第29話 新人戦④

「リーゼロッテ様は王家の――"英雄"の血を引いているから強いだろうが、ユーノも負けていないよ」

「そうなのですか? というかミネルヴァさん」

「何だい?」

「貴女が何故こちら側にいるのですか?」


 そう、私がいる場所は聖ケテル学園側。

 隣にいるガウェインとエミリアが不思議そうな顔でミネルヴァを見ており、シュヴァルツは意味ありげに微笑を浮かべています。

 

「なに、断られはしたが諦めた訳ではないからね。それに、だ。私は子種もだがアデル君そのものに興味がある。どうせ新人戦が終われば暫く会えないんだ。今くらい一緒に居ても構わないだろう?」


 本当に変わった淑女ですね……。

 ですが、無下に戻ってくださいとは言えません。

 好意というものは素直に嬉しいですからね。

 だからといって、彼女の想いに応えるような不実をするつもりもありませんが。


「構いませんよ。それで、ユーノさんも負けていないというのは? リーゼロッテ様の異能は強力ですよ」


 中央に顔を向けると、リーゼロッテが"灼熱世界"を発現させ、激しく燃え盛る音を立てながらユーノの周囲を取り囲んでいるところでした。

 真っ直ぐにユーノを見つめる美しいひとみと佇む姿は、まさに王女と呼ばれるに相応しい気高さを感じますね。

 リーラとの手合わせでは相性の問題もあり敗れてしまいましたが、炎というだけで強力な武器になります。

 ユーノがどのような異能を持っているかは分かりませんが、リーゼロッテが負けるとは思えません。

 

「見れば分かるさ」


 表情を変えずに告げるミネルヴァですが、その自信はどこから来るのでしょうか?

 現在の状況を覆すすべがユーノにあるとでも?

 頭に幾つも浮かぶ疑念は、直ぐに吹き飛ぶことになりました。

 何故ならば――。


「……出ておいで。『――――水の守護精霊ナヤーデ』」


 ユーノが異能を発現させた次の瞬間、彼女の目の前に水で出来ていると思わしき人形が姿を現しました。

 ユーノと比べて倍以上はありそうな水人形は、女性の形をしていますが透けているせいでしょうか、表情といったものは一切分かりません。


「……やっちゃえ」

「くっ!?」


 ユーノの合図と同時に駆け出した"水の守護精霊"は、リーゼロッテの"灼熱世界"によって作られた炎のカーテンを滑るように突き破り、右手を大きく振りかぶってリーゼロッテに攻撃を仕掛けます。


 "灼熱世界"をものともしないとは……。

 いきなりの事に驚きの表情を浮かべるリーゼロッテでしたが、咄嗟に後ろに飛び退けました。

 地面を攻撃する形となった"水の守護精霊"の腕は、水で出来ているからか地面を陥没させることもなく、周囲に水を撒き散らしています。


 仮に攻撃が当たったとしてもダメージは与えられないのでは?

 何か別の目的でもあるのでしょうか。


 私の視線の先では、"水の守護精霊"が両手を使って何度も攻撃を繰り出していますが、元々の身体能力が高いのでしょう、リーゼロッテはその悉くを避けています。

 リーゼロッテが避けるたびに水が飛び散って、地面を濡らしていました。

 

「最初は驚いたけど、動き自体はそれほど早くないようね。せっかくの攻撃も当たらなければどうということはないわ。悪いけど勝たせてもらうわよ。勝たなくてはいけない相手もいるし、何より……アイツに無様な姿を見せるわけにはいかないの」


 攻撃に目が慣れてきたのでしょう。

 リーゼロッテは真剣な表情で相手を睨みつけています。


 勝たなくてはいけない相手というのは、恐らくリーラのことでしょう。

 最後の言葉は小さかったので聞き取れませんでしたが、何と言っていたのでしょうか?

 

 勝利宣言とも取れる言葉を告げられたユーノはというと――。


「……そう言っていられるのも今のうち」


 ユーノが言い終わると同時に、また"水の守護精霊"は攻撃を開始しました。

 動きは変わらず攻撃も同じ。

 リーゼロッテに近づき腕を大きく振りかぶっては、上から下へと振り下ろす単調なものです。

 当然ながらリーゼロッテに当たるはずもなく、全ての攻撃を躱していきました。

 いつの間にか、彼女がいる一面は水浸しと言って良いほど濡れています。

 

「何かおかしいですね」


 私は自然に首を傾げていました。

 ――そう、何かがおかしいのです。

 ですが、何がおかしいのかまでは分かりません。

 

「ふふ、気づかないかい?」


 ユーノの異能について良く知っているからでしょう。

 ミネルヴァは得意げな顔で私を見ています。

 

「何かが違う、というのは分かるのですがね。その何かが分からないのですよ」

「一見すると何も変わっていないように見えるから仕方ない。そうだな、『水の守護精霊』をよーく見てみるといいよ」

「『水の守護精霊』を?」


 "水の守護精霊"に目を向けると、リーゼロッテに攻撃を繰り出すところでした。

 危なげなく避けるリーゼロッテ。

 "水の守護精霊"はというと、地面に拳を叩きつける形となり、またもや水を撒き散らしています。


 どこもおかしなところは無いように見えますが……ん?

 小さくなっている?

 最初はユーノの倍以上はあったはずの"水の守護精霊"でしたが、今では半分近くにまで小さくなっています。

 これは一体?


 どうやらリーゼロッテも気づいたようで、顔を顰めています。


「貴女のソレ。小さくなってしまっているようだけど、どういうことかしら?」


 問われたユーノは表情を変えず、身構えているリーゼロッテをジッと見つめていました。

 

「……何で小さくなったと思う?」

「質問に質問で返されるのは好きではないわ。答えるつもりはないようね」


 フルフルと横に顔を振るユーノに、リーゼロッテは更に顔を顰めます。


「……私の『水の守護精霊』は大して強くないけど、特殊な能力がある」

「特殊な能力?」


 聞き返すリーゼロッテ。

 辺り一面は水浸しのままで――いえ、いつの間にかリーゼロッテの近く、正確には彼女の後ろだけが水浸しになっているというか、水が集まっています。

 後ろでうごめく水溜まりにリーゼロッテは気付いていないようで、眼前の"水の守護精霊"とユーノだけを見ていました。


 一瞬。

 そう、ほんの一瞬ですが、ユーノが薄く笑みを浮かべました。


「……そう。こんな風に」

「えっ……?」


 次の瞬間、リーゼロッテの後ろで蠢いていた水溜まりは"水の守護精霊"へと姿を変えました。


「くっ!?」


 二体の"水の守護精霊"に挟まれる形となったリーゼロッテはその場を飛び退けようとしますが、後ろにいた"水の守護精霊"がリーゼロッテを羽交い絞めにします。


「このっ! 離しなさい!」


 リーゼロッテは逃れようとしますが、振りほどくことが出来ません。

 それどころか、彼女の身体が徐々に"水の守護精霊"の中に取り込まれているではありませんか。

 驚愕の表情を浮かべるリーゼロッテに近づくのは、もう一体の"水の守護精霊"。

 二体の"水の守護精霊"はリーゼロッテを包み込むようにすると、合体して元の大きさに戻りました。

 "水の守護精霊"の中には当然――。


「…………!?」


 取り込まれてしまったリーゼロッテが何かを叫んでいるようですが、水中で喋っているせいで聞き取れません。

 外へ出ようともがいていますが、出ることは出来ないようです。


 まさか取り込むとは思いもしませんでした。

 人間である以上、酸素は必要です。

 酸素が無ければどれだけ強かろうと、生きていくことは出来ません。

 なるほど、ミネルヴァが自信を持って言うのも頷けます。


「……私の『水の守護精霊』は分裂可能。……そして対象を取り込む事も出来る。……一度取り込んでしまえば抜け出すことは出来ない」


 ユーノの必勝パターンなのでしょう。

 勝利を確信したような笑みを浮かべて、リーゼロッテに近づくユーノ。

 

「……負けを認めて頭を縦に振れば直ぐ解除してあげる」


 降伏しなさいと告げるユーノに対して、リーゼロッテは首を縦に振る……ことはなく、左右に振っています。


「……負けを認めないんだったら、いくら王女様が相手でも解除しないよ?」


 理解できないといった顔で小首を傾げるユーノですが、リーゼロッテは首を縦に振ろうとはしません。

 

 このままでは窒息してしまうのは目に見えています。

 負けを認めたほうが苦しまなくても良いはずですが、何か策があるとでもいうのでしょうか?

 リーゼロッテを見ると、彼女の眼は試合開始前に見た気高き王女の姿のまま。

 諦めなど一切含まれてはいません。

 "水の守護精霊"に取り込まれ打つ手がない状況でも戦意を失わないリーゼロッテに、ただただ感服するのみです。

 

 さて、どうやって勝つというのでしょうか。

 ん? そう言えばやけに静かですね。

 辺りを見渡すと、"灼熱世界"が消えています。

 ――いつの間に?

 もしや、異能を維持出来なくなるほど消耗してしまったのでしょうか。


 リーゼロッテに視線を戻すと、右手を銃の形にしてユーノに向けています。

 水中だというのに彼女の指先には炎が集まっていき、徐々に以前と同じバスケットボールほどの大きさまで膨れ上がりました。


  異能の発現によって紅くなった瞳を爛々らんらんと輝かせるリーゼロッテは、誰にも聞き取れぬ声を発したように見えました。


「『…………!』」

「……えっ?」


 次の瞬間。

 大気をつんざく爆音と同時に、周囲が蒸気で包まれます。

 何と言いますか、危ないことをする方ですね。

 仕草から見て、第二位階である"灼熱の紅炎"を発現したのでしょう。

 水と非常に温度の高い物質が接触すると気化されて、爆発現象が発生すると聞いたことがあります。

 水蒸気爆発であるなら、二人ともただで済むとは思えませんが。


 徐々に視界が良くなり、中央が見えるようになりました。

 服のあちこちが破れ、身体がボロボロになりながらも立っているのは一人。

 倒れているのもまた一人。


 俯せに倒れているのはユーノ・アレイスター。

 身体の至るところに傷を負っているようですが、上下に小さく身体が揺れていますから命に別状はないようです。

 ということは――。

 私の視線の先、肩で呼吸をするほど激しく消耗しながらも気丈に前を見据えて立っていたのは、生まれついての気高き王女。


 そう、リーゼロッテ・フォン・レーベンハイトでした。

 

「試合終了なのです! 第二試合は聖ケテル学園、リーゼロッテさんの勝利なのですっ」

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