第27話 新人戦②
私達フィナールの試合会場は、いつもの演習場でした。
フィナールの、と言った通り、他の三クラスはクラスごとで決められている演習場で試合を行います。
要は頑丈な体育館が四つあるといったところでしょう。
四百人も生徒がいるのですし、異能に特化した学校であるということを考えると、当然と言えば当然ですが。
「試合形式は学園対抗戦と同じだ。普段訓練で使用しているものと大差はない。一方が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合。後は何でもアリといえばアリなんだが、殺し合いではないからね。相手を死に至らしめる程の攻撃を仕掛けた場合は、その時点で試合終了となるから覚えておくように」
シュヴァルツの言葉に、私達四人は頷きました。
普段と変わらないのは助かります。
と、そう言えば――。
「シュヴァルツ先輩、試合の順番は決まっているのでしょうか?」
私は気になっていた事をシュヴァルツに尋ねました。
三人も気になっていたようで、食い入るようにシュヴァルツを見つめながら言葉を待っています。
「順番か。もちろん決まっているとも。まず第一試合だが、聖ケテル学園と聖エポナ女学院が戦う。この試合は……そうだな、アデル君とリーゼロッテさんにお願いしよう。第二試合は聖ルゴス学院と聖タラニス学園。初日は二試合で終了だ」
「二試合のみ、ですか? 一気に六試合を行うのかと思っておりましたが」
「フフ、皆がアデル君のように魔力量が多ければ一日で終わらせることも可能だろうが、連戦だと魔力の回復が追いつかないのでね」
「あっ!? そうですね……」
そうでした。
私自身、異能を発現出来るようになったばかりなので失念していました。
「なに、気にすることはないさ。日程としては明日、明後日を含めた計三日間の予定だ。明日の試合では聖タラニス学園と対戦する。ガウェイン君とエミリアさんに出てもらうから頼むぞ」
「「はい!」」
ガウェインとエミリアが元気の良い返事とともに頷きます。
シュヴァルツは満足気な笑みを浮かべて一つ頷くと、私とリーゼロッテの方に顔を向けました。
「君達が今から対戦する聖エポナ女学院だが、去年の学園対抗戦で三位に入った実力校だ。ちなみに言っておくと、聖ルゴス学院は去年の二位、聖タラニス学園が四位だ。二位から四位の順位は毎年変動するが、必ずこの三校が上位に入る」
なるほど。
やけにシュヴァルツに突っかかっている印象を受けたのは、そのせいでしたか。
常に一位に君臨している聖ケテル学園と、一位の座を狙っている三校。
勝負ごとである以上、負けるつもりは毛頭ありませんが、思っていたよりも厄介かもしれません。
「さて、最初が肝心だからな。アデル君、先鋒として出てくれるかな?」
「私、ですか? 最初が肝心なのであれば、むしろリーゼロッテ様の方が良いのでは?」
第二位階まで発現出来るリーゼロッテの方が、相手に与える衝撃は大きいと思うのですが……。
「いいかい? アデル君が異能を発現出来るようになった事は、まだ他校に知られていない。発現出来ないと思われている君が異能を発現する。対戦相手にしてみれば衝撃的だろう。そこに追い打ちをかけるように、本来発現出来ないはずの他者の異能を発現してきたとなると……対戦相手は酷く混乱すると思わないか?」
シュヴァルツの表情は柔和なものでしたが、私の目には悪魔のような笑みに見えました。
何と言いますか、人が悪い……。
横目でリーゼロッテ達を見ると、若干顔が引きつっているように見えました。
ですが、効果的なのは確かです。
「承知しました。先鋒の任、謹んでお受け致します」
「うん、頼むよ。というわけで、リーゼロッテさんの出番は後になるが、構わないかな?」
「えぇ、問題ありません」
「有難う」と短く伝えたシュヴァルツは、少しだけ顔を引き締めました。
「二人とも聖ケテル学園に勝利をもたらしてくれる事を期待している」
「「はいっ!」」
◇
「では行ってまいります」
戦闘服を身に纏った私は、シュヴァルツとリーゼロッテ達に一礼してから、開始線へ向かいます。
向かったのですが……演習場内は普段と少々違っていました。
その訳は――。
「「「「「アデル様~! 頑張って下さい〜!」」」」」
演習場内の一角から、私に対する熱狂的とも呼べる熱量を帯びた声援が聞こえてきました。
声のする方へ視線を向けると、観戦スペースの一角に学園の女子生徒達の姿が見えます。
何人いるかまでは分かりませんが……五十人以上居るのではないでしょうか。
新人戦が行われる三日間は、他校の生徒が学園に入るということもあって、通常の講義や特訓はなく、自由行動となっています。
自主的に勉学に励むもよし、各演習場に行って新人戦を観戦するもよし。
この状況をみるに、生徒達は観戦の方が好きなようですね。
おや? ミーシャとエリカも来てくれたのですか。
自分達のクラスの応援もあるでしょうに、有難いことです。
二人に向かって笑みを浮かべつつ、手を上げて声援に応えると「きゃあぁぁ~!」と、悲鳴に近い歓声が上がりました。
中には膝から崩れ落ちる生徒もいたのですが、はて?
特に何もしていないはず……ですよね?
確認のため後ろを振り返ると、リーゼロッテが王女に似つかわしくない、氷のように冷たい視線で睨んでいます。
うーむ。
前を見ると、既にミネルヴァが開始線に立っていました。
彼女が身に纏っている服ですが、基本的には私のものと変わりありません。
違いがあるとすれば……そう、腕章と服の色でしょうか。
ミネルヴァの腕章は、乗馬した騎士の刺繍が施されており、服の色は赤く染まっています。
「あれほど多くの生徒が応援に来てくれるなんて、君は人気者だな!」
「そうでしょうか? 全員が私だけの応援ではないと思いますよ」
ミネルヴァの元気な声に、否定で返しました。
ミーシャとエリカはともかく、他の方とは話をした事もなければ面識すらないのです。
私の応援だと思うのは、自意識過剰というものでしょう。
「そうかい? でも彼女達は君だけの応援に来てると思うけどな。ほら、
「アレ?」
ミネルヴァが指差す方角は当然、学園の女子生徒達がいる一角。
彼女達がどうしたというのですか。
ん? よく見ると腕章のようなものを左腕につけていますね。
何が書かれているのでしょう、って――"アデル親衛隊"、と見えるのは気のせいでしょうか。
観戦に来ている女子生徒の殆どが同じ腕章をつけています。
面識すらない私に、親衛隊など出来るはずがないのですが。
んん? ミーシャ達もつけているではありませんか!?
全く……困ったものです。
「身に覚えは全くないのですが、どうやら私の応援に違いないようです」
「自分のあずかり知らぬところで親衛隊が出来る。君が持つ資質ってやつだな。うん、流石は世界最高の魔力の持ち主だ」
何度も頷くミネルヴァに、私は首を傾げるしかありません。
これから対戦するというのに、敵意といったものが全く感じられないからです。
「お喋りはそこまでなのです。そろそろ試合を始めるのですよ!」
手を叩きながら告げるソフィアに頷くと、ミネルヴァも頷きました。
――――瞬間、ミネルヴァのスイッチが切り替わったかのような錯覚をします。
戦闘態勢が整った、というわけですか。
良いでしょう。
両の拳に軽く力を込めます。
「うんうん、お互い準備は大丈夫なようですね。第一試合――――始め! なのですっ」
ソフィアが試合開始の合図を告げました。
「先手必勝、行くよ! 『――――
「――――!」
開始と同時に正面から一撃が来ました。
風を巻く一撃は、デリックを彷彿とさせる破壊の威力が込められており、躱し損ねれば、一発で簡単に意識を刈り取られるのは間違いありません。
顔面に触れる寸前、首を捻って躱しました。
ふぅ、まともに受けていたら首が吹き飛んでしまいそうです。
開始直後に零距離まで縮める事が可能な脚力といい、先程の見事な一撃といい、彼女の異能はデリックと同様の系統とみて間違いないでしょう。
「身体強化型の異能ですか」
「そうさっ。異能を発現させるにあたり、私はこれしかないと思ったよ。己の肉体を使って相手を叩きのめす! シンプルで実にいい――――こんな風にね!」
「何とも独特な考えをお持ちのようでっ」
ミネルヴァが突進してきました。
高速で繰り出される、拳と脚の幾重にも及ぶコンビネーションの下を掻い潜って、ミネルヴァの後ろへ抜けます。
直ぐに振り返ると、ミネルヴァも即座に体勢を立て直して向かってきました。
体格の違いでしょう、単純に比較すればデリックに及びません。
ですが――。
「見事な動きですね。一撃一撃にキレがありますし、何より鋭い」
「入学前に武と名のつくものは一通り習ったからね!」
ミネルヴァの回し蹴りを避けると、更に追撃の裏拳を仕掛けてきたので、後ろに大きく跳び退けます。
「まだまだぁ!」
「くっ――!?」
着地点を狙い澄まして追いつき、横薙ぎの手刀を繰り出してくるミネルヴァの攻撃を前に、私は後ろへと跳び退るほかありません。
当然、この程度でミネルヴァが諦めるわけもなく、執拗なまでに追いかけてきます。
「本当にっ、良い動きですね、ミネルヴァさん。っと――同系統の異能者と対戦したことがありますが、貴女の方が伸びがある分、厄介です」
動きを見極めつつ、素直に称賛を述べると、ミネルヴァは目つきを鋭くして睨んできました。
「厄介と言いつつ、君に全く当たっていないのだから、私としてはショックだよ!」
ミネルヴァは人外の速度で距離を詰めると、拳と脚を使って苛烈な攻撃を仕掛けてきますが、その悉くを避けてみせます。
ずっと避け続けて彼女が疲れたところに一撃、という手もありますが、見たところデリックよりはちゃんと鍛えていらっしゃるようですし、息切れもしていません。
――何より、最初が肝心とシュヴァルツに言われてしまいましたし、異能が発現出来るのに使用しないのは相手に失礼です。
それは私の紳士としての誇りが許しません。
「――――ミネルヴァさん」
「何だいっ!」
正拳突きを繰り出すミネルヴァの鋭い一撃を躱しながら、短く一言だけ告げます。
「いきますよ。『――――英雄達の幻燈投影!』」
瞬間、両手にはふた振りの剣。
右手には黄金の剣、そして左手には日本刀によく似た剣。
遠くで「ば、馬鹿な!?」「あれは……シュヴァルツの?」と叫ぶ声が聞こえていますが、今は関係ありません。
私は"雷を切り裂く剣"によって引き上げられた身体能力を存分に発揮し、ミネルヴァに向かって地面を蹴りつけます。
「なっ――!?」
先程まで避けてばかりでいた私が、急に攻撃に転じてきたことに驚きの表情を浮かべるミネルヴァでしたが、直ぐに体勢を立て直して迎え撃とうとしましたが――。
「遅いですよっ!」
「きゃあッ!?」
電光石火の早業でミネルヴァに接近すると、右手に握られた"正統なる王者の剣"の効果を利用して必中の一撃をミネルヴァの肩に打ち込みます。
ミネルヴァが五メートル程吹き飛び、そのまま地面に倒れ込みました。
相手は女性ですから顔や胸を狙うわけにはいきませんし、お腹を狙うなどありえません。
必然、狙う場所は肩くらいしか無いというわけです。
……傷を負う事がないように柄の部分で攻撃しましたが、強化した上での一撃ですから骨にヒビが入っているかもしれません。
彼女には後で謝るとしましょう。
「試合終了なのです! 第一試合は聖ケテル学園、アデル君の勝利なのですっ」
「「「「「キャアアア――――!! アデル様、カッコいいっ!」」」」」
ソフィアの勝利宣言に手を上げて応えると、割れんばかりの歓声が上がるのでした。
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