第31話 新人戦⑥

 ――新人戦二日目。


 今日は聖タラニス学園との試合ですが、私とリーゼロッテはお休みで、ガウェインとエミリアが出ます。

 二人とも初めての本格的な試合に緊張しているのか、表情が強張って若干青褪めているように見受けられました。

 

「二人とも硬くなっていますよ。大丈夫。普段通り貴方達の力を出し切ればきっと勝てます」

「師匠……はい!」

「アデル君、有難う」

「いえいえ、礼には及びませんよ」


 二人の言葉に笑顔で返します。

 うん、少しは緊張がほぐれたようですね。

 ガウェインもエミリアも笑みを浮かべていました。

 シュヴァルツが、私達のやり取りに苦笑をしています。


「ふふ、本来なら俺がしなくてはいけないことだったんだが、アデル君に先に言われてしまったな。助かるよ」

「いえ、同じクラスの大事な仲間ですから。気にかけるのは当然のことです」


 私自身、昨日試合に出てみて実感しましたが、いつも行っている手合わせと試合は、似ているようで全く違いました。

 何と言っても学園を背負って戦っているのです。

 十四、五歳の二人が緊張しないはずがありません。

 少しでも緊張しないように声を掛けるのは当然でしょう。

 私の言葉にガウェインとエミリアはぽかんとしながら見つめていたようでしたが。


「うおおおお! このガウェイン・ボードウィル。必ず師匠に勝利を捧げます!」

「全く、兄さんは……。アデル君に勝利を捧げるとまでは言わないけれど、アデル君やリーゼロッテ様に負けないように頑張るわ」


 二人ともやる気になったのは良いことですが、今の会話の中にやる気を出させる言葉があったでしょうか?

 私はただ思ったことをありのまま口にしただけなのですが。


「二人とも。やる気になっているところ悪いのだけれど、気は引き締めておきなさい。聖タラニス学園のマーシャルとアルフレッド。彼らは強敵よ」

「リーゼロッテ様……。分かっています。彼らの異能は昨日見ていますからね。ですが、俺達兄妹も負けてはいません。必ずや勝利を掴み取ってみせますよ!」

「ええ」


 リーゼロッテの言葉にしっかりと頷いてみせるガウェインとエミリア。

 それを見て一瞬柔らかく微笑むリーゼロッテでしたが、直ぐに表情を引き締めて頷き返します。

 

「フフ、リーゼロッテ様なりの激励なのですよ。分かりにくいかもしれませんがね」

「なっ!? アデル!」

「おっと、口が滑ってしまいました。申し訳ございません」


 頬を膨らませて怒るリーゼロッテに一礼して謝罪する私を見たガウェインとエミリアは、声を出して笑っていました。

 うん、完全に緊張は解けたようで何よりです。

 

 と、手を叩く音が聞こえたので、私達は一斉に音のした方へ顔を向けるとシュヴァルツが真剣な表情でガウェインとエミリアの方を見ました。

 

「さて、今日の試合だが第一試合はガウェイン君。第二試合はエミリアさんの順番でいくからそのつもりで頼む。いいね?」

「「はい!」」

「うん、二人とも良い返事だ」


 こうして、聖タラニス学園との試合が始まったのでした。





 中央の開始線では、ガウェインと対戦相手であるマーシャル・クランツが、開始の合図を今か今かと待っています。


「ソフィア先生、まだですかっ」

「自分も早く試合を始めたいのであります!」

「二人ともせっかちさんなのです。そんな事では女の子にモテないのです」

「大丈夫です! 俺達はまだソフィア先生と違って若いですから!」


 あ、女性にそのような事を言っては……。

 ソフィアはガウェインに近づくと手招きをしました。

 「何ですか?」と不用意に顔を近づけるガウェイン。

 すると、ソフィアは小さな手を広げてガウェインの顔面を掴みギリギリと締め上げます。


「痛ッ! イタタタタ!」

「ガウェイン君、もう一度言ってみるのです。誰が行き遅れなのです?」

「俺はそこまで言ってない……!? ギブ、ギブです! 失礼な事を言って申し訳ありませんでしたあっ!」

「ん、今回だけは許してあげるのです。――但し、次は無いのですよ?」


 脳天締めアイアン・クローから解放されたガウェインは、何度も頭を縦に振りました。

 何故かマーシャルも同じように頷いています。

 二人の反応に満足したソフィアはニパッと笑みを浮かべると元の位置に戻り、右手を上げました。


「では、気を取り直して。第一試合――――始め! なのですっ」


 ソフィアの試合開始の合図と同時に二人が名乗りを上げます。


「聖タラニス学園一年、マーシャル・クランツ!」

「聖ケテル学園一年、ガウェイン・ボードウィル! いざ尋常に――」

「勝負だっ」

「勝負でありますっ」


 まず動きを見せたのはマーシャルでした。


「自分は策を弄するのは苦手であります! 男らしくガツンと高火力で一気に決着ケリをつけるであります! 『――――魔装火砲・拳の弾薬ファウストパトローネ!』」


 マーシャルが異能を発現させると、彼の両肩に長さ一メートル程の発射筒のようなものが出現しました。 

 尖った先端は緑色で大きく膨れており、弾頭を想像させます。

 照準器らしきものも見えており、ちょうどマーシャルの目の位置に掛かっていました。


「自分の『魔装火砲・拳の弾薬』は見ての通り魔力砲であります! どんな相手でも吹き飛ばすであります!」


 吹き飛ばさんと狙いを定めた二つの砲口を前に、ガウェインは口の端をニヤリと歪ませて手を大きく広げます。


「ははは! いいだろう。俺が全部受け止めてみせようじゃないか! このガウェイン・ボードウィルを吹き飛ばせるものなら吹き飛ばしてみるがいいっ」

「よく言ったであります! 斉射フォイヤー!」


 マーシャルの掛け声と同時に発射筒の後部から爆風が発生し、二つの魔力砲が発射されました。

 勢いよく飛んでいく弾はガウェインに向かって飛んでおり、今からでは回避不可能でしょう。

 と、ガウェインが広げていた手を前にやり、大声で叫びました。


「『――――守護女神の盾アエギス!』」


 ガウェインが異能を発現させたと同時に、大きな爆発が発生します。

 煙幕が張られ、ガウェインの姿を捉えることが出来なくなりました。

 マーシャルは"魔装火砲・拳の弾薬"を構えたまま立っています。

 直撃したのであればガウェインの敗北は必至でしょうが、彼の異能が間に合ったのであれば――。


「ふはははは! 『魔装火砲・拳の弾薬』恐るるに足らず!」

「バカな! 全くの無傷でありますか!?」


 傷一つ負うことなく立っているガウェインを目の当たりにしたマーシャルの瞳は、驚愕に包まれていました。


 ふう、どうやら間に合ったようですね。

 ガウェインの"守護女神の盾"は、円環トーラスの形をした完全なる光の盾を創り出し、あらゆる衝撃を隔絶する異能です。

 目立ちたがり屋なところがあるガウェインが、この異能を発現するに至ったきっかけは、六歳の時。

 エミリアと一緒に初めてのお使いで道を歩いていたところ、暴走する電磁車が突っ込んできたそうです。

 突然の出来事に反応出来ず、立ち竦む幼いエミリアを守ろうと前に立ったガウェインが咄嗟に手を前に出した時に発現したと聞きました。


 誰かを守る為、しかも血を分けた妹の為に発現させた異能とは何とも感動する話ではありませんか。

 初めて話を聞いた時は感動のあまり涙を流してしまい、ガウェインとエミリアを驚かせてしまったものです。


 驚いていたマーシャルでしたが、やがて目を細めてガウェインと"守護女神の盾"を睨みつけました。

 身構えるガウェインを見据えるマーシャルの双眸は、照準器越しにも分かるほど熱気を帯びています。


「……一度防いだくらいで勝った気にならないでほしいであります! 自分の『魔装火砲・拳の弾薬』は低燃費・高火力が信条モットー。一度に十発まで発射可能であります!」

「いいだろうっ。君の持てる全てを俺にぶつけてこい!」

「行くであります! 九連斉射!」


 先程以上に凄まじい爆音を響かせながら、マーシャルの魔力砲が次々とガウェインの"守護女神の盾"に襲いかかりました。

 その数なんと十八。

 生身の人間が喰らえばひとたまりもないであろう攻撃ですが、ガウェインに届くことはありません。

 何故ならば――。


「……有り得ない、であります」


 ワナワナと肩を震わせながら呟くマーシャルの声が、事実を物語っていました。

 全ての攻撃を受けてなお、傷一つ付くことなく形を保つ光り輝く"守護女神の盾"。

 

「ふっ、残念だが威力が足りなかったようだね。まぁ、可愛い妹を守る為に発現した『守護女神の盾』が、魔力砲程度の攻撃で破られるはずはないがな! アーハッハッハ」


 高笑いをしながら腰に手を当て踏ん反り返るガウェインですが、私の隣で見ているエミリアは恥ずかしそうに俯きながら「後で覚えてなさい、兄さん」と、呟いています。


「ぐっ! ですが、貴方の異能はあくまでも防ぐことしか出来ないのであります! いくら自分の攻撃を防ごうと、それだけでは勝てないのであります」


 ガウェインを指差しながら大きな声で告げるマーシャルでしたが、当のガウェインの勝ち誇った顔が揺らぐことはありません。

 ガウェインは左右非対称の髪をサッとかき上げながら、マーシャルに向かって声を張り上げました


「俺の異能が防ぐだけだと思ったら大間違いだっ。『守護女神の盾』は攻撃も出来るという事をその身で体験するといい!」


 言い終わるや否や、ガウェインが手を振りかざすと"守護女神の盾"も連動してガウェインの頭上へと持ち上がります。

 その状態のまま、今度はマーシャルに向かって駆け出しました。


「なっ――!?」


 あまりの出来事に瞠目どうもくするマーシャル。

 一気にマーシャルの間合いまで近づいたガウェインは、更に思いもよらない行動に出ます。

 

「うおおおおお! 喰らえぇッ!」

「――ぐぉォッ!?」


 なんと、"守護女神の盾"をマーシャル目掛けて振り下ろしたのです。

 避けることすら出来ないマーシャルは、"守護女神の盾"と地面に挟まれる形となり、ピクリとも動かなくなりました。

 

「いいかい? 君の敗因は唯一つ。盾は防ぐことしか出来ないという思い込みさ」


 ――こうして、第一試合はガウェインの勝利で終わったのでした。

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