第26話 新人戦①

 ――あっという間に新人戦の日がやってきました。

 フィナール一年生である私達四人は、学園の代表としてシュヴァルツとお出迎えをするべく、正門前に横並びになっています。


 待つこと十分。

 大型バスほどの大きさがある電磁車が一台、また一台と正門前の広場に停車していきました。

 バスに乗っている人数は、クラスの代表各五人に加えて引率者である四年生のフィナールが一人。

 つまり、一年生のフィナールがいない学校は十六人、いる学校は十八人が乗っていることになります。

 

 七つの学校の名前は、聖ルゴス学院、聖タラニス学園、聖エポナ女学院、聖テウタテス学校、聖エスス学院、聖スケッルス学園、そして聖ケルヌンノス学校です。

 "災厄"の際に活躍した、公国の異能力者達の名前から付けられているとのこと。

 歴史好きとしては興味深いですね。

 

 バスから降りてきた生徒一人ひとりに挨拶をします。

 リーゼロッテは公国の第一王女ということもあり、来賓を迎えることに慣れているのでしょう。

 柔かに笑みを浮かべて会釈をする姿は、まさに一輪の薔薇バラ

 他校の皆さんの反応といえば、彼女の出迎えに恐縮する者、赤面する者、羨望の眼差しで見つめる者など、様々でした。


 一方、ガウェインとエミリアの二人は緊張しているのか、いつもより表情が硬くなっていましたが、元々整った顔立ちをしていますから気になる程ではありませんし、実際に気にしている生徒もいません。


 私も三人に負けじと、リーゼロッテと同じように柔和な笑みで、相手の目を見ながら優雅に挨拶をしたのですが、皆さん一様に視線を逸らしてしまわれます。

 うーん、何故でしょう?


 シュヴァルツは各校の引率者と顔見知りのようで、和やかに談笑していたのですが、四つ目まで終わり、五つ目というところで、シュヴァルツの前には三人の男女。

 彼らの後ろにはそれぞれ二人ずつ、計六人の生徒が立っていました。


「やぁ、シュヴァルツ。"学園対抗戦"以来だね。今年の対抗戦は聖ルゴス学院が優勝させてもらうよ」

「久しぶりだな、ヴェラード。悪いが今年も負けるつもりはないぞ」


 シュヴァルツとヴェラードと呼ばれた男性は、お互いに笑みを浮かべて握手していますが、私の目には火花が飛び散っているように見えました。


「あら? わたくし達、聖エポナ女学院がいることを忘れないで頂きたいですわね。今年は負けませんわよ」

「ハーハッハッハ! 聖タラニス学園を忘れてもらっては困るな! 今年こそ我が学園が優勝する!」

「アリエッタにゼノスか。フフ、三人ともヴァイスやリーラに勝った事がないのに大きく出たな」

「くっ……! ふ、ふふふ、去年と同じだと思わない方がいいよ、シュヴァルツ。今年は優秀な一年生が入ってきたからね。オスカー・バーンズとリビエラ・ウェリントンだ」

「オスカーです。以後お見知りおきを」

「リビエラで~す。よろしくぅ~」


 ヴェラードの後ろにいた二人がスッと前に出てきました。

 オスカーと呼ばれた男子生徒の身長は、私より少し高いくらいでしょうか。

 甘いマスク、というより凛々しい顔立ちと言ったほうが良いでしょう。

 若騎士風の美男子、喩えとしてはおかしいかもしれませんが、違和感なく当てはまる容貌をしています。


 もう一人、リビエラと呼ばれた女子生徒は、リーゼロッテよりも少し低いくらい。

 美少女と形容するに相応しい外見に、均整の取れたプロポーションをしています。


「それなら私のところだってそうですわよ。ミネルヴァ・リードブルグ、ユーノ・ホーエンハイム、出てらっしゃい」

「ミネルヴァだっ。よろしく頼むよ!」

「……ユーノ、です。……よろしく、お願いします」


 アリエッタに呼ばれて出てきたのはどちらも女子生徒……女学院ですから当然ですね。

 ミネルヴァと呼ばれた女子生徒は伸びやかな四肢で、私の目から見てもよく鍛えこまれているのが分かりました。

 長い髪を頭の左側でまとめた容姿は、鋭さと力強さを内在させた美しさがあります。


 もう一人のユーノと呼ばれた女子生徒は儚げに微笑んでおりました。

 ミーシャと同じくらい小柄な上に童顔で、年齢よりも幼く見えます。


「ハーハッハッハ! それなら俺のところの一年も紹介しないとなっ。マーシャル・クランツとアルフレッド・クランツだ!」

「マーシャルであります!」

「同じくアルフレッドであります!」


 最後に呼ばれた二人の男子生徒は恐らく双子なのでしょう、姿かたちが全く同じでした。

 デリック並の身長とガッシリした体格。

 直立不動の姿勢で後ろに手を組む姿は、まるで軍人のようでもありました。


 わざわざ引率者が紹介するくらいです。

 この六人が今年のフィナールクラスに該当する一年生なのでしょう。

 一癖も二癖もありそうな彼ら彼女らの瞳は、自信に満ち溢れているように感じました。

 

 シュヴァルツは六人の顔を一人ずつ眺めていましたが、最後の一人であるアルフレッドまで見終わると、フッと笑みを零します。


「なるほど。確かに有望な子達が入ってきたようだ」

「ふふふ、そうだろう」

「そうでしょう」

「ハーハッハッハ! よく分かってるじゃないかっ」

「だが、我が学園のフィナールには及ばないな」

「「「へぇ?」」」


 シュヴァルツの挑発的な一言によって、場の空気が重苦しいものに変化しました。

 引率者三人の鋭い視線が私達に向けられます。

 全く……新人戦が始まる前から、そのように挑発せずともよいでしょうに。

 心の中で小さな溜め息を吐きます。

 私の心境を知る由もないシュヴァルツは、一人ひとりの紹介を始めました。


「こちらも紹介しておこう。まずはガウェイン・ボードウィル君。それからエミリア・ボードウィルさんだ」

「ガウェインです。宜しくお願いします!」

「エミリアです。宜しくお願いします」


 ペコリと挨拶をする二人ですが、やはり表情は少し硬いですね。

 まぁ、きちんと挨拶は出来ていましたから、さほど気にすることはないでしょうが。

 リーゼロッテは第一王女ですし、次は私の番でしょう。

 一歩前に出ようとしたのですが、シュヴァルツの口から出た名前は私ではありませんでした。

 

「そしてこちらは皆も知っているとは思うが、リーゼロッテ・フォン・レーベンハイトさんだ」

「リーゼロッテです。宜しくお願いします」


 笑顔で一礼するリーゼロッテですが、口調がいつもと少し違う気がするのは、緊張の現れでしょうか?


「なるほど。英雄の血を引いておられるリーゼロッテ様なら、確かに納得せざるを得ないね。だけど、及ばないというのは些か誇張が過ぎるんじゃないかな、シュヴァルツ?」


 ヴェラードの言葉に同意するように、アリエッタとゼノスが大きく頷いています。

 三人とも自分たちの一年生は負けていないと言わんばかりの表情をしていらっしゃいますね。


「フフ、リーゼロッテさんも確かに素晴らしい才能と実力の持ち主だが、俺が及ばないと言ったのは彼女の事だけではない」


 私の顔を見ながら言うのは止めて頂けないでしょうか……。

 シュヴァルツの視線を辿って、この場にいる全員が一斉に私の方を見ています。

 ……仕方ありません。

 一歩前に進み出ると微笑みを浮かべながら折り目正しく一礼しました。


「皆様、お初にお目にかかります。私はアデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。宜しくお願い致します」


 最後にもう一度柔らかな笑顔で一礼をして顔を上げると……皆さん何やら固まっていらっしゃるご様子。

 おかしいですね? 我ながら完璧な挨拶だったと思ったのですが。

 振り返ると、シュヴァルツは微苦笑を浮かべ、リーゼロッテ達は「またか……」といった感じの呆れた顔をしています。

 いえ、ガウェインだけは「師匠の笑顔は最高だ!」と訳の分からぬ妄言を吐いていました。


「どうだ、我が学園の新入生は? ――見蕩れて言葉を失ってしまうほどだろう?」


 先程までと違い、黒い笑みを浮かべつつ話しかけるシュヴァルツの一言で「――ハッ!?」と我に返るヴェラード達。


「アデル君、と言ったね。俺の記憶違いじゃなければ、君はあの・・ヴァインベルガー公爵家の?」

「あの、というのが何を差していらっしゃるか分かりかねますが……ヴァインベルガー公爵家のアデルで間違いございません」

「そ、そうか。いや、しかし俺が聞いていた人物とあまりに違うんだが……」


 アデル・フォン・ヴァインベルガーだと言っているのが信じられないのでしょうか?

 困惑した表情を見せているのはヴェラードだけではないようです。

 皆さん、同じような表情をして私を見ていました。

 口々に小さな声で「凄い太っているって聞いてたんだが」とか「マジイケメンじゃん。タイプかも」とか「あれが、世界最高の魔力を持っていながら異能が使えない無能者?」などと仰っているのが聞こえます。

 

 太ってもいませんし、もちろんイケメンでもありません。

 それに異能も使えるので、今仰っていた事はどれも当てはまらないのですが、わざわざ異能が使えますと教えてあげる必要はないでしょう。

 どうせ直ぐに新人戦は始まるのですから。


 未だ困惑や興奮している九人。

 シュヴァルツはパンパンと手を叩いて彼らの視線を集めると、鷹揚おうような態度で口を開きました。

 

「――――さぁ、新人戦を行う場所に案内しよう」


 私達一年生による、新人戦の幕が開きます。

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