第30話 新人戦⑤

「試合終了なのです! 第二試合は聖ケテル学園、リーゼロッテさんの勝利なのですっ」


 ソフィアによって勝利を告げられたリーゼロッテは、片手を上げて応えようとしますが――。

 

「くっ……!?」

 

 リーゼロッテは手を上げることすら難しいようで、大きくふらついています。

 むっ! いけませんね。

 そう思った瞬間、私の足は思い切り地を蹴っていました。

 リーゼロッテの身体が膝から崩れ落ち、地面に倒れこむ寸前。

 

「大丈夫ですか? リーゼロッテ様」

「……アデル?」

「はい、アデルです。お見事な勝利でした」


 間一髪間に合った私は、リーゼロッテの肩を優しく抱き、ニッコリと微笑みながら話し掛けます。

 リーゼロッテはというと、意識がハッキリしないのか、何度も目を瞬かせて私の顔を見ていました。

 しかし私だと分かると、顔を見られたくないのか、私の胸に顔を埋めてしまいました。

 

「何が見事な勝利なものですか。よく見ていなさいと言っておきながら情けない姿を見せてしまったわ。なんてみっともないのかしら……」


 恥ずかしそうに小さな声で話すリーゼロッテですが……。

 ふむ、何やら思い違いをされていらっしゃるようですね。


「どこがですか?」

「え?」


 見上げるリーゼロッテの顔を見ながら、丁寧に言い聞かせるように話し掛けます。


「ユーノさんの異能に閉じ込められ、どうすることも出来ない状況にありながら、リーゼロッテ様は諦めることなく立ち向かわれました」

「でも……」

「よいですか? 貴女は見事勝利を収められたのです。服や身体がボロボロだから? それが何だと言うのです。最後まで諦めることなく戦い抜いた姿を美しいと思う事はあったとしても、みっともないなどと思うはずがありません」

「美しい……?」


 恐る恐る聞き返すリーゼロッテの瞳を真っ直ぐ見つめ、しっかりと頷きました。


「えぇ。ですからご自分を卑下するような言い方はお止め下さい。――よく頑張りましたね、リーゼロッテ・・・・・・

「ひゃぅ……!? はっ!? んん! 確かにアデルの言うとおりかもしれないわね……分かったわ。今は素直に勝利を喜んでおきましょう」

「それが良いかと」


 そう、せっかく勝利したのですから胸を張って誇れば良いのです。

 柔らかい笑みを浮かべて頷きを返すと、リーゼロッテはプイッと顔を背けて小さく「急に呼び捨てにするなんて……反則でしょ。ズルいわ」と呟きましたが、ズルいとは一体?


 っと、リーゼロッテは無事なようで何よりですが、ユーノの方はどうでしょうか。

 視線を倒れていたユーノの方に向けると、ソフィアが近づいて治癒を施しているところでした。

 ソフィアが頷いている様子からして、問題はないようです。

 と、後ろから近づいてくる足音が。


「いやぁ、流石は王女様。ユーノの異能から抜け出すとは思わなかったよ」

「ミネルヴァさん」


 振り返ると、そこにいたのはミネルヴァでした。

 

「リーゼロッテ様ともいつか対戦したいな」

「可能性があるとすれば学園対抗戦かしら。まずは、お互いが代表になってからでしょうけど」

「ふふ、それは楽しみだ。必ず代表になってみせるよ。だから――」

「えぇ。私も代表になってみせるわ。だから――」

「「学園対抗戦で対戦を」」


 私に支えられながら立っているリーゼロッテと握手を交わすミネルヴァ。

 うんうん、青春というのはいつ見ても素晴らしいものです。


 少ししてユーノが目を覚まし、同じようにリーゼロッテと握手を交わしました。


「貴女の異能は凄かったわ。今回は勝てたけれど、倒れていたのは私かもしれなかった」


 リーゼロッテがそう告げると、ユーノはふるふると顔を左右に振って否定します。


「……『水の守護精霊』から抜け出せるなんて思わなかった。……リーゼロッテ様は凄い」


 負けたにもかかわらず、目を輝かせながらリーゼロッテを称賛するユーノ。

 その表情は憧れのアイドルに対面したかのようです。

 少し引きつったリーゼロッテの顔が印象的でした。


 インターバルを挟んだ後、聖ルゴス学院と聖タラニス学園の試合が行われたのですが、聖ルゴス学院が二勝する結果となりました。

 流石は去年の二位の学校ということでしょうか。

 だからといって聖タラニス学園の二人も決して弱いというわけではありません。

 私が見た限りでは紙一重の戦いであったように見えました。

 明日はガウェインとエミリアが対戦することになりますが、気を引き締めて臨まなければいけないでしょう。





 一日目の日程が終わり、夜には懇親会が行われます。

 参加するのは新人戦に参加する生徒のみで、会場は学食で行われるとのこと。

 形式は立食。

 学生のパーティーなので、当然アルコールの類いは無しです。

 立食式とはいえ、百人以上の大規模なものですから、新人戦に参加していない生徒十人ほどが給仕のスタッフとして対応することになっていました。


 通常であれば、普通に参加して他校の学生と親睦を深めるべきなのでしょうが、私達の学園は招いた側。

 ここは一緒におもてなしをするべきでしょう。

 んー、私だけでも良いのですがせっかくです。

 ガウェインとエミリア、それとリーゼロッテにもお願いしてみましょう。


「皆さん、ちょっと宜しいですか?」

「あら? 何かしら?」

「あ、師匠! お疲れ様です!」

「アデル君、どうしたの?」

「お三方に少々お願いがありまして。実は――」


 三人に懇親会についての相談をします。

 すると三人とも驚いた顔をされましたが、最終的には頷いてくれました。


「スタッフだけに任せておけばいいのに……まぁいいわ。付き合ってあげる」

「師匠がやるのであればお供します!」

「面白そうだし私も手伝う」

「有難うございます、では夜に」





 懇親会が始まって直ぐ、私達はシュヴァルツに呼び止められました。


「君達。その・・格好は何かな?」

「何かな? と仰られても給仕ですが?」


 ガウェインは黒のズボンに白いシャツ、黒の蝶ネクタイに黒のベストという衣装。

 リーゼロッテとエミリアはスカートの裾がフワリと広がった黒のワンピースにフリルがあしらわれた白いエプロン、そして頭には白のヘッドドレスという衣装を身に纏っています。


「そういうことを聞きたかった訳ではないんだが……。君の発案かな? アデル君」

「はい。懇親会は最終日も行われると聞きました。ですから親睦を深めるのは最終日にするとして、今日は学園の代表としておもてなしをしようと思いまして」


 クルリとその場で一回転してみせるリーゼロッテとエミリアに、周囲の視線は釘付けになります。

 給仕をしているスタッフは同じ服装なのですが、王女であるリーゼロッテのメイド姿というのは衝撃が大きいのでしょう。

 一度見た後に、もう一度視線を向けて凝視しています。

 隣に居るエミリアもよく似合っており、二人揃って立っていることで一層注目を集めていました。


「そうか……ところでアデル君」

「はい?」

「君の姿は他の給仕と違うようだが」

「よくお気づきになられましたね」


 胸に手を当て優雅に一礼してみせると、周囲から「はぅ……!?」という溜め息がいくつも聞こえます。

 私が着ている衣装は黒のズボンに白いシャツ、黒のベストまではガウェインと同じですが、蝶ネクタイではなく黒のネクタイをしています。

 その上にジャケットを羽織っているのですが、後ろ部分は燕尾、左胸のポケットには白のポケットチーフを忍ばせ、両手は白い手袋。

 仕上げに、いつもは下ろした状態の髪を整髪料を使用してオールバックにしています。


 うん、どこからどう見ても執事ですね。

 何かあった時の事を考えて、ルートヴィッヒに準備してもらっておいて正解でした。

 おや? シュヴァルツが何やら頭を抱えているようですがどうしたのでしょうか?


「ちなみにその服はどこから持ってきたのかな?」

「私物です」

「……何だって?」

「ですから、私物です」


 ニッコリと執事スマイルで答える私に目を丸くするシュヴァルツですが、やがて手で口を抑えてしまいました。


「そうか、私物ときたか。くっ、ふふふ。アデル君は色んな意味で俺を楽しませてくれるな」

「恐れ入ります」

「フフ、まぁいい。君が責任を持って三人を見るというのであれば許可しよう」

「有難うございます。では」


 四人揃ってシュヴァルツに一礼した後、私達は銀盤にドリンクを載せて会場を回りました。

 テーブルで食事をしている数人の女子生徒に一声掛けます。


「お飲み物はいかがですか、お嬢様方」

「いえ、今は別に――!? い、頂きます!」

「それでしたら、こちらのフレーバーティーはいかがでしょう? 甘くコクのある蜂蜜の香りにバニラで奥行きを出した深い味わいとなっております。可憐なお嬢様にピッタリかと」

「あ、有難うございましゅ……」


 笑みを浮かべてティーカップを渡すと、お礼を言ってくださいました。


「わ、私にも合う飲み物を選んで下さいっ」

「私も!」

「ではセイロンティーはいかがでしょう? バラとベルガモットの香りを添えて、華やかな中にも清涼感溢れる仕上がりになっておりますので、清楚なお嬢様にお似合いです。そちらのお嬢様にはフルーツティーはいかがでしょうか? 林檎と野苺を合わせ、ローズヒップとシナモンで甘く可愛らしい仕上がりになっております。可愛らしいお嬢様に最適のドリンクです」


 満面の笑みで飲み物を渡すと、二人とも同じようにお礼を言ってくれたのですが、固まったままジッと私の顔を見ています。


「お嬢様方。私には何か不手際でもございましたか?」

「い、いいえ! 全く問題ありません! むしろ最高のご褒美でしたっ! 来て良かったですっ」


 最初にティーカップを渡した女子生徒に同意するかのように、何度も頷く二人。

 昔、若かりし頃に叔父が経営している執事喫茶で、臨時のアルバイトとして働いた経験が役に立ちました。


 ご褒美という点に疑問を抱きながらも、「そうですか。それはよろしゅうございました。ではお嬢様方、ごゆっくりお楽しみくださいませ」と述べた後、胸に手を当て一礼してから、他のテーブルを周ります。


 親睦会が終わるまでに同じような事が何度も起こり、終了後、何故かリーゼロッテとエミリアに呼び出され、お叱りを受けるのでした。

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