時点で再現できるようになるのでしょう?」


 やれやれといった風に頭を振りながら、今までアルバートを演じていたディートリヒがヘルガに告げる。


「分かってないな、ヘルガ。リーゼロッテを使って脅せばいいだけじゃないか。ああいった類の人間は自分のことよりも他人が大事だからね。僕にはまったく理解できないけど」


 ディートリヒの中で一番大事なのは己自身だ。

 ただ一人――"あの方"を除けば、他の存在がどうなろうと関係なかった。

 今、この場にいるのも"あの方"にとって有益な可能性が高いから協力しているだけである。


「君もそう思うだろう、メルキオール?」


 本来の名で問われた第二王子は、感情の篭らぬ声で返答した。


「私はヘルガ様に従うのみです」

「はいはい、君はそういうやつだったね」


 つまらない返答に、ディートリヒは鼻で笑い髪の毛をかき上げた。

 貴公子然とした風貌であるだけに、そのような仕草をすると異様なほど様になる。


「まあ、彼の妹には一度接触しているからさ。何か仕掛けるときは言ってよ。貸し一つで手伝ってあげる」

「貴方に貸しはあまり作りたくないのですけど、確かに利用するにはうってつけの相手ですね。いいでしょう。その時はお願いします」


 アデルには機会があればまた来て欲しいと言ったが、学生の身である以上、すぐに来ることはできないだろう。

 いつ来るか分からないのであれば、こちらから出向けばいい。


 今回アデルたちが公国に戻ったことで、近いうちに婚約を発表するはずだ。

 お祝いしたいと言って面会を申し出れば、否とは言えないだろう。


 アデルの妹を餌にしてアデルをおびき寄せ、こちらに引き込む。

 アレイスターはリーゼロッテを狙っていたようだが、アデルを取り込めるのであれば、それが一番手っ取り早い。

 "あの方"の為にも魔力が必要なのだから。


 不安要素があるとすれば、モルドレッドが介入してくるかどうかだ。

 アレイスターの時は特に何もしてこなかったようだが、だからといって楽観はできないし、阻まれる可能性もあるだろう。


 さらには、本気ではなかったとはいえ、アレイスターを倒したシュヴァルツもいる。

 今の戦力だけではまだ心もとない。

 ちらりとディートリヒの顔を見る。

 手伝うとは言っていたが、ディートリヒはあくまでアレイスター寄りだ。

 同じ"薔薇十字団ローゼンクロイツ"の団員ではあるが、派閥が違う以上、あまり借りは作りたくない。


 最後に"あの方"の寵愛を受けるのはわたくしなのだから。

 

「全ては"あの方"の御心のままに」


 ヘルガは熱のこもった瞳で窓の外を見ながら、そう呟いた。

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