第28話 新人戦③

 ――ふぅ。

 試合とはいえ、女性に手をあげるというのは心が痛みます。

 未だ歓声が止むことはありません。

 

「ソフィア先生、ミネルヴァさんの怪我の具合は大丈夫でしょうか?」


 立ち上がろうとするミネルヴァを制して肩を診察するソフィアに話しかけます。


「……折れてはいないようなのです。ただ、鎖骨にヒビが入っているかもしれないですが、この程度なら私の『女神の癒し手』であっという間に治るのです!」


 言い終えるや否やソフィアはミネルヴァの肩に手を当て、"女神の癒し手"を発現させました。

 その効果は絶大で、ミネルヴァの表情は苦悶から驚きへと変化していきます。

 

「治癒の異能か……凄いな」

「ミネルヴァさん、申し訳ございません」

「ん? 何でアデル君が謝るんだい?」

「試合とはいえ、女性である貴女を傷つけてしまいました。女性を傷つけるなど紳士として恥ずべき行為です。申し訳ございません」


 もう一度深く謝罪をすると、ミネルヴァは思いがけない言葉を聞いたようなキョトンとした顔をしていたのですが、直ぐに笑みを浮かべました。


「プッ、アハハハハ! 私を笑い死にさせる気かい? 男女で試合を行う事は普通にあるんだ。君が気にする事はないよ」

「ですが……」

「ん~、そうだな。アデル君がどうしてもというのであれば、一つ私からお願いがあるんだがどうだろう?」

「お願いですか? 私でお手伝い出来ることであれば良いのですが」

「そこは安心して欲しい。むしろ君じゃなければ無理なんだ」


 私じゃなければ無理?

 はて、私に出来る事などたかが知れていると思うのですが、何かあったでしょうか?

 首を傾げる私を前に、ミネルヴァは真顔で思いもよらない言葉を口にしました。


「アデル君の子種を私にくれないか?」

「はい……?」


 聞き間違いでしょうか?

 何やら子種と聞こえたような気がするのですが……あ、ソフィアが口をパクパクさせて目を見開いていますから、聞き間違いではないようです。


「確か、リーゼロッテ様との婚約を破棄しているから問題はないはず。なに、付き合おうとか結婚して欲しいと言うつもりはない。まぁ、欲をいえば結婚してくれた方がいいのだが、そこまで望むつもりはない。肉体関係だけでいい。私は君の子を授かることが出来ればいいんだ」


 この世界の女性は皆さん、ミネルヴァと同じ考えを持っていらっしゃるのでしょうか?

 だとしたら淑女としてあるまじき姿。

 何としても正さねばなりません。

 

「一つ、お聞きしても宜しいですか?」

「いいとも、何でも聞いてくれ。私の胸のサイズならD――」

「いえ、胸のサイズは結構です」

「そうかい?」


 色んな女性とお会いしてきましたが、今までに出会ったことのないタイプの方ですね……。

 一つ咳をします。


「私がお聞きしたいのは、何故私の子種――子供が欲しいという結論に至ったかです」

「なんだ、そんな事か。答えは簡単だ。リードブルグ家は代々女性が当主となるんだが、家訓に"強い男を求めよ"というのがある」

「それはまた……独特な家訓をお持ちですね。という事は、家訓と何か関係があるのでしょうか?」

「ああ。強い男というのは自分よりも強い男という意味だ。自分に勝った男性に求婚し、駄目なら子種をもらうようにと母から教えられてきた。もちろん母も同じようにして私を産んでいる」


 冗談のように聞こえますが、真剣な表情で話すミネルヴァを見ていると本当のようです。


「ミ、ミネルヴァさんっ。貴女は何を言っているのか分かっているのです!?」


 ずっと固まっていたソフィアが我に返ったのか、大きな声でミネルヴァに詰め寄りました。

 ミネルヴァはというと、平然とした顔でソフィアを見ています。


「当然だとも。子を望む事は生物として当たり前の、本能と呼べるものだ。それともソフィア先生は子を望んでいないとでも言うのかな?」

「はぇ!? わ、私は、まだそういう事をした経験がないのです……って、何を言わせるのですっ!」

「ソフィア先生が勝手に言っただけだと思うんだが」

「むー!」


 頬を大きく膨らませてミネルヴァを睨みつけるソフィアですが、真っ赤な顔と相まっていつも以上に幼く見えます。

 ……ソフィアの尊厳に関わることを聞いてしまったような気がしますが、聞かなかったことにしましょう。

 それよりも。


 確かにミネルヴァに勝った私でなければ出来ない事ですが、だからといって力になりましょうとは言えません。

 ラノベの中では、なし崩し的に奥さんが増えてハーレムを形成していくようですが、私は正直言って興味がないです。


 ――皆の事を愛しているから全員と結婚する、平等に全員の事を愛しているんだ。


 お話の中でよく目にしますが、本当に?

 私は優劣など全くつけず、平等に愛せるとは思えません。

 そのようなことを口にする人を私は、どうにも薄っぺらく感じてしまいます。

 一夫多妻制を否定するつもりはありませんが、あくまでも家の存続という面で考えればです。

 ハーレムは絶対に許容出来ませんし、するつもりも毛頭ありません。

 ミネルヴァとソフィアの間に入ります。


「ミネルヴァさん」

「なんだい?」

「貴女のお力になって差し上げたいと思う気持ちはあるのですが、私は生涯愛する女性は一人だけと決めております。もちろん、子供を授かる行為もその女性としかするつもりはありません。ミネルヴァさんに可能性がないとは申しませんが、今の時点で考えることは出来ないのです。申し訳ございません」


 深くお辞儀をして断りを入れます。

 ミネルヴァも魅力的な女性ではあるのでしょうが、何と言っても今日お会いしたばかりですし、婚約破棄をして間もないですからね。

 結婚は当然として、お付き合いなど考えている場合ではないのです。


「ふふ。君も十分変わっているよ。私としてはアデル君以外考えられないのだが……仕方ない。だが、私はいつでも大歓迎だからな。気が変わったら言ってくれ」

「……やはりミネルヴァさんの方が変わっていらっしゃいますよ」


 ウィンクしながら柔かに話すミネルヴァに、苦笑しながら頷くしかありません。

 

「今が新人戦でなければもっと話をしたいところなんだが、アデル君の後ろにいる人が許してくれなさそうだ」

「後ろにいる人?」


 振り返ると、直ぐ後ろにリーゼロッテが立っていました。

 試合開始前と同様――いえ、もっと冷たい視線を私とミネルヴァに向けています。

 笑みを浮かべているにもかかわらず、空気が重く感じるのは気のせいではないでしょう。

 いつの間にか立ち直ったソフィアは距離をとって私達を窺っています。

 試合に勝ったのですから喜んでくれても良いはずなのですが。


「アデル? 随分と仲が良さそうじゃない。一体何の話をしていたのかしら?」

「それは……」


 どこまで話すべきでしょう?

 流石に子供が欲しいと言われました、とは話しにくいですね。

 悩んでいる間に、ミネルヴァが口を開きました。


「リーゼロッテ様。一つお聞きしたいのだがいいかな?」

「いいでしょう。で、何かしら?」


 ムッとした顔をしつつ、ミネルヴァを見るリーゼロッテ。

 対するミネルヴァはというと、変わらず柔かな笑みを浮かべたままです。


「貴女はアデル君との婚約を破棄している。間違いありませんか?」

「……間違いないわ。それが何か?」

「であれば、貴女とアデル君は婚約者でも何でもないはずだ。気にかける理由もないし、アデル君が誰と何を話そうと問題ない。違いますか?」

「……違わないわ」

「更に言わせて頂くなら、アデル君が誰と付き合おうとリーゼロッテ様には関係ない。それとも――彼に未練でも有るのかな?」

「ぐっ!? 未練なんて、私は……」


 何かを言おうと口を開けたり閉じたりしますが、続く言葉が出てこない様子のリーゼロッテ。

 ふむ。

 ミネルヴァが何やら見当違いのことを言われているようですね。

 ここはリーゼロッテを助けるとしましょう。


「ミネルヴァさん。何か勘違いをされているようですが、私から婚約破棄を申し込み、リーゼロッテ様が了承したのです。未練などあるはずがないではありませんか。ねぇ、リーゼロッテ様?」

「「えっ?」」


 ミネルヴァとリーゼロッテの声が重なりました。

 ん? そもそも私に婚約破棄を告げるために屋敷を訪れたはずです。

 何故、驚いた顔をされるのか見当がつかないのですが……。


「変わっているとは思っていたが、これを鈍感の一言で片付けてしまっていいものか……。苦労しますよ、リーゼロッテ様」

「はぁ、仕方がないわ。元はといえば私が蒔いた種だもの」

「ふふ、でも諦めるつもりはないと?」

「当たり前でしょう」

「負けませんよ」

「私もよ」


 ミネルヴァとリーゼロッテが何を言っているのか理解出来ませんでしたが、二人はお互い分かり合えた友人同士のように、笑顔で固い握手を交わしています。

 重かった空気も和らいだので、きっと解決したのでしょう。

 

 ですが、諦めるつもりはないとか、負けないとは一体なんでしょうかね?

 女性というものは不思議です。


 程なくしてユーノが開始線までやってきたので、ミネルヴァが下がりました。

 っと、私も下がるとしましょう。


「アデル!」

「何でしょう?」


 振り返ると、思わず息を呑んでしまいました。

 リーゼロッテが人ならざる者の手より下された、神話の中のあり得ざる輝きを放つ一本の剣のように見えたのです。

 蒼眼で私を見つめる姿は、生まれついての気高き王女だけが持ちうるものでした。


「私の試合をよく見ていなさい」

「承知しました。誠心誠意応援致します」

「ええ!」



 ――――そして、第二試合。

 ソフィアの合図とともに、リーゼロッテとユーノの試合が始まりました。

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