第32話 新人戦⑦

「やりました! 勝ちましたよ、師匠~!」


 ガウェインはソフィアの勝利宣言を聞くと、中央から一直線に私の方へと駆けてきます。

 勢いよく両手を上げて近づく様に危険を感じた私は、思わずサッと避けてしまいました。

 私が避けるとは思いもしなかったのでしょう。

 ガウェインはそのまま後ろの壁に激突しました。


「グハッ!? な、何で避けるん……ですか、師匠……」

「申し訳ありません。身の危険を感じたもので、つい」

「くっ、なる程……分かりました。これも師匠の愛なのですね!」

「いえ、違います」


 私は即座に否定します。

 今の発言のどこをどう解釈すれば愛などと思うのか、それ以前にガウェインはこんな性格だったでしょうか?

 首を傾げていると、隣にいたエミリアがガウェインに近づき、つま先ですねを思い切り蹴り上げました。

 私達が履いている靴は試合用の特注品で、つま先や足の甲が怪我をしないように特殊な金属で加工されており、とても硬くなっています。


「痛ぁッ! エ、エミリア。兄さんの体力ゲージは、試合をした時よりも減っているんだが……」

「兄さんが恥ずかしい事を大声で言うからでしょ。全くもう、馬鹿なんだから!」


 ぷいっと横を向きながら言い放つエミリアの言葉に、ガウェインは唸るしかありませんでした。

 ガウェインの落ち込んだ表情を横目で見て、言い過ぎたと思ったのでしょうか。

 エミリアが横を向いたまま言葉を続けます。


「……まぁ、兄さんにしては良くやったと思うわ。おめでとう」

「おぉ! 愛しの妹よ!」


 ガバっと顔を上げたガウェインがエミリアに抱きつこうとしますが、抱きつかれる前にエミリアが素早くガウェインの頭を叩きました。


「すぐ調子に乗らないの!」

「はぃ……」

「ふふ、でも本当によく頑張りましたよ。……まさか盾で殴るとは思いもしませんでしたが」


 私の言葉に、エミリアと彼女の隣にいたリーゼロッテが同意するように頷いていますが、ガウェインは目を丸くして驚いたような顔をしています。


「え? 盾だって立派な武器になりますよ? 第二位階では八分割くらいの棒状に変形させて、俺の意志で自由に攻撃出来るようにしたいと考えています。最終的には魔力をエネルギーとしたビームを先端から射出出来るようにしたいですね!」

「そ、そうですか……出来るようになるといいですね」

「はいっ!」


 満面の笑みを浮かべて嬉しそうに頷くガウェインですが……もし実際に出来るようになれば、まさしく……おっと、これ以上はやめておきましょう。

 ですが、攻防兼ね揃えた素晴らしい発想ですし、是非とも実現させて欲しいものです。

  

 ふと中央に目をやると、ソフィアによって回復したマーシャルが立ち上がり、自陣に戻っていくところでした。

 次はエミリアの番ですが――。


「さて、と。兄さんが勝ったんだし、私も続かないとね」

「エミリアの異能なら大丈夫よ。さっさと決めてしまいなさい」


 リーゼロッテが激励の言葉を投げかけます。

 そうですね、確かにエミリアの異能であれば心配する必要はないでしょう。

 私達四人の中でも特に攻撃に特化した異能と言えますし。

 

「そうですね。頑張って下さい、エミリアさん」

「フッ、俺はエミリアが勝つと信じているぞ」

「皆……うん、行ってきます」


 頷く私達に向かって短く、しかしハッキリと頷き返すエミリア。

 最後にシュヴァルツに一礼すると、エミリアは中央に向かって歩き出しました。





「次はエミリアさんとアルフレッド君の試合なのです」

「昨日も挨拶したけど、エミリア・ボードウィルよ」

「自分はアルフレッド・クランツであります!」

「そうそう、最初に言っておくけれど、女性だからって手加減なんてしないでね。私、"男性だから"とか"女性だから"とかっていう人、大嫌いなの」


 和やかな挨拶から一転、睨みつけるような視線を向けながら話しかけるエミリアに、アルフレッドは一瞬目を瞬かせますが――。


「素晴らしいであります!」

「え?」

「自分も常々貴女と同じ考えを持っていたのであります! 考え方といい、女神のように美しい姿といい、まさに自分の理想の女性であります!」

「……はい?」


 アルフレッドの口から出た思いもよらない言葉に、エミリアは呆気に取られた表情をしていました。

 すると突然、聖タラニス学園側に戻っていたマーシャルが、大声を張り上げます。


「アルフレッド! 抜けがけとはズルいであります! 自分もエミリアさんの事は気になっていたのであります!」

「ふふん、こういうのは先に言ったもの勝ちであります! 負け犬のマーシャルは大人しく見ているであります!」

「ぐぬぬぬ……」


 アルフレッドの言葉に唸り声を上げるマーシャルと、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるアルフレッドですが、エミリアは承諾したわけではありません。

 当のエミリアは未だ理解出来ていないのか、淑女らしからぬ大きく口を開けたままの状態です。 

 と、隣から小さな声が聞こえてきました。

 

「……許さん」

「ガウェイン君?」


 ガウェインに目を向けると、肩を小刻みに震わせており、目も若干血走っているようです。


「俺の可愛い妹に手を出そうなど百年早い! うおおおおお! 俺の異能よッ、今こそ第二位階を発現する時だ! 妹をけがそうとする者に怒りの鉄槌を!」

「お、落ち着きなさい、ガウェイン君。エミリアさんは幼い頃とは違います。彼女は美しさもることながら、強くなったのでしょう?」


 今にも中央に向かって走りだそうとしたガウェインの肩を両手で抑えこみ、必死に説得を試みます。


「師匠……ですがっ!」

「それに。エミリアさんは出会って間もない相手と、直ぐにお付き合いをするほど浅慮あさはかな女性ではないでしょう? ガウェイン君の自慢の妹なのですから、貴方が信じてあげなくてどうするのですか。しっかりなさい!」

「はっ!? そ、そうだ、兄である俺が信じてやらなくて誰が妹を信じるというのだ。師匠、目が覚めました!」

「気づいたのであれば良いのです。エミリアの判断に委ねましょう」

「はい!」


 ガウェインがシスコンとは思っても……いえ、薄々感じてはいましたが、今回でハッキリしましたね。

 周囲を見ると、リーゼロッテやシュヴァルツさえ呆れた顔をしてガウェインを見ていました。

 ふう、こちらは収まりましたが中央の様子はどうでしょうか。

 中央では、エミリアがようやく言葉の意味を理解したようで、表情を引き締め、蒼い瞳を細めています。


「好意を寄せてくれるのは嬉しいわ。でも、申し訳ないけど今は誰ともお付き合いをする気はないの。ごめんなさい」

「そ、そう言わずに少しでもいいから考えて欲しいであります!」

「しつこい男の人は嫌いなんだけど」


 食い下がるアルフレッドに、冷ややかな視線を向けるエミリア。

 その視線に思わずビクッと一歩下がるアルフレッドでしたが、踏みとどまると更に口を開きます。


「……自分が勝ったら」

「貴方が勝ったら?」

「自分が勝ったら……お、お友達から始めてほしいであります!」


 ――何ともまぁ。

 付き合ってほしいではなく、お友達から、ですか。

 純情かつ初々しいですが、さて。

 エミリアはどのような返事を下すのでしょうか。


「ぷっ、ふふふ。お友達、ね。いいわよ。この試合で私に勝ったらお友達から始めましょう」

「ほ、本当でありますか!」

「えぇ。ボードウィル家の名にかけて誓うわ。但し、勝てたらの話だけど」

「了解であります! 全力を以てお相手するのであります!」


 アルフレッドは、先程までと比べものにならないほど真剣な表情をしています。

 審判役のソフィアは羨ましそうな顔をエミリアに向けていましたが、試合だということを思い出したのか直ぐに表情を変え、片手を大きく上げました。


「第二試合――――始め! なのですっ」


 最初に動きを見せたのはアルフレッド。


「行くであります! 『―――八腕に連なる悪魔アハト・デーモン!』」


 叫び終わると同時にアルフレッドの背面から、腕のようなものが八本出現しました。

 腕は黒一色に染まっており、アルフレッドの生身の腕よりも一回り細く、そして長い。

 異形の腕は、ひっくり返った虫に似た、生理的嫌悪を伴う動きを見せています。


「うわぁ……動きが気持ち悪い。それが貴方の異能?」


 引きつった笑みを浮かべながら問いかけるエミリアに頷くアルフレッド。


「そうであります! 自分は節足動物や昆虫が好きで、特に好きな蜘蛛をイメージして発現したのがこの『八腕に連なる悪魔』であります!」

「そ、そう。腕がいっぱいあると便利よね。でも、正面から見ると……怖い」

「便利でありますよ。相手を捕まえるのも攻撃するのも八本の腕があれば楽勝であります! さて、エミリアさんとお友達になるため、そしてゆくゆくはお付き合いをするために行くであります!」


 アルフレッドの足裏が地面を離れたのを目視するまでもなく、音で判断出来ました。

 八本の腕の内の四本を使い、まるでロボットのようにガシャガシャと音を立てながらエミリアに突進します。

 射程範囲まで近づいたのか、待ちかねた出番を歓喜するように、残りの四本の腕がはしゃぎながらうごめきました。


「いやあ! 気持ち悪いっ」


 エミリアは咄嗟に後方へ飛び退けると、先程までエミリアが立っていた場所を、四本の腕が砕いていました。

 地面が穿うがたれ、浅くですが穴が空いています。


「自分の愛を受け止めて欲しいであります!」

「重すぎるわっ」


 何度も執拗に追いかけてくるアルフレッドの攻撃を、すんでのところで避けるエミリアですが、徐々に攻撃が彼女の身体に近づいているのが分かりました。

 それもそのはず。

 エミリアの腕は二本。

 対してアルフレッドの腕は生身を入れて十本あるのです。

 単純に考えて攻撃を受け切ることなど出来ませんし、かわしきることも出来ないでしょう。

 とはいえそれは、今のままであればの話。


 確かにアルフレッドの異能は厄介ですが、エミリアの脅威足り得るかと聞かれれば、答えは"否定ナイン"です。

 エミリアは距離を十メートルほど開けると、息を整え優雅に、舞うような面持ちでアルフレッドを見つめました。


「アルフレッド。貴方の異能は気持ち悪いけど、優秀な異能だわ」

「そうでありましょう! 気持ち悪いというのは心外でありますが」

「――だけどね。私の異能もちょっとしたものなのよ」


 エミリアの釣り上がった唇に浮かぶのは、獲物を狙う猛禽類を思わせる鋭利な微笑。

 腕を回し、優雅に、そして緩やかに掌をヒラヒラと回す仕草は、日本舞踊を思わせる動き。


「見せてあげるわ。『――――王に捧げし必中の弓フェイルノート!』」


 詠唱し終わった瞬間、青白い光が出現しました。

 正しく十一本の"矢"となって現れたそれは、エミリアの周囲を規則正しく巡っています。

 アルフレッドは突如現れた光の矢に、目を大きく見開いて凝視していました。


「さあ、貴方の『八腕に連なる悪魔』で私の『王に捧げし必中の弓』が防げるかしら? 行きなさい――――"円卓の騎士"!」


 掛け声と同時に、エミリアの矢が一斉に放たれました。

 弓矢は古くから戦場でも使用されてきた花形たる武器です。

 相手の武器の届かぬ範囲から高速で発射される矢は、容易く相手を狙い打つことが可能で、戦いの勝敗に大きく左右しました。


 エミリアの異能は、災厄時に活躍した公国の英雄に仕えし十一人の騎士を、矢に準えたものです。

 命中率は名前が示す通り必中。

 まして、この矢は一度発射されると影も形も見えず、音さえ発生しません。

 視覚や聴覚では察知することができない、不可視の矢なのです。


 私が瞬きをして、次に中央の二人を見たときには、アルフレッドの八本の腕は根元から全て破壊されていました。

 アルフレッド自身は、残り三本の矢で身体を射抜かれたのでしょう。

 左肩と両足の甲がうっすら赤く染まっています。


「ぐぅッ!? い、いつの間に……」


 左肩を抑えながらその場に崩れ落ちるアルフレッドですが、エミリアは手を休める気はないようで、新たに"王に捧げし必中の弓"を創り出していました。


「貴方もフィナールなら魔力は十分残っているでしょ? まだ私とやり合う気があるのなら相手をしてあげるけど、どうする?」


 凛とした姿のエミリアと、彼女の周囲を巡る十一本の矢を見上げたアルフレッドが下した決断は――。


「……自分の負けであります」

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